第4話 ラストチャンス
20××年2月1日。
「ほんまや。2月、3月にトライスロンの大会は無いで…」とレナ・ジョブズが、ビジネス統合チャットシステム「Transform Information facility」略して「TIF」へ話しかけていた。
TIFのウィンドウに移っているのは、音咲あやね。
「レナちゃん。ありがとう」
「何言ってんねん。Pinky Spiceはわてらの誇りや。HAの好きにはさせない。それにしても、無いもんやな…」
「2月、3月かぁ。マラソン大会、駅伝大会、サッカーとか…」
「マラソンは、あやねちゃんいける?」
「無理。専門でやっている人には勝てないよ」
「そうだよね。ましてや、全日本クラスの大会でなんてね」
「大阪女子国際マラソン優勝なんて絶対無理(笑)」
レナの曇った表情を見て、TIFのウィンドウの中のあやねがにっこりと笑った。
「レナちゃんと花村かれんさんと神木祐希さんが、Pinky Spiceに入ってくれたんでしょ?」
「そう。昨日の仕事の後に食事にいったけど、あの二人最高や!」
「神木祐希さんは、有名なバイクレーサーなんやて」
「え?ほんま?」
「うん。クラスの男子にバイク好きな子がいてな。神木さんのこと知ってて、男子よりも速いんやて。特に鈴鹿サーキット最強やそうや。外人選手からは『Pinky KAMIKAZE』とか『Piky Cyclone』と呼ばれているんやて」
「それや!バイクレースで優勝したら良いねん。ゆってぃなら楽勝やん!」
「ええ!トライアスロンじゃなくて?」
「トライアスロンにバイクあるやろ」
「バイクといっても自転車だよ」
「字は一緒や!」
「中身が違うでしょ」
「あった!全日本鈴鹿8時間耐久レース!しかも、鈴鹿やで!もらったー!」
「だから、エンジンついたバイクは、ダメやん…」
「固いこと言いっこなし。画面共有するから見てや」
「3月22日に鈴鹿で開催か…。あれレナちゃん」
「なんや?」
「これ、自転車のレースだよ」
二人はTIF越しに見つめ合い、二人同時に言った。そして黙ってしまった。
「これだ!」とレナ。
「あかん!」とあやね。
TIFのウィンドウ越しに見つめ合う二人。
「うん…。これしか無いんやなぁ」と、あやねはつぶやいた。
午後6時、社員食堂の一角にPinky Spiceのメンバー四人が勢ぞろいしていた。
「それで、自転車耐久レースに出るの?」
「そうや。8時間の自転車耐久レースや。ゆってぃが得意の鈴鹿サーキットやで」
「自転車で走ったことないです~」そう言って神木祐希は笑った。
「ママチャリで、サーキットを走ったら危ないやん!」。
「かれん!その日は貸し切りやで。それに、自転車といってもロードバイクというレース用の自転車だよ」
「8時間も自転車乗ってられへん」
「かれんちゃん。一人で8時間走り切るんじゃなくて、駅伝みたく1チーム6人で、交代しながら8時間走るんだよ」そう説明して、音咲あやねが考え込んだ。
「あやね。どないしたんや?あれか?」とレナ・ジョブズ。
「ううん。この全日本鈴鹿8時間自転車耐久レースって、有名な大会なんだよね。だから…」
「だから?」
「正直な気持ちを言えば、この4人で勝てるか超微妙っていうか…、無理や」
「せやな。この中で、自転車競技で通用するのはあかねだけや。その他、3人は素人やからなぁ」
「ライダーは6人まで登録できるやん。交代で走るんやから、6人が絶対に有利やね」そう、かれんの声が聞こえると同時に、淹れたてのコーヒーの豊潤な香りが4人を包んだ。
「コーヒー入ったよ」
「あぁ、美味しい。このコーヒー美味しい!」そうあやねが感心すると、
「モルジブ仕込み」とかれんが笑った。すると他の3人にも笑いが起こった。
「これこれ!笑っていこう!落ち込んだって何にも解決しないよ。まずエントリーして、それから考えようよ」神木祐希がそういうと、レナ・ジョブズが答えた。
「そうやな。エントリーしといたろ」
「レナちゃん。女子の一番弱いクラスがいいよ。ビキナークラスとかない?」
「あやねの言う通りやな。ええーと、ビキナークラス、女子…、無いなぁ」
「じゃあ、その上のクラスってことになるのかな?エキスパートクラスとか…」
「ええーと、それも無いなぁ。いややわ~」と笑い出したレナを押しのけ、あやねがノートPCのモニターを覗き込んだ。
「あ…」といったあやねが、全員を見て言った。
「そもそも、このレース。女子クラスとか無いやん。クラス分け無しやん」
「つまり、男女混走の合同レースってこと?」
「うん」
「そうか。バイクと一緒だ。絶対的勝利!」
「ゆてぃ。自転車とバイクは別や」
「でも、やるしかないよね?それにさ」コーヒーカップを撫でながら、かれんが話した。
「勝負は、まだ終わっていないやん。スタートラインにも立っていない。誰が勝つか、まだまだ判らないんや」
5秒ほど沈黙。その場にいた全員が、お互いの顔を見つめ合った。
小さな声で、あやねが笑い始めた。レナも笑い始めた。かれんも祐希も笑い始めた。
4人の笑い声は徐々に大きくなり、4人の笑い声が食堂に鳴り響いた。
翌日、須賀安蘭と佐藤えりかは社長室にいた。
「須賀社長、やはり全日本鈴鹿8時時間自転車耐久レースにエントリーしたようです」
「うん。そうだな。私の思惑どおりになった」
「この大会で、1位になったら来年もPinkySpiceは存続ですね」
「うん。そうだな。だがな、1位なれるわけがない」
「そうですよね。女性チームで1位になるのは不可能です」
「ところでえりかくん、今夜二人で食事にで…」
「社長。今夜は人と会う約束があります」
「あ、ああ、そうか。まあ今度ぜひ行こう」
「楽しみにしています」
佐藤えりかの食い気味みとも言える、素早い返しに動揺したのを隠すように須賀安蘭が言った。
「う、うん。それにしてもなぁ、自転車競技で、女性が男性に勝てるはずがないよなぁ。しかも、それに場所が場所だ。鈴鹿サーキットで男性を差し置いて、女性が優勝した事は無い」
「あら社長、ご存知ないのですか?」
「ん?何かね?」
「20××年に、ライダーもメカニックも女性だけのチームが、鈴鹿サーキットの世界耐久レース選手権で優勝していますよ」
「ええ?そんな事あったのか?なんてチームだい?」
「そのチームの名は、ピンキーサイクロン」
「んん?そのチームは、我が社がスポンサードしていなかったか?」
「言ってくれたら探すのに」というAIのMAROの言葉をいつものように無視し、かれんはキーボードを奏でていた。
5人目、6人目のPinkySpice候補を探しているのだ。
メンバー候補の条件は、現在所属するチームに迷惑をかけないこと。何らのアスリート経験があるもしくは、体力測定において著しい成績を残していることであった。
新しく加入した、神木祐樹と花村かれんは、音咲あやねに連れられて、体力測定を行っている。
「カレンちゃんは体力測定しなくてよいの?」とのMAROの問いに「私に体力が無いわけがない」とレナの意味不明のコメントがあった事は伏せておこう。
「ラスト!1分!」
「おぉぉぉりゃあああああ」
シンディアス日本本社地下3階、トレーニングフロア通称「虎の穴」に、神木祐希、花村かれん、音咲あやねの三人は、 自転車を模したFTP(機能的作業閾値パワー:Functional Threshold power)測定装置に乗り喘いでいた。
FTPとは、一時間で自転車をどれだけの力を維持して、こぎ続けられるかを数値化しかたもの。簡単に言えば、1時間で自転車をどれだけ速く走られるかを測る方法である。
「ゴール!クールダウンモードに入ります」
「はぁはぁはぁはぁ…」3人のもっと酸素を欲しがる息と測定機器の音が、フロアに響いている。
クールダウンになり、三人は並んでゆったりとペダルを漕いでいる。
一息ついた、かれんが言う。
「しんどいよ~」
「しんどいけど。気持ち良くない?」
あやねの言葉に祐希が、うんうんと無言で頷いている。
「うん。しんどいけどこんなに気持ち良いとは思わへんかった」
「かれんちゃんは、スポーツやらへんの?」
「やらんよー。けど、子供の頃にな。足は速かったんよ」
「全然、そうは見えへんけど」
「何に見えんねん?」
「小動物」
「ははははは。二人のやりとりは、よしもとの漫才じゃん」と祐希が笑いだすと、二人も連ねて笑い出していた。
「皆さん。面白いですね」と、そばにいたトレーナーも笑っていながら、測定結果を持ってきた。
「まず、神木祐希さん。体重の6.5倍です。これ、かなり凄い数字ですよ」
「力は無いですけどね」
「自転車は乗り物ですから、体重に対する能力が重要になります。はっきりいって、ワット数は大したことないんです。だけど、体重が軽いからこそ、この数値が出ます。神木さんの体重の6.5倍は、日本代表レベル。それも男子のです」
「え?マジ?」
「次に、花村かれんさん。これも凄い。6.1倍出てる」
「え?ゆってぃに負けた」
「いえ、そうではなく。全日本男子代表並みの成績で…」
「もう一度、測らせてください」
「いや、だから」
「はははははは」
「かれんちゃん。これから頑張って数値上げよう」と、笑い転げて測定装置から落ちそうになったゆてぃを支えながら、あやねが諭した。
「それと、音咲あやねさん。今までの最高記録出ましたよ。体重の8.1倍」
「8.1倍!凄っ!」。
「え…。あやねにも負けた」
「なんでやねん!」
以上のやり取りを無視して、トレーナーが説明する。
「この体重の8.1倍というのは、私も始めてみました。世界の男子トップ選手並み、いや男子を含んでも世界一位かも知れません」
「パイクのトレーニングは、ここで続けていたからね」とあやねは満足そうに言った。
三人は測定器から降りて、それぞれがヨガマットを床にひき、ストレッチングを開始した。
「かれんちゃんは、私の真似すれば良いよ」と、あやねが言ったのだが…
「めっちゃ柔らかい!」かれんのストレッチングを見て、ゆってぃが驚く。
「体は子供の頃から柔らかいねん」そう言って、かれんが両足が左右の横腹に付くほどの開脚を披露する。
「これは武器になるよ」と嬉しいそうなあやね。
ストレッチが終わると、あやねとかれんは職場へ。
ゆってぃは、バイクレーサーとしてのトレーニングメニューの打ち合わせのため、一人残った。
「男子は全滅…。40代、50代になっても無いで!シニアだ、マスターズだと、何らかのスポーツで現役アスリートや。頼んでもとても引き受けてくれそうもない」とのレナ・ジョブズの言葉に、「だから、言って…」というMAROが言い始めた時には、レナは女子社員の検索と分析を終えていた。
「女子も二人だけや。だけど、おおー!凄いのがおる!」
「誰?」
「女子でスクワット238kgがおるやん!あ…、ダメか…」
「あうそうか。この人は無理だね」とMAROも同調した。
「もう一人。これも凄いで」
「って、凄い人を調べているので当然…」
「やかましい!フィギュアスケートのオリンピアンや。フィギュアスケート女子シングル世界選手権優勝3回やで!」
「でも、その人は無理じゃない?」
「そうや。こいつも無理や。わてら運が悪いなぁ」
「だから、悪い運は無いって言ってるやん」と、レナ・ジョブズのスマホのTIF画面に現れたのは、花村かれんだ。
「かれん。そっちどう?」
「それは、こっちのセリフ。いないみたいやね?」
「うん。おらへん。っていうか、二人いたんやけど…」
「だれ?」
「一人は無理。もう一人は、佐藤えりかや」
「ええ!須賀安蘭社長秘書の?」
「そうや。あれは有名な女子フィギュア選手。男子社員に人気ある訳や」
「はあ…。おらんもんやねぇ。こっちも、食堂に募集ポスター貼ったし、声もかけてるんだけどね…」
「料理長のゼフさんは?」
「本人はやる気満々なんだけど、膝がボロボロで。自転車レースなんて言ったら、奥さんに殺されちゃう」
「そりゃ、そうやろうな」
その時、レナとかれんのTIF画面に神木祐希が飛び込んできた。
「レナ!かれん!超やばい人見つけた!トレーニングスタジオのトレーナーが、スクワットの記録が238キロの女性がいるって!」
「ああ、ゆってぃその人はやな」
「今、その人の職場についた。今から話しつける!」
「いや、だからゆってぃ」レナの言葉を聞かず、候補の女子社員がいるオフィスへ祐希は向かった。
「やっぱり、ゆってぃはサイクロンやな」
祐希が向かったのは、商品問い合わせや苦情を受け付けるコンシューマサポート部門。
走りこんできた祐希は、マネージャーらしき女性に言った。
「スクワット238キロの人をお願いします」
「え?スクワット238キロ?」
「そうです。スクワット238キロです」
「記録は判らないけど、きっと彼女ね。パワーリフティング世界チャンピオンの…」
「ぱわーりふてぃんぐせかいちゃんぴおん!」と、大きな目をさらに大きくしている祐希を無視して、マネージャーらしき女性は、胸元の小さなマイクに話かけていた。
しばらくして、日本人形のような可愛らしい顔立ちの女性社員が現れて挨拶をした。
「こんにちは。スクワット238キロです」
「あ,ごめんなさい」と祐希が慌てて謝ると、女性社員はにっこりと笑った。
「まさか…。この子がパワーリフティング世界チャンピオン」そのルックスとは正反対の偉業を成し遂げた女性を見て、祐希はつぶやいていた。
そのつぶやきを聞き「神木祐希さんですよね?」
「はい。あれ?初対面ですよね?」
「一度、声を聴いた人は覚えちゃいます」
「凄い!でも、初めてのはずだけど…」
「昨日、食堂で歌ってたでしょ」
「ええ、歌っていましたよ」
「その後、ゼフさん、須賀さん、花村かれんさん、レナ・ジョブズさん、佐藤エリカさんと話してましたよね」
「おっしゃる通りです。超能力者ですか?」
「はははは。違いますよ。続きはコラボレーションスペースで話しましょう」
三歩ほど歩いて、その女性社員は言った。
「蒼以みるかです。よろしくお願いします」
「Pinky Spiceが廃部の危機です」コラボレーションスペースの椅子に座るなり、祐希が切り出した。
「ええ、知ってます」
「そこで、3月22日の自転車レースの団体戦に出ます。この大会で1位になればPinky Spiceは存続します。選手が足りないので、ぜひ、一緒に出てください!」
コラボレーションスペースの席に着くと、祐希が一気に捲し立てた。
「ちょっと待ってください。自転車レースですよね?」
「そうです。自転車レースだから、蒼以さんのパワーが絶対に生かせます」
「自転車は無理です」
「え?自転車に乗れないのですか?」
「いえ、そうじゃなくて…。目が見えなくて…」
「まさか。全然そうは見えないですよ」
「ええ。このオフィス内なら、物の配置が判っていますし、私の事を知っている人しかいないので」
神木祐希は、改めて蒼以みるかの目を見た。自分のことを見ているように見える。しかし、その目の奥の瞳孔が、祐希を捉えている気配は無かった。
言葉を失ったように沈黙している祐希に、みるかが言った。
「今回、声をかけていただいて超嬉しいです。以前からPinkySpiceの大ファンです。目が治ったら絶対に、PinkySpiceへ入部します」
「ありがとう。それに、治る可能性はあるならやるしかない。あ、ごめんなさい。やるしかないって言い方おかしいな」
「はははは。いえいえ大丈夫です。お医者様から機能的な問題はない。おそらく心理的なものだろうと言われています」
「そうか。それは良かった。今日は時間取らしちゃってごめんなさい」
「別に、気にすることないやん」
「悪いことしちゃったかな?」と反省しきりの神木祐希に、レナ・ジョブズが言った。
「そうだよ。ゆってぃは悪いことしていないし、蒼以さんも気にしているはずないやん」と音咲あやね。
「とにかく、この4人で勝つ方法を考えよう」と花村かれん。
4人は、ゼフ・シュトロイゼンが運転する、キャンピングカーの中のサロンでくつろいでいた。
「今度の土日に、鈴鹿サーキットへバイクの練習に行くから、一緒に下見に行かない?」という祐希の提案だった。
「それなら、鈴鹿サーキットを自転車で走らせてもらえないかな?」
「うん。バイクとの混走は危ないからダメかな。だけど、日が暮れたらレーシングマシンは走らないから、夕方から走らせてくれるかも」
「じゃあ、土曜日は夕方、一泊して日曜日は早朝と夕方に走らせてもらう」
「やーん。合宿やん。やってみたかったんやー!」
この話を花村かれんから聞いたレース好きのゼフ。
「なんと!あの子が、Pinky KAMIKAZE神木祐希選手だったのか!パドックに入れるのか!」
と、所有のキャンピングカー(レース観戦のためでもある)に、Pinky Spiceの4人を乗せていってくれることになったのだ。
「どんな競技でも下見は大事だよね」と祐希の言葉に、どこか乗り気でないあやね。
いや、この下見だけではない。全日本鈴鹿8時間自転車耐久レースに参戦が決まった後も、あやねからは、どこか乗り気の無さを感じていた。
それは、祐希だけではなくかれんも感じていた。
「あやねちゃん。何かあるの?」とかれん。
「別に…というか何というか」
「あやね。もう言っちゃいなよ」そうレナから促されたあやね。
「うん。じゃあ言っちゃうけど…。実は自転車に乗れないの」
「面白くない冗談」そう祐希が言えば、
「ボケてないし落ちてもないやん」とかれんが続く。
「違うんや。マジなんやで」そうレナが言い、あやねが続けて説明した。
「乗れるんだけど…」
「乗れるんだけど?」
「カーブが曲がれないの」
「ええ?なんで?」
「イップスや!」とレナ。
「イソップ?お皿のスープ飲めないとか?」とかれん。
「そう、そう、そう。イソップ童話で、ツルはお皿のスープが飲めへん…って、違う!
イソップやない、イップスや!」
「イップスってアスリートに多いよ。特に、ゴルファーとかテニスプレーヤーとか」と祐希。
「そうや。あやねは去年のレースで、バイクでトップ争いをしていたんや。その時、競り合っていた選手がカーブでコケたんよ。その選手をあやねが自転車で踏んづけてしまったんや」
「踏んづけられた選手は?」
「無事やで。大した怪我をせず、そのレースも完走している」
「じゃあ気にする必要ないじゃん」
「うん。その時は平気だったんだけど、踏んだ感触が体に残っていてね…」
「カーブに曲がれないのを具体的に説明して」と祐希が聞く。
「うーん、どんな感じかな?カーブに差し掛かると、ハンドルを曲げられなくなるって感じ」
「直線の車線変更はできるの?」
「それは大丈夫」
「…」祐希は黙って、少し考えた後、スマホに何かを打ち込んでいた。
「道路空いてるから、午前8時には鈴鹿に着くよー」と、キャンピングカーのサロンに設置されたスピーカーから、ゼフの声が聞こえた。
「キャーーーー」と30名ほどのピンキーサイクロンのスタッフが大騒ぎ。
「なんや!あやね凄い人気やん!」と、握手攻めに合っているあやねを見てレナが驚く。
「あやねちゃん。凄い。私より人気あるやん…」とかれん。
「レナちゃん。かれんちゃん。あやねちゃんはシンディアスのモデルだし、トライアスロンでも強いし、可愛いじゃん。しかも、チーム名がPinkySpiceでしょ?うちピンキーサイクロンのスタッフは皆、あやねちゃんのファンだよ」
「言われてみればそうやなぁ。いつも一緒にいるから気が付かんもんや」
「それに、ピンキーサイクロンは、シンディアスのスポンサード受けてるからね」
「なんやそうか。ふふふふ。どないや!」
「レナちゃんが威張ってどうすんの?(笑)それに山さんが、康子さんからの資金提供を頑として断っているんだよね。だから、現物支給がほとんど(笑)。うちのメカニックスーツやレーシングスーツ、グローブ、靴は全て、シンディアス製だよ」
「そうやったんか」
「でも、女性向けのレーシンググッズが無かったから、凄くありがたい。デザインが可愛いし、皆、喜んでいるよ」
「良くいらっしゃいました。PinkySpiceの皆さん」
「おお!あなたがポップ山村さん!こんな素敵なチャンスをいただいてありがとうございます。」
「いえいえ、ゼフ・シュトロゼインさん。こちらこそ、来ていただいて光栄です」
「光栄だなんて…」
「いやあ、NBAで優勝、そしてMVP取っていらっしゃる、ゼフさんとお会いできて夢のようです」
「こちらこそ。モトGPで唯一のプライベートチーム。しかも女性ライダー、女性メカニックで戦う、ピンキーサイクロンさんのパドックに来られるなんて…」
「カレンちゃん。あの、おじさんとおばさんの逆自慢合戦は、何とかなんないかな?」
「ゆってぃ。まあ、ええやん。あの二人は、誰がどう見ても同じ料理や。同じ匂いがする」
「かれん。上手い事いうなぁ。そもそもやで。ゼフのおっちゃんは関係あらへんやん。そうやろ?あやね」
「ゆってぃ!ゆってぃ!。サーキットって、こんな路面しているんだ。バイクのタイヤって、こんなに太いの?」
「あやねは、いっつもマイペースやなぁ」
「ゆてぃ。準備出来てるよ」と声をかけてくれた、セカンドライダーの井形ユリに頷いた祐希は「ライダースーツに着替えてから、コースを下見してくる」と言って更衣室に消えていった。
「こっちこっち」
4人はスタートラインから、コースの端をメモを取りながら歩いて行った。
2月17日の鈴鹿サーキットは、鈴鹿おろしが吹きすさぶ。
「おおー。寒い…。あやねは、こんだけ寒いのに平気なんか?」
「レナちゃん。タイヤカスがいっぱい落ちてるよー。これ、タイヤで踏んだらヤバクない?」
「そっちか!あやねは、いっつもマイペースやな」
「F1とかスーパーGTとか、車のレースの後だと、ゴルフボールぐらいのタイヤカスが沢山落ちてるのが普通だよ」
「踏んだら絶対に危ないやん」
「大丈夫。掃除する車両があるから。今日は練習するから、掃除してもらっていないの」
「ええ、なんで?」レナ、かれん、あやねは興味津々だ。
「実際のレース中には、掃除なんてしないじゃん。スタートの時はタイヤカスないけど、終盤になったら落ちてるから」
「そうか。本番に合わせているんだ」
「うん。今日は天気が良いから飛ばせる。超高速で練習だね」
一行がデグナーカーブの最初のカーブまで来たとき、「それにしても長くない?」とかれんが根をあげた。
「鈴鹿サーキットのフルコースは、バイクで5.821km。ここで半分ぐらいかな?」
「約6kmか…。例えば、ここら辺で自転車が故障して、押してパドックまで押して歩いたら、まず勝てないね」とレナが言うと、
「いいえ。鈴鹿8時間自転車耐久レースのルールでは、サーキットは逆走できません。スタートラインを超えたあたりで自転車が故障したら、一周押すことになります」と聞きなれない声が話に割り込んできた。
「あちゃー。ごめん、MAROをハウスに入れるの忘れてたわ」
「レナちゃん。まろって何?」「それなに?」祐希とかれんが聞いた。
「MAROでまろ。AIや。二人のスマホにもいるはずや」
祐希とかれんが、シンディアスから貸与されたスマホを見るが…
「どのアプリ?」
「常駐しいてるアプリやないんや。『MARO』と呼べばやってくるよ」
祐希とかれんが「MARO」とスマホに話しかけた。
「はーい、ゆってぃ」と祐希のスマホ。
「はい。あねさん」とかれんのスマホ。
「なんで、『あねさん』やねん!」
「AIやからな。本人が喜びそうな返事をするんや。日々、学習しとるからかれんちゃん好みに成長するから大丈夫や」
「私は『ゆってぃ』で呼ばれていいかな。MAROって黒柴なんだ?」
「そうや。違うのにもできるで」
「黒柴のMAROなら最高じゃん。MARO。今日の天気は?」
「晴れ、時々曇り」
「今から1時間ごとの天気教えて」
「今から1時間後までは、晴れ。気温5度。湿度63%。路面温度3度。2時間後は…」
「え?路面温度?」
「ここは鈴鹿サーキットだし、ゆってぃはレーサーですから」とMAROが返答する。
「凄い…」
「凄いやろ?」とレナは自慢げに笑った。
「そろそろ、井形マリさんが来ますから注意してください」と、MAROが言うと、エンジン音が聞こえてきた同時に、ショッキングピンクのGP1マシンがデグナーカーブに飛び込んできた。
デグナー第一を立ち上がり、マリが左手でピースサインを送り、片手運転のままデグナー第2へと消えていった。
「なんや!ピースサインしてたで!」と興奮気味にレナが叫ぶ。
「凄い!あんなスピードで曲がっていって、ピースサインって」とあやね。
(あれを人が操縦してるの?)と、かれんは言葉を失っていた。
「マリちゃんは。世界でもトップクラスのライダーだからね」
「はぁ~、疲れた」とレナに「お疲れ様」と、パドックにいたピンキーサイクロンのメカニック達が声をかける。
「最後のシケインは、自転車でも追い抜くのが難しいそうだね」とあやねが言えば、
「確かに。シケインは、バイクでも抜くのが難しいよ」
「それと、上り下りが多い」
「高低差は、52mあるから」
「さすがにゆってぃいは詳しいなぁ」
ちょっと笑った祐希は、「悪いけど、後は皆で話し合っていて。私は練習しないと。山さん、後はよろしく」と言い残して、ピンキーサイクロンに跨り、コースへと走り出した。
「速ぁ!」
「あれが、さっきまでここで話していたゆってぃ?」
3人はモニターに映される、祐希の走りに見入っていた。
「あの、ポップ山村さん」あやねが声をかけた。
「何?」
「ゆってぃが曲がるときに、パイクのハンドルを切っていないように見えるんですが…」
「うん、そう。バイクが曲がるのは、ハンドルよりも体重移動なんだよ。ゆってぃが膝が地面にこすれるほど、内側に体を入れてるでしょ?カーブの内側に体重を移してあげれば、ハンドルは自然と曲がる。それで曲がっていけるの」
「あの~」と申し訳なさそうにゼフが山村へ話しかけた。
「無理なお願いかも知れませんが、伝説の『シケインドリフト』が見たいのですけど…」
「ああ、お安い御用」と言った山村がインカムで祐希に話しかける。
「ゆってぃ。ゼフさんがドリフト見たいって」
「オーケー」と言った祐希は、ヘアピンコーナーからドリフト走行を開始。
「いや、シケインだけで良いんですど」というゼフに対して、
「ゆってぃはドリフト大好きだから、やれと言われたら、全てのコーナーでドリフト見せてくれますよ」
その言葉の通り、300km/hで130Rを真横にドリフトしゼフを絶句させた。さらに、バイクを真横に向けたまま、イケイン、最終コーナーで伝説となった「シケインドリフト」を見せた。
「バイクだと、あんな曲がり方が出来るんですね」とあやねが驚嘆する。
「うん。あれは、200馬力以上のGP1マシンだから出来る芸当なんだよね。レース用のタイヤはグリップ力が強いから、あそこまでマシンを横にして滑らせられないんだよ」
「ドリフトの時は、ハンドルを逆に切ってますよね?」
「後輪が滑って、スピンすることを防いでいる」
「ポップ山村さん。私もバイクに乗ってみたいんですけど」
「ダメだよ。かれん。今日だってかなり我儘聞いてもらったんだから」そういうレナを静止するように山村が言う。
「大丈夫。ゆってぃからLINE来ていたから。全員分のバイクを用意してあるよ」
「お疲れ~」祐希がパドックに戻り、各コーナー,直線のタイムを確認し、メカニックと言葉を交わすと3人のところへやってきた。
「おー!似合うじゃん」ピンキースパイスのショッキングピンクのライダースーツに身を包んだ、3人を見て祐希が声を上げた。
「どや?速そうやろ?」
「トライアスロンのバイクの時も着ようかな?」
「コックの次は、GP1ライダーになろうかな!」とノリノリの3人。
「おーい。みんな、こっち来て~」とパドックの裏から、山村の声が聞こえた。そちらの方へ向かった4人とゼフを、レーシングマシンが出迎えた。
「あれ?小っちゃ!」
ポップ山村が3人のために用意したレーシングマシンは、ポケットバイクだったのだ。
「なんやこれ!走るんかいな?」と笑うレナ、かれん、あやねの三人を
「小っちゃいからってなめるなよー!」と祐希が一喝。
「小っちゃいからって言っても、レーサーはレーサーだから。まあ良いから乗ってみなよ」とポップ山村が、三人に促した。
「あの…俺のは…」とのゼフの言葉に、
「2m160キロのあんたが乗れるポケバイは、この世には無いわ!」とレナ。
「はははは」ピンキーサイクロンのスタッフの大笑いを聞きながら、フルフェイスのヘルメットを被り、レーシングシューズを履き、ニーパッド、エルボーパッド、グローブをはめた三人は、それぞれのバイクの横に付く。
「ハンドルのブレーキを閉めて。絶対に、ブレーキ離しちゃだめだよ。それでスターターを引っ張って」と、祐希の指示に従い3人はエンジンをかけた。
パーン!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
すぐさま、30ccエンジン音が響き渡った。
「まず跨ってみて。しゃがむ感じ。ブレーキを離して、アクセルを開けると前へ進む。前へ進んだら、両足をステップに乗せて」
パパパパと音を立てて、かれんが走り出した。
「速ぁ!」「怖い!」
「視点が低いから、スピード感が高いんだよ」
「スピード感覚に慣れるまで、アクセルはゆっくり動かして」
と祐希が、エンジン音よりも大きな声で3人へアドバイスを送る。
レナとかれんの二人は、テニスコート程の広場を行ったり来たりし始めた。
「かれん!レナ!上手いじゃん!」と言った祐希は、まだ走り出せずにいる、あやねに近づいた。
「最初は怖い人いるよ。ゆっくりアクセル開けて」
「うん」ゆっくりとアクセルを開けるあやね。
ポケバイがゆっくりと進み始める。
「両足、ステップに乗せて」との祐希の指示に従い、両足をステップに乗せたあやね。
「上手い!その調子!」との祐希の声が聞こえているのかいなのか?あやねは、そのまま、壁に向かってまっしぐらと進んでいく。
「ブレーキ!ブレーキ!」と祐希が叫ぶとあやねは止まった。
「あやね。大丈夫?」
「全然平気。面白い!」
「じゃあ、曲がってみなよ」
「うん。やってみる」
ポケバイを反対方向へ向き直したあやねは、またバイクにまたがり走り始める。
(曲がるんや。ハンドル曲げて曲がるんや)しかし、イップス。腕が動かない。壁がみるみる近づいてくる。ブレーキ。
ポケバイを反対方向にして進む。(曲がるんや。ハンドル曲げて曲がるんや)壁がみるみる近づいてくる。ブレーキ。
「あやね。とにかく一度、ハンドルを曲げてみて。ポケバイは低いから、転んでも痛くないから」そう祐希から言われたあやね。
あやねは、ボケバイに跨り、ゆっくりアクセルを開ける。トロトロと走り出したところで、ハンドルを曲げようとする。しかし、やはり曲げられない。
止まってバイクを逆に向ける。また跨って、ゆっくりアクセルを開ける。やはり曲げられない。
もう一度、今度こそ。
ゆっくりアクセルを開ける。やはりハンドルを曲げられない。
ハンドルを曲げられない…。
ドサッ!ポケバイで、トロトロ走るあやねの肩を祐希が押したのだ。
「ほら。痛くないでしょ?」
ポケバイもろとも横倒しになった、あやねに祐希が言った。
「ほんとだ。痛くない」
「ヘルメットしているし、ニーパッド、エルボーパッド、グローブとフル装備しているから、痛いことはまずないよ」
「判った」
意を決したあやねは、トロトロと走り出したところで、思い切って左にハンドルを曲げた。
「あ!」と祐希が言うと同時に、あやねのポケバイは右へ倒れた。
「大丈夫?」
「平気、平気。でも、なんで、左にハンドル切ったのに、右へ倒れたんだろう?」
「その感覚が判るなら、大丈夫だよ」と祐希は言うと、ポップ山村へ声をかけた。
「山さん。コース作ろうよ」
ポップ山村とメカニックが、広場にパイロンを置き、地面にテープを張って、小さな即席サーキットを完成させた。
「左周りに走ってご覧」と言われた、レナ・ジョブズと花村かれんがさっそく、サーキットを回り始めた。
「キャー!」「ムズイやん!」と、コースアウトを繰り返しながら、二人はエンジン音よりも大きな歓声を上げた。
パパパパパパン。30cc仕様のエンジンとは思えない軽快なエンジン音と共に、もう一台のポケパイが広場に走りこんできた。
即席サーキットをあっと言う間に、3週ほど回って見せた。
言うまでもなく、神木祐希だった。
レナが声をかける。
「ゆってぃ。ポケパイとサイズ感ぴったりやん」
「そっちかい!」
その時、あやねが、また壁に向かって走り始めた。
それを見た祐希は、アクセルを一吹かしすると、あやねの真後ろから近づく。
次の瞬間、あやねの真横、左側で並走する祐希。右手で抑えていたアクセルを左手に持ち替え操作しつつ、右手であやねの肩を抱いた。
「!」驚いたあやねを無視して、祐希が引き込みあやねをバイクごと左へ倒した。すると、二台は並走したまま左へ旋回した。
「あ、曲がれた!」と言ったあやねを無視し、あやねから離れ、くるりと回って今度はあやねの右側に並走した祐希。
左手であやねの肩を抱き体重を右へ移すと、二台のポケバイは右へ旋回した。
また、あやねから離れた祐希は、左側に付き左手でアクセルを操作しながら、右手であやねを右肩を掴み、抱え込むようにした祐希は、即席コースの外周をぐるりと左旋回を続ける。
その左旋回は一定ではなく、パイロンをクリッピングポイント(カーブの頂点)とした、小さなカーブを繰り返す。
「今の左へ旋回している感覚を覚えて」と祐希。
「結構きついな~」「でも、これ面白いやん」
レナとかれんは、ポケバイから降りて休憩していた。
「あれ、何やってんですか?あの二人は?と」かれんが山村に聞いた。
「右利きの人は、左への方が曲がりやすいの」
「確かに、競輪もオートレースも左周りですね」とカレン。
「だからゆっていが、まずは左カーブを曲がる感覚を教えているんだよね」
「なるほどなぁ。あれ?ポップさん、なんであやねのイップス知ってんの?」
「ゆってぃからLINEが来たんだよ」
「あ、さっきの車の中か…」と不安そうなカレンに対して山村が言う。
「大丈夫。うちのメンバーは全員口が堅いから安心してくれ。他のチームにあやねちゃんが曲がれ無いなんて情報が、漏れることは絶対にない。口が軽かったら、開発競争の激しいレースの世界では生きていけないからね」
コースの回りを、5週ほど回った祐希は、あやねを離した。
次のパイロンへ、ゆっくりと真っすぐ向かうあやね。
曲がれるのか?
「大丈夫かいな」とレナとかれんが思った瞬間、あやねは左肩を落とすように体重移動し、すいっと曲がって見せた。
「あやね!やったで!」
「凄い!あやねちゃん!」
レナとかれんが大騒ぎしているのが聞こえたのか、次のパイロンすいっ、その次もすいっ、その次も…
するとそのまま、コースイン。左カーブも右カーブもすいすいと曲がってみせた。
「もう全然平気やん。イップス克服や」
「いやあ、そうはスイーツほど甘くないよ…」フルフェイスのヘルメットを脱いだ祐希が言った。
「ポケバイは、ホールペースが短いから」
「ホイールベースってなんやの?」
「前輪と後輪の間の長さ。これが短いと曲がりやすい。自転車はポケバイより3倍ぐらい長いでしょ?だから、すいすいとは曲がれないかも知れない」
「なんやそうか…」
「でも、曲がれなかったのが曲がれるようになったし、体重移動で曲がる感覚も思い出した。きっとレースまでには治るよ」
「そうやな。あやねなら大丈夫や。かれん!私らも負けてられへんで!」「うぃっす!」と、レナとかれんがポケバイで走りだした。
「いや、あんたらは曲がれるし、出るのは自転車レースだし。ただ楽しいから走りたいだけじゃん」
呆れている祐希に、山村が話しかけた。
「それにしても、あの二人。センスあるね」
「うん。ポケバイに初めて乗って、あれだけ乗りこなすのは凄いよね」
「ポケバイを乗りこなせるって事は、カーブの体重移動が上手いのよ。ノービスクラスに出してみようかしら?」
「面白かも」
午後5時を過ぎると、辺りはすっかり暗くなった。
いよいよ、ロードバイクによる練習が始まる。PinkySpiceのメンバーが準備を始めていると、ゼフ・シャトロゼインがパドックに現れた。
「夕食の準備をしておくよ。
ピンキーサイクロンの皆さんも、ご一緒にどうですか?」
「いや、お構いなく」
「食材を準備してあるので、ご遠慮なく」
「ゼフさんの料理は最高ですよ。山さん」
「そうなの?」
「ユリちゃん。ゼフさんの料理を食べたら、シンディアスへ入社したくなるよ」
パドックから出かけていた、ポップ山村が話した。
「あ、そうだ。今日はもう1チーム、下見に来るよ。ゆってぃ」
「え?どこ?」
「なんて言ったかなぁ。セーターかな?」
「セーター?」
スタートラインにロードバイが4台並び、あやねが3人に説明した。
「とにかく、まずはロードバイクに慣れよう」
「この格好で、自転車乗るんかい!」そうレナが突っこむのも無理はない。あやね以外は、レーシングスーツのまま、ロードバイクの横に立っていた。
「レーシングスーツなら、転んでも怪我が少ないよ」
「やってぃの言うとおり。まず1周してから、2週目にタイムアタックしてみよう。付いてきて」そう言ったあやねは、スタートラインからのんびり走り出しながら、説明を始めた。
「右のハンドルのところに、ブレーキレバー付いてへん?」
「そりゃあブレーキは付いてるやろ」
「ペダルを踏みながら、そのブレーキレバーを内側に押して」
カシャ!カシャ!カシャ!
かれん、祐希、レナのスプロケットが音を立てた。
「お!ちょっと重くなったで」そう言いながらレナがふらいつていたが、あやねは説明を続ける。
「今のプレーキレバ―に小さなレバー付いてへん?」
「付いてるで」
「それを内側に押してや」
カシャ!カシャ!カシャ!
かれん、祐希、レナのスプロケットが音を立てるとかれんが叫んだ。
「軽い!けど、さっきより前へ進まへん」
「へー、ロードバイクって何段もあるんだね」と祐希は、ロードバイクを走らせながら、興味深そうにカシャカシャとギアチェンジを繰り返した。
「さすがにママチャリとは違うやんか」そう言いながら、レナは楽しいそうにペダルを回す。
いや、レナが楽しい理由はロードバイクでは無かった。
(あやね。良かったなぁ。一緒に戦ってくれる仲間が出来たんやで)
あやねを先頭に、PinkySpiceは時速20キロほどで鈴鹿サーキットのメインスタンド前を進む。
右曲がりの第1コーナー。あやねは左端を大回りに曲がっていく。
「あやね。曲がれるやん!」あやねのすぐ後ろを走っているレナの叫び声を聞いて、ほくそ笑んだあやね。
(レナちゃんの気持ちは嬉しいけど、これぐらい大きなカーブだと、車線変更と変わらないからなぁ)
その時、蛇の泣き声のような音とともに、ロードバイクの集団がやってきた。
「あれ?何?」との祐希の問いにあやねが答えた。
「うちの自転車チーム『ブラスカ』やで」
あやね達に、ロードバイク軍団は右手を挙げて挨拶しながら通り過ぎた。
「シンディアンス自転車チーム『ブラスカ』…と祐希が呟いた。
「あんな速いんか!」
「うん。カレン、時速50キロは出ているよ」
「ブラウス?山岡さんの言っていた、セーターちゃうの?」
「違うよ。かれんちゃん。ブラスカだよ」と説明した。
「しっかし、速いなぁ~」そう感心するPinkySpiceメンバーにあやねが言った。
「ブラスカは去年の優勝チームだからね」
「マジ?」
「うん。須賀さんがブラスカを作ったんじゃなかったかな?」
「あやね!その話はええやん。練習つづけよう」とレナの言葉にPinkySpiceは再度走り始めた。
第1コーナーからの複合コーナーの第2コーナーからS字コーナーも、外側を大回りして走る。
さらに、S字、逆バンク、デグナー第1と外側を走り、デグナー第2の入り口であやねは止まってしまった。
自転車を押し出したあやねに祐希が話しかける。
「デグナーの第2は、直角コーナーだから上手くコース取りすれば、曲がれると思うよ」
「うん。判った」
「まあ、まだ時間あるし何とかなるで」
「ここまでも外回りばかりでしょ?勝負は不利になるやん」
「かれんちゃんの言う通りなんだよね。サーキット走行は速く走るためのラインがある。そのラインは、自転車なら最短距離を走った方が有利だよ」
「あやねちゃんは、こんな感じでトライアスロンでも走ってたんか?」
「うん。カーブが曲がれなくなってから、急カーブは降りて押してた…」
「それじゃあ、成績悪くなるものしゃあないね」
「でも、カーブ曲がれるようになったら、あやねちゃん最強やん」
「かれんは、いつもポジティブだよね」
「かれんのポジティブは、いつも根拠なしや!」とレナの言葉に、四人は大声で笑い出した。
あやねはヘアピンコーナーとシケインも、自転車から降りて押し、他のコーナーは自転車に乗りフィニッシュラインへ到着した。
「山さん。これからタイムアタックするから」
「はいよ。計測はまかせておいて」
「スターターは私がやるね」と井形ユリ。
「レディ!ゴー!」
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