③非日常的な一幕
事務所で栗花落の実父である――栗花落司店長と気まずい時間を過ごし、ホールに戻ってくると、テーブル席の一角に、一枚の布切れを目ざとく見つけた。
「……ん、これ、忘れ物じゃないですか?」
親指と人差し指で摘み取り、三つ上の先輩――文月帆花先輩に問いかける。
「どこにあったの?」と言われて俺が指をさすと、「そこに座っていた子なら、私が今会計して帰っちゃったところだけど……」
「ならまだ間に合うかもしれませんね」
それを聞いて俺は急いで店外に飛び出す。
文月先輩は何を言わずとも後ろに付いてきてくれていた。
さて、この花柄のハンカチに釣り合いそうな人は誰だろうか、と首を振っていると、
「あ、あの子だよ!」
突然、文月先輩が遠くを指して声を張る。
「うん、制服着てるし間違いない」
その特徴に会う人物を人混みの中から探してみるとたしかにいた。
交差点で信号待ちをしている女子高校生らしき人物の姿があった。
花柄のハンカチを持っていそうな雰囲気を存分に出している。
なら、こっからは俺の力の見せ所だ。
俺はそのJKを注視し、能力の発動を念じた。
ここから交差点までは距離があるし、走って追ったところで、赤信号で詰められずに終わる可能性がある。かと言って大声を出すのも文月先輩の前では無骨だと思ったのだ。
それよりも少女の体を乗っ取り、少女自身の体でハンカチを取りに戻る方がここはクレバー。似たようなことは何度かやってきてるからな。
俺はさらに深く念じ、意識がJKに飛んでいくようにする。
眼球の深部で眩い光が輝きだし、俺の意識はあの少女の中に吸い込まれ、まるっとすべてが収まり――、
「……あれ?」
収まらなかった。
「どうしたの?」
文月先輩が怪訝そうに俺を見つめている。
あれだけ深く念じたというのに、得られたものはただの倦怠感だった。
能力が使えない? 体を乗っ取れないだと? 今まではこんなことなかったのに……。
「と、とにかく、僕追いかけてきます!」
「う、うん……ありがとう、表野君」
文月先輩の返事を合図に、俺は石火の速度で駆け出した。
とにかく急がないと本当に見失ってしまうかもしれない。
「ったく、乗っ取れないなんて聞いてねーぞ」
一人でぼやきつつ間合いを詰めていく。
すると、少女の様子に変化が生じた。急に胸を抱えて倒れてしまったのだ。
「お、おいっ! 大丈夫か!」
そのおかげでなんとか追いつくことができた俺は、慌ててその肢体を抱き起こした。
少女は酷く息を切らしており、全速力で走った俺よりも苦しそうにしていた。
「しっかりしろ! 本当に大丈夫かよ?」
「大丈夫じゃ……ないです」
半分冗談交じりにその悲痛さを訴えてくる。
笑ってる場合じゃねーだろーが。
ちょうど周囲には野次馬が集まっており、俺は見境なく叫んだ。
「すみません! 誰か救急車を呼んでください! すごく苦しそうなんです、お願いします!」
俺の必死さが伝わったのか、誠実そうなサラリーマンがスマホに指を滑らせる。
間もなくして交差点は騒がしくなり、救急車が到着し、少女は病院へと搬送された。
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