挨拶と約束
「もう……泣くなって」
『え……?』
彼女の体に触れることは叶わないが、せめてもの慰めを与えてやる。
未だ痛みが渦巻いている体を何とか起こし、彼女と同じ目線でその双眸を見据える。
「俺の負け。君の勝ちだよ。だから一回それやめてくれ」
乙裏はなおも涙を流している。すまんがあまり見ていられない。
「っとーに、女の涙ってのは強力だな。まさか演技ってのはやめてくれよ。女は生まれながらに女優って、とある先輩が教えてくれたからさ」
咄嗟に絞り出したジョークを言ってみると、僅かながらその表情が綻ぶ。
その笑顔は、正真正銘、彼女の内から湧き出たものに見えた。
『演技でここまでやったりしませんよ』
「はは、そりゃそうだ」
ま、決定的な一撃に関しては、策士策に溺れるって感じだったわけだけど。
「そうだよな。独りは嫌だよな。俺だって嫌さ。俺は君のことを理解できていなかったんだな」
腹の上に乗せている彼女の手の上に自分のものを重ねる。実際には触れている訳じゃないが、彼女の奥底に眠る何かに、ようやく触れられた気がした。
「乙裏、君にこの体のすべてを貸してやる。これはウソ偽りのない俺の本気だ」
『いいんですか? だってわたし、空回りしてばかりだったし』
「おいおい。俺が考えを改めたってのに、何を迷ってんだよ。むしろ許可しないと君のそれは治らないだろ」
『はい、そうかもしれません』
涙半分、笑顔半分の乙裏が何だか滑稽で、つい笑ってしまいそうになる。
「俺の傍にいることを許す。一緒に探そうぜ、乙裏のお兄さん」
『はい! ありがとうございます!』
最後に百点満点の笑顔を咲かせてくれて――。
これはもう、俺も感情を抑えるなどできなかった。
「よっし、これからよろしくな乙裏!」
『こちらこそよろしくお願いします表野さん!』
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