二話 長話
①新しいルーティン
また朝を迎えた。
それはいつものルーティンの始まりを示す。
ベッドから起き上がり窓の方へ向かい、カーテンを開けて朝を実感する。
軽く伸びをして体に血を巡らせて洗面所へ向かう。
用を足し、洗面器で顔を洗い、歯を磨く。
リビングに戻る際に、台所に放置していたボトルを取り、今回は烏龍茶を呷る。
そのタイミングになると頭がようやく覚醒し、ニュースでも見ようかと考える。
最後にホームポジションであるテーブルの前に腰を下ろして――、
『あ、おはよう』
と思ったら、先にテレビをつけてニュースを見ている人物が、向かい側に座っていた。
「ああ、おはよう」
俺は構わずにそいつの向かいの席に着いた。
スマートフォンの電源を入れるとずらりとアプリのアイコンが並ぶ。
その中の一つ、世界的にもポピュラーなSNSのアプリに、「7」と数字が表示されていた。俺はこれを開き、昨夜自分が拡散したメッセージを確認した。
「乙裏 創」という人を探しています。
生年月日は2002年XX月XX日です。
最後に会ったのが四年前で不確かではありますが、○○高校を卒業しているはずです。
ご存じの方がおりましたら、情報提供をお願いします。
#人探し#拡散希望
『どう?』
俺が画面を見つめてからまもなく、乙裏が進展を気にかけてくる。
俺たちは昨日、あの後すぐさまバイトに戻り――夜になり家に帰ってから、SNSで情報を集めようということでひとまずこの文言を呟いていた。
本当に探偵にでも頼もうかと思ったが、調べてみるとさすがに相場が高すぎたので諦めた。戸籍を辿ってみるという手もあったが、部外者が妙なことを調べていると思われては、上手い言い訳が思い付かなかった。
それらすべてを考慮しての調査方法である。
ちなみに、バイトの話について補足しておくと、店長には一分ほどの説教を食らい、栗花落には終業まで茶化され、九と文月先輩には心配されたといった感じである。
ホント最近は迷惑をかけてばかりなので、これ以上醜態を晒さないようにしないと。
「返信がいくつか来てる。けどどれも高校時代の同級生みたいだな」
画面をスクロールし、一晩で届いた情報に目を通してみるが、投稿されている内容は似たようなものばかりだった。
『高校が一緒だったからどんな人物だったかは知ってます。進学も就職もしないって言ってました。けど、今何してるかはわかりません』
『俺もクラスメイトだったけど、正直水泳が得意って印象しかない』
『私、何回か話したことありますけど、なんていうか寡黙な人って印象でした』
そんな具合に、もはや感想としか言えないような内容ばかりが続く。
挙句の果てには、『ストーカーですか? 通報しまーす』といった、冷やかしのメッセージも書かれていた。
「お前のお兄さん、水泳が得意なんだ」
『そうですね。中学の時は何度か大会で優勝していたくらいだったので、それは高校でも変わらずと言った感じでしょう』
「すごいな。優勝もしてんのかよ」
『まあ、そりゃわたしの兄ですから』
思わず画面から顔を上げたのがいけなかったか、幽霊がドヤ顔をかましてくる。
そりゃって言うが、ならお前は何ができるんだと問いたい。
「それなりに気にかけている奴は居たってわけだ。生憎、詳細なことを知っている人はいないみたいだけどな」
一晩経って早速だが、SNS作戦に限界を感じてしまう。このまま情報を集めてもいいが、決定的なものが投稿されるのはいつになるか。
『やっぱりわたしの名前も追加しましょうよ』
「乙裏妙って書くのか?」
それは昨夜文を考えている最中、乙裏が一度提案したものだった。
そんなことでもっと多くの人の目に留まるようになるんだろうか。
『生き別れの兄を探しています。って添えるんです』
「ウソを吐くのは違う気がするんだよな。少なくとも書いている俺は他人なわけだし。そこを追及されて面倒なことになったら嫌だろ」
『わたしが傍にいるから、辻褄を合わせるくらいできますよ』
「ネットを舐めちゃダメだ。下手なウソを吐くとそのうち綻びが生じる。大事になったら大変だ。もっと慎重にやった方がいいだろう」
『はぁ……じゃ、タグにしれっとわたしの名前を足しておいてください。それならいいでしょ』
「まあ、名前くらいなら」
結局のところ新しい一手は必要だったわけで、仕方なく譲歩案を採用することにした。
『#乙裏妙』と最後に追加する。これで、乙裏妙の名前で検索をかけた人にも、このメッセージが伝わることになる。今はこれで変化が現れるのを待つしかないか。
「そろそろ外に出る準備をするか」
『今日もバイトなの?』
「まあな。名誉挽回のためにも頑張らないとな」
『あはは……その節はすいません……』
急にへりくだる乙裏。心中察する――色々と手荒な真似をしてきたからな。
「いいよ。これからは互いに尊重しあっていこう。ツーマンセル――運命共同体って奴だ」
『ちょーっと重い気もするけど、言いたいことはわからなくもないかなぁ』
俺がなんとなしにボケてみると、ぽろっと素の乙裏が零れ落ちてくる。まあ別に敬語で他人行儀になっているよりは、年相応の話し方の方がやりやすいからいいか。
「それくらいの気持ちでいようってことだ」
『うん、そうだね』
明るい調子の乙裏が俺に続く。
彼女はそういえばピチピチの女子高校生だったんだと、今になって思い出す俺であった。
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