⑦ルーティンの崩壊

 朝を迎えた。

 俺の朝はほとんどルーティンが決まっており、いつも同じような朝を過ごしている。

 まず、目覚まし時計を使うことはなく、大事な予定がない限り、体内時計で目を覚ます。

 無論これで遅刻したことはない。

 ベッドから起き上がり窓の方へ向かう。

 カーテンを開けると優しい光が室内に差し込み、そこでようやく俺は朝を実感する。

 軽く伸びをして体に血を巡らせると、今度は洗面所へ。

 用を足し、洗面器で顔を洗い、歯を磨く。

 リビングの方へと戻る際には、台所に放置していたボトルを取り、中身の緑茶を呷る。

 頭がようやく覚醒してきた時分で、ニュースでも見ようかと考える。

 最後にホームポジションであるテーブルの前に腰を下ろして――、

「おはようございます」

 と思ったら、俺を待ち受ける形で、そこには先客が座っていた。

「ああ、そうか。夢じゃなかったんだな」

 この日はじめて、俺のルーティンは崩れたのだった。

 俺は構わずにテーブルの一辺に腰を下ろし、リモコンに手を伸ばす。

 今日だってバイトを入れているのだから、できればこのルーティンをなぞっておきたい。

「表野さん、無理を承知でお願いがあります。兄を探すの手伝ってくれませんか?」

 昨晩も似たようなことを言われ、逃げるように床に着いたのだが、どうも諦めていなかったようだ。最後の方は聞き流していたくらいだったのに。

 構わずにテレビをオンにし、朝のニュースを小音量で流す。

「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。サービス残業もいいとこだ。俺に何のメリットがあるんだよ」

「メリットはありません。でも、こんなこと頼めるのは表野さんしかいないんです。お願いします」

 はっきり言うよなぁ。どうでもいいことを盾にされるよりかはマシだけどさ。

「等価交換が見合ってないだろう。乙裏さんは俺に何をしてくれるの?」

「それはまだ……わからないですけど」

 一様に言葉に詰まってしまう。

 申し訳ないけどこれが現実だもんな。

「君の立場が相当辛いことはわかる。俺だってこの能力を使って色んな人の人生を体験してきたんだ。悲しい、辛い、なんとかして会いたい。だから俺を頼ってくるんだろ」

 話を片手間にニュースを眺める。

 最近、川やプールを荒らすような事件が起きているらしい。

 よりによって水回りとか、物好きがいるもんだな。

「だけどもしそのお兄さんを見つけてそれからどうする? 「あなたの妹さんから伝言があります」って切り出すのか? 無理があるだろう」

「わたしは兄の姿を見られさえすればそれでいいんです。元気であることがわかればあとは何も求めません」

「って言ってもさ……。なら、具体的にどこにいるのか目星はついてるわけ?」

「いえ、それも一切わからなくて……。だから協力して欲しいんです」

 いやマジで重いって。そういうのに首突っ込むこっちの身にもなってくれよ。

 俺は段々、彼女と一緒にいるのが嫌になってきた。

「やっぱり無理だわ。同情はするけど、俺にできそうなことはないよ。ホントごめんね」

 二人きりでこの空間を保つのはさすがに厳しいと判断した俺は、少々早いが家を出る準備をする。無駄に電気を使っているものがないか確認しつつ、その流れで外着に着替える。

「乙裏さんはこの後どうするの?」

「とりあえず、付いて行ってもいいですか? ここにいるのもなんなので」

「まあ、それくらいならいいけど」

 どうせなら早く成仏してくれないかな、とか、そんなことを思ってしまったけれど、それを口に出すのは彼女を追い詰めるような気がしてやめておいた。

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