②これが日常
「センパイ来たんですね。帆花先輩が、あの人は元よりさぼり魔だからと言ってました」
「出勤早々、根も葉もないこと言って心を抉ってくるのはよそうな。あれは仕方のないことだったんだ」
「プラムレイン」に着いた俺を待っていたのは、相変わらず俺を玩具にして楽しんでいる栗花落だった。しばらくはこのイジりが続きそうだ。
「急に体調が悪くなってな。店長に言う暇がないくらい苦しくて、急いで病院に向かったんだよ」
言い訳にするにはかなり苦しいところがあるが、どうにか理由をつけるにはそれくらいしかない。少なくとも栗花落以外はそれで納得してくれていた。
「本当にそうなんですかね。可愛いかわいい後輩には何も言わずに……。じゃあその後を客が追いかけたのは何だったんですか?」
「さあ? 俺は気づかなかったけどな。用事を思い出したとかじゃないか? たまたま方向が一緒だったんだろ」
『無理があるよ、それ』
うるせ、お前は黙っとれ。
「へぇそうですか。私はてっきり男二人で何か楽しいことでもしていたのかと」
「何かってなんだよ……」
「男二人と言ったら「アレ」しかないでしょう。ほら、五十音で一番初めにくるアレです」
「五十音……? あいうえおの「あ」か?」
「それを伸ばして……」
「あー?」
「さらに力強く……」
「アッー!」
「そうそれです」
おい、なんだこれ。俺たちは朝っぱらからなんて汚らしい会話をしているんだよ。
「お前、変なこと考えてないか」
「まさか。私が言っているのは「アーケードゲーム」のことですよ」
「あーけーどぉ?」
それで「アー」ってか?
「シューティングゲームとかリズムゲームとか格闘ゲームとか。対戦プレイ、協力プレイって、男の人は好きじゃないですか」
「まあたしかに、ゲーセンでそういうことしている人はいるけどさ」
なんだろう……俺はこいつにハメられたんだろうか。
「私が何を考えてると思ったんですか?」
さも後輩としての他愛もない質問のように振ってくる。
口角を吊り上げているのは何なんだ。完全に狙ってやったなこいつ……。
『表野さん、何考えてると思ったの……?』
「お前は知らなくてもいいことだよ」
好奇心旺盛な乙裏をそれで収めたつもりだったのだが、栗花落には自分に対して言ったように聞こえたらしい。乙裏が見えない以上、当然のことではあるが。
「そうですか。センパイは発想も大人なんですね」
「……」
俺の心中ではひっそりと白旗が上がっていた。
『つくづく思っていたんだけど栗花落さんって面白い人だよね。わたし、あの人と友達になりたかったな』
「やめとけよ、精神がすり減るだけだぞ」
あいつの口は冗談を発することに特化している。恐らくだが、乙裏にも俺と同じようにその口撃は発動されるはずだ。
そんなこんなで栗花落から逃げるように事務所へと向かう。
厨房の前を通ると、店長と九が朝の仕込みをやっている最中だった。
『んで、あの人は直球のイケメンさん。料理もできちゃうなんてかっこよくない?』
「見てくれはな。中身は結構残念な奴だぞ」
『ちょっとくらいならギャップがあっていいと思うけど』
出たよ、ギャップ。どんな短所もカバーできる魔法の言葉。
乙裏は九と会話したことないからそんなことが言えるんだ。
ほらよーく見ろ。あいつ、肉切ってるけど、店長との進捗の差が倍以上あるだろ。どうせまた下らないこだわりを爆発させてるんだ。
「それで済めばいいけどな」
『あ、怒られてる』
言われて見ると、九が店長に、まさにそのこだわりを熱弁し始めていた。
「だーかーら! この入りの角度が大事なんですって!」
店長は困ってしまい、額に手を当てている。
『熱い人なんだね』
「ただのアホだよ、あいつは」
それが良い方向に転ぶときもあるけど、それは道端でダイヤモンドを拾うレベルの話だ。
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