第3話 セカンドステップ

「今度の週末は、モルディブの水上ヴィラで過ごすってどう?」

そう聞かれたらNoという女性はいない。週末どころか、1ヶ月、2ヶ月とのんびり過ごしたいと考えるきではないだろうか?


その女の子は、モルディブの水上ヴィラにて、デッキチェアーにゆったりと背を預け、トロピカルカクテルを片手にまったりとしていた。

目の前に広がる、青い空とコバルトブルーの海。

これ以上、何を望むのか?

美味しい料理か?


鈴鹿8時間耐久レースの1位~3位を当てて、手にした配当金の約2千万円は、秘密のスイス系銀行口座へ振り込んだ。

翌日にはモルディブへ飛び、今日まで半年間過ごしてきた。

日本を始め、世界中のカジノで勝負して、勝ち金でのんびり1年~2年過ごす。お金が少なく(と、言っても彼女の基準だが)なってきたら、世界中のカジノで勝負。そしてのんびり過ごす。この繰り返しが、この女の子のライフスタイル。

何よりも、大嫌いな掃除、洗濯、食事作りといった全てやってくれるホテル暮らしは、彼女にとっては天国だった。


そんな彼女が、ぽつりと言った。

「はあ…。飽きた…」

アイドルのように可愛らしく小さな顔。抜群のスタイルを花柄のビキニで包んでいた。

女の子なら誰もが羨むルックスと、高い生活水準で遊んで暮らす生活。

何が不満なのか?

「もう何年、続けて来たんかなぁ」そう言うと、彼女は傍らに置いてあった、ミュウミュウのバッグに手を入れた。

バッグから取り出したのは、ミュウミュウには似つかない、四角四面のサイコロだった。

「さて、どないしよ?」

彼女の今までの人生は、サイコロが決めてきた。

「1が出たら、ラスベガスへ行く。2が出たらモナコへ行く。3が出たらマカオへ行く…。あれ?みんなカジノがある所ばかりやん」

小動物のような可愛らしい笑顔を作って、彼女は続けた。

「4から6は、絶対にやらへん事にしよか。4が出たら…う~ん、そうや!アイドルになる!え?!アイドル?私が?、ハハハハハ」

「まあ良いか、5が出たら…、ボディビルダーになる。ええ!ぼでぃびるだー」

「ハハハハハ。おもろいわぁ私。さて6が出たら…、う~ん、どないしよ?」

サイドテーブルのトロピカルカクテルを一口飲んで彼女は決めた。

「そうや、就職しよう!就職して誰かのために働くなんて絶対に嫌や。6が出たら就職する」


そう言うが早いか、左手でサイコロを持った彼女は、サイドテーブルにサイコロを振った。

出た数字は1。

「あー、しもうた。やっちゃった」

超一流ギャンブラーである彼女は、サイコロを自由に操る事ができ、自分の好きな数字を出す事ができるのだ。

それをばれないためにはどうするか?

あえて、利き腕ではない左手でサイコロを振る。そうすれば、まさか好きな数字を出せるとは、考えるギャンブラーは少ない。


さて、やり直し。

彼女は、右手でサイコロを振った。

出た数字は6。

ギャンブラーは直感を信じる。決めた事に迷いはない。「さようなら」と、青い空と海に別れを告げると、コテージに戻りノートパソコンに電源を入れた。

始めた事は、求人サイトの検索。自ら決めたルールに従い、就職先を探し始めたのだ。


「あれ?面白そうな仕事が、沢山あるやん」

その通り。ネットに掲載される仕事は面白そうなものばかり。つまらなそうでは、誰も応募しないではないか。

「やりたくない職種やな。何かな?あ、スポーツや。スポーツはしんどくてやりたくないわ。」


そして、見つかったのが…。そう、シンディアスだ。

履歴書に記入したが、職歴に記入する事はほとんど(というより全く)無かったので、備考欄に現在のライフスタイルを書いて応募した。

するとすぐに返事があった。

「今時間ありますか?」とモニターの中で、紳士然とした男が聞いてきた。

「ええ、ありますよ。」と、女の子はビキニの上にそのまま着込んだ、ノースリーブのピンクのワンピース姿で答えた。

「ギャンブルで稼いで、遊んで暮らすとは面白いライフスタイルですね」とシンディアス人事部長。

「ええ、気に入っています。」

ライフスタイルが気に入っているのに、我が社へ応募?との気持ちを隠して、紳士は聞いた。

「希望する職種はありますか?」

「トイレ掃除が良いです(一番やりたくない仕事や)」

「トイレ掃除ですか?(え?トイレ掃除。この子が?)」

「ええ、そうです」

「もしよろしいければ、私の秘書をやりませんか?」

「え?ということは、採用していただけるのでしょうか?」

「ええ。シンディアスへ入社希望する人は、ほとんどがアスリートで競技生活との両立を希望します。そのため、総務や広報部等を希望する方が多いのです。今まで、トイレ掃除を希望する人はあなたが初めてです。人が嫌がる仕事を希望するような人なら、間違いありません。ぜひうちで働いてください」

「そうですか。ありがとうございます。でも、秘書は、希望とは違いますから…(やりたくない仕事じゃないやん)」

「それは残念です。トイレ掃除は既に人員が足りているので、他に希望の仕事はありませんか?」

「他ですか…(私がやりたく無い事って何やろ?)」

「広報、営業、総務、IT関係もありますし…。あ、そうだ、モデルはどうですか?あなたにピッタリだ!」

「いえ(それじゃあ、やりたくない事にならへん)、ええーと、あ、じゃあ…」

「え!その仕事ですか?」

「ええ、以前からやってみたかったので(嘘やで~、三番目に嫌いな事や)」

「判りました。いつから出社できますか?」

こうして、シンディアス入社が決定した。


「あー、お腹空ぺこぺこや」

レナとMAEO、そしてSPの活躍でシンディアスの危機は去った。ハッキングした須賀安蘭のデータを整理して一安心したレナは、シンディアスの最上階86階社員食堂にいた。

社員の90%以上が現役アスリートであるシンディアンスの社員食堂。高たんぱく低糖質・低カロリーから、カーボローディングのための高糖質はもちろん、ビタミン、ミネラル豊富な野菜や果物まで、豊富なメニューを取り揃えている。

しかも、カフェテリア方式で、ずらりと並んだ料理はどれも秀逸の味。全て無料で食べ放題。アスリートにとって夢のような社員食堂だ。


「いつ来ても美味しそう。だけど…」レナが向かった先は、ランチを出すカウンター。

「ぴっぴランチくださーい」

「あ、ごめんなさい。ぴっぴランチは後、10分ほどかかります」

「えー、なんでや?」

「30分ぐらい前に、停電になってオーブンが止まってしまったんです」

「なんや、そうか。SPをチューニングしておいたら、停電せえへんかったのに…」

「え?何ですか?」

「こっちの話や。気にせんといて」

「ぴっぴランチくださーい」「俺もぴっぴランチ」「私もぴっぴランチ」

「皆さーん。ぴっぴランチは、10分待ちでーす」後ろにも並んでいた社員に、レナが説明した。

ピッピランチは日替わり定食で、社員食堂で人気ナンバーワン。

「今日のピッピランチは、神戸牛の煮込みハンバーグと車海老しんじょうのパイ生地包みスープです」

「めっちゃ美味そうやん。いつもありがとう。慣れた?」

「ええ、もう慣れました。シンディアスは良い人ばかりです」と答えたコックは、花村かれん。鈴鹿8耐1位~3位を当てた、花村かれんが希望した職種は、社員食堂のコックだったのだ。

サイコロで決めた「一番やりたくない事」から入社して半年、コックになったかれん。

世界中のリゾート地で鍛えられた舌と、利き腕では無い方の手で、サイコロの数字を自由にコントロールするほどの器用さ。急激に、料理の腕が上達していても不思議では無かった。

何よりもかれんが作った料理を「美味しい!」と褒めてくれて、もりもり食べるシンディアンスのアスリート軍団が、かれんに料理を作る喜びを教えてくれたのだ。


「なんだ、この行列は!何やってんだ!」

社員食堂中に怒鳴り声が響いた。声の主はシンディアス日本本社社長須賀安蘭。

ずかずかと音を立てるがごとく、ピッピランチの行列の最前列へやってきて言った。

「誰だね?今日のコックは?」

「あ、私です」と答えたかれんに須賀が言った。

「何だこの行列は!きちんと仕事しろ!」

「ちょっと、須賀さん」

割って入ったのは、レナ・ジョブズ。

「花村さんの責任ではありません。先ほどの停電が原因です」

「君は、レナ・ジョブズくんだったね?」

「はい」

「君ねぇ。私は社長だ。須賀さんではなく、須賀社長と呼びたまえ。判ったかレナくん」

「はぁ?」

レナが切れかけた時だった。

「何か問題でも?」

野太い男の声が響き渡り、その場にいた全員がカウンターの中の声の主に注目した。

「ここは食堂です。ここでのもめ事は全て、私がご相談に乗ります」

カウンターからのっそり現れた男は、元NBA プレイヤー身長216cm、体重164kgゼフ・シュトロイゼンだ。

ゼフは須賀に静かに聞いた。

「何かあったのですか?」

「な、なんだ、この行列は?」

ゼフの迫力に気後れしたのか、須賀安蘭は言葉を噛んでいた。

「先ほど、10分ほどの停電がありまして、オーブンが停止しました。申し訳ありません」

「なんだそうか。早くそう言え」

「先ほど、そこにいるレナさんが案内してくれましたよ」とゼフが答える。

「俺は居なかったんだ」

「そうですか、それでは事情がご理解いただけたのなら、ご辛抱ください」

「判ったよ」

「ところで、須・賀・さ・ん」

「は、はい」

「我が社では、社員同士が肩書で呼び合うのを禁止しています。また、社員の敬称は”さん”です。我が社は全員が正社員であり、全員が平等である。これは、創業者である徳川家康子さんの企業ポリシーです」

「そんな事は、言われなくても判っている。しつこいぞ!お前!コックごときが黙っていろ!」

「ちょっと、いい加減にしてください!」

かれんは思わず声を出していた。

ずぶのし素人だった自分をコックとして育ててくれたのは、ゼフ・シュトロイゼン。恩人であるゼフが侮辱されている。かれんは黙ってはいられなかった。

しかし、その場にいた、誰よりも黙っていられないのは、レナだった。

「そうや!あんた!いい加減にしい!」

「なにかね?何か不満でもあるのかね?」

言い返した須賀安蘭をレナが睨みつける。

「大ありや!お前、トライアスロンチームを潰すんやろ!このハゲぇ!」

「And aーーーーaーーaーーーーー♪I will always love you uuuーーー♪」

レナの怒鳴り声に被せて、大きな声が聞こえた。いや声ではなく歌声だった。

世界中誰でも判る。その歌声は、ホイットニー・ヒューストンの「I WILL ALWAYS LOVE YOU」を奏でている。

花村かれんもレナ・ジョブズもシュトロイゼン・ゼフも須賀安蘭も、そして食堂にいた全社員が、パワフルなハスキーボイスに魅了され、先ほどまでの争いを忘れて歌の世界に引き込まれた。

歌の主は、ピッピランチの最後列に並んでいた女子社員だ。

その女子社員は、かれん達の方へ歌いながら近づいてくる。その姿を見たかれんは息を飲む。

(あの子や!なんでここにおるねん!)


シンディアスには、パラアスリートも多数在籍している。

その中の一人が、食事を終えてエレベーターホールにいた女子社員だ。

ホイットニーヒューストンの「I WILL ALWAYS LOVE YOU」に耳を捉われた。白い杖を頼りに、女子社員は食堂へと戻っていった。そして、つい先ほどまで座っていた、社員食堂の一番奥の席に座って歌に耳を傾けた。


「I’ll always,Ill always love you―――♪」

歌い終わった瞬間。食堂は万雷の拍手で包まれた。

「ブラボー!」ゼフが叫んだ。

須賀安蘭も口を開けたまま、思わず拍手をしていた。

歌声の主、神木祐希は言った。

「何があったか知らないけど、こんな所で言い争いをしたら、せっかくの美味しい料理が台無しです」

「おっしゃるとおりです。申し訳ありません」とゼフ・シュトロイゼンが、自分の腰ほどの下にある祐希の顔へ満面の笑みを送った。

その時、かれんの声がかかった。

「ぴっぴランチできましたよー!」

それに呼応してレナが皆に声をかける。

「はーい。皆さん、お待たせしました―」

シンディアス社員の90%以上が、何度も修羅場を潜ったトップアスリートである。日本本社社長の恫喝程度では、心を乱す者は一人もいない。

須賀安蘭は、ハゲと呼ばれことをすっかり忘れて、放心状態でたたずんでいた。

そんな須賀にかれんが声をかける。

「須・賀・さ・ん。ちゃんと列に並んでください」

「お、あ、はい!」

須賀の挙動不審の回答。それすら無視されていた。


ピッピランチを受け取ったレナは、お気に入りの窓際の席に陣取った。

「いただきま~す。今日の占いは…」

ピッピランチには、必ずパイ包みスープが付く。パイの蓋を開けて、ウズラの卵があれば大吉。

ニンジンやパプタカ等、星型の野菜があれば吉。

ウズラの卵も星型の野菜も無ければ…平凡な運命。

以前、レナがかれんに聞いたことがある。

「なんで、凶がないねん?」

「悪い運はありせん。良い運しかありません。つまり吉以上しかないんです」

と、かれんらしい答えが返ってきたそうだ。


「お!大吉や!」

「あの…」

ウズラの卵、すなわち大吉に喜んでいるレナ・ジョブズに、神木祐希が声をかけた。

「今日入社した、神木祐希です」

「あ、さっきの。見た事ない人やから誰かと思ったわ」

「今日は初出社で初社員食堂です」

「さっき『せっかくの美味しい料理が』とか言うてたやん」

「そうです。食べた事ないです。まあ、あれは、漫談みたいなもので」

「そうか。でもありがとう。あんたのおかげで丸ぅ収まったわ。歌上手いやん!」

「レースのレセプションで歌わされて。一度歌ったら好評で毎回歌わされています。レースは海外が多いので、洋楽が多いです」

「そうやったんか」

「ところで、さっきトライアスロンチームが潰すとかなんとか…」

「今朝のオンライン朝礼見なかったんか?」

「ええ。初出社なので、人事部で説明を受けていました」

「レース言うてたもんな」

「ええ。トレーニングを兼ねて、トライアスロンチ―ムに入ろうと思っています」

「そうか!大歓迎や!ああ…でも、今年度で廃止やからなぁ」

「廃止ですか?オリンピックで、金メダル取っているじゃないですか」

「そうなんやけどね。オリンピック出場を狙っている選手たちは全員、シンディアスUSAへ移籍した。練習環境が日本とは雲泥の差やからな。今いるのは音咲あやね選手一人や」

「一人だけ?」

「そうや。あやねちゃんは高校生やから、活動拠点をUSAへ移す訳にはいかない。康子さんの方針で、高校生は学業が最優先や。それにあやねちゃん本人も希望していないから」

「つまり、シンディアス日本本社トライアスロンチームの成績が悪いから廃部ということ?」

「うん。成績が悪くてなぁ。あやねちゃん一人が頑張ってんねんけど、そのあやねちゃんがな…」

「何かあったですか?」

「いやぁ、まあ何や。色々あるねん」

「そうですか…」

そこへ須賀安蘭がやってきた。

「ご一緒しても良いかな?」

「ん?(なんやこいつ、さっきの事が、よっぽど悔しいかったんか?平静を装いよって)」

と臨戦態勢を構えるレナの心の声が聞こえたのか?無視して、神木祐希が答える。

「ええ、もちろん。どうぞ」

須賀安蘭はピッピランチのトレイを置き、椅子に座った。

「君は、神木祐希さんだったね。江戸川家総帥から話は聞いている」

「神木祐希です。今日入社しました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「須賀社長」

「祐希ちゃん。さん付けでええんよ(ひひひ、言ってやったで)」

「(その顔やめなよ。心の声が聞こえそうだよ)あ、須賀さん。トライアスロンチームの事ですが…」

「ああ、それか。残念ながら廃部が決定した」

「何で廃部なんですか?」と問い詰めるレナを無視して、祐希が話を続けた。

「実は、私がシンディアスへ入社を決めたのは、トライアスロンチームがあるからです」

「おやそうなのか?」

「そうです。康子さんにも『トライアスロンチームがあるから入社する』と言ってあります。ようするのに、入社条件の一つです。それが無くなるのは、契約違反ではないですか?」

聞いているレナは、にやりと笑った。

(そうや!言ったれ!言ったれ!)

「契約違反かぁ。だけどねぇ、今まで我が社のトライアロンチームを存続させてきたのは、特例なのだよ」

「特例?」

「うむ。我が社の社則では、ある程度の成績を残せばチームとして存続させる。

もしくは、成績が悪くても、チームに8人いる事。そして、年々成績が向上している事。

さらに、チームが8人以下の場合とは、過去および今年度の成績から判断し、特例としてチームを存続させる。

トライアスロンチーム『Pinky Spice』は、成績は悪いしチームも一人しかいないし、成績は年々下がっている」

レナが答える。

「確かにその通りや!だけど、Pinky Spiceはオリンピック金メダルも取っています。何よりも、シンディアス社員は全員、Pinky Spiceは愛されているじゃないですか!」

「そう。だから今まで、過去の成績から判断し、特例で残しておいた。予算も付けた」

「ちょっぴりな」

「辞めなよ」と祐希がレナを止める。

「少ないけど予算は予算だ。Pinky Spiceは康子さんが作ったチームだ。だから私もぜひ存続させたいのだがなぁ」

(こいつ、心にも無いこと言いやがって~)と、レナが考えた瞬間

「じゃあ私が入部します」そう祐希が答えていた。

「え?あ、そうか。じゃあ私も入部します」とレナが言っていた

「なるほど。でもこれで3人か…。3人じゃあどうしようも無いなぁ…」と須賀安蘭が言い終わるが早いか

「私も入部させてください」と須賀安蘭の後ろから声が聞こえた。

その声の主は、花村かれんだ。

意外な申し出に、レナが大喜びした。

「ありがとう!」

「いえ、やりたくないことをやる。サイコロには逆らいたく無いので」

「なに?サイコロ?」

「気にしないでください」

「須賀さん。これで4人や。後4人入ったらPinky Spice存続でよろしいか?」とレナは言いった。さらに、

「皆さーん。後4人入部でPinky Spiceが存続です。誰か入ってくれませんかー?」

と食堂中に響き渡る声で叫んだ。


社員食堂にいる全員が席を立ち、手を上げた。

「はーい。もちろん入るよ!」

「絶対に入るに、決まってるやん」

「もっと早く言ってよ」

この光景を見たレナは、ドヤ顔で須賀の顔を見る。

須賀は、平然と席を立ち言った。

「今、こうして皆さんの顔を見ると、有名なアスリートばかりだ。皆さんは既に、他のチームに加入し現在も闘いの中にいる。その戦いを放棄して、Pinky Spiceへ加わると言うのか?

もちろん、今の戦いを続けて、今まで以上の成績を残せるのなら、私は一切の異論は無い。

そうではなく、Pinky Spiceへ加入し、今のチームに迷惑をかけると言うのなら、それはシンディアスのアスリートとして、許される事なのか?」

(やられた~、ド正論や!)そう思い、レナは頭を抱えた。

祐希が口を開いた。

「須賀さん。確認しておきたいのですが、後4人加入して8人になったら、本当にPinky Spiceを来年度も存続してくれるのでしょうか?」

「残念ながら無理だな」

「なんでやねん!さっき8人いたら存続と言うたやん」

「あの~違うと思います」と、かれんが口を挟んだ。「チーム8人居て、チームの成績が年々向上していることが条件です」

「そのとおりだ」と須賀安蘭。

「今まで、Pinky Spiceを残してきたのは、過去の成績から判断した結果だ。しかも今年度、成績が悪いどころじゃない。レースにほとんど出ていないのではどうしようない。だから、Pinky Spiceの廃部を決定した」

「確認しでおきたいのですが」神木祐希がはっきとした口調で言った。

「Pinky Spiceは現在、ここにいる3名ともう一人、合計4名です。この4名で、今年度中に、評価される成績を残せば、Pinky Spiceは来年も存続でよろしいのでしょうか?」

「そのとおりです」とゆったりとした口調の女性が答えた。

「お、遅かったな」と須賀。

女性は、シンディアス日本本社社長秘書である。

社員食堂に居る男子社員全員の視線がこの秘書に集中している事に、レナも祐希もかれんも気が付いていた。

秘書は続けて説明した。

「Pinky Spiceはシンディアスの象徴です。象徴の成績が悪いのでは、企業イメージは落ちる一方です。だから、成績の良い、シンディアスUSAのPinky Spiceはこれからも残す。成績の悪い、日本本社のPinky Spiceは廃部します」

「では、成績を残せばよいのでしょうか?」

「あなたは…」

「本日、入社した神木祐希です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。その通りよ。今年度中に成績を残せば、人数が8人以下でも存続となります」

「よっしゃ!やったるで!」とレナが喜んだ。

「ただし!。全日本レベルの大会である事が条件。草レースじゃあ、ダメですよぉ~」

(レベルの低い草レースで優勝したら良いねん)と考えていた、レナの考えを見越したように、秘書は言った。

「そうですよね。須賀社長」

「うむ。その通りだな」

「判りました。もう一度、最後に確認します」と神木祐希。

「今年度中に、全日本レベルの大会で1位になったら、Pinky Spiceは8人以下しか所属していなくても来年度も存続ですね?」

「その通りだ」と須賀。

「全日本レベルの大会で、1位になったらPinky Spiceは絶対に潰さないと、約束してくれますか?」とレナ。

「約束する」と須賀。

「あの~」とかれんが須賀に話しかけた。

「ん、何かな」

「全日本レベルの大会で1位になったら、Pinky Spiceの部員が一人でも良いのでしょうか?」

「そのとおりだ。一人でも良い。全日本レベルの大会で1位になったら、Pinky Spiceは存続させる。何度も同じことを言わせないでくれ」と須賀が苦笑した。

「3人とも、須賀社長が約束してくれましたよ。頑張ってね」と社長秘書がいった。

「須・賀・さ・ん、やで!」というレナを止めるように、花村かれんが袖を引っ張って、その場から離れていく。

神木祐希はトレイを持ち、レナ、花村かれんと共に席から離れ、三歩ほど歩いたとき、社長秘書が声をかけた。

「皆さん。頑張ってね」

「はい。ありがとさん!」とレナが言い終わらないうちに社長秘書が言った。

「今年度は後2ヶ月もありませんよ」

「そうそうそう。今年度は後2ヶ月…。え!、そうや今日は1月31日やん!」

「あ、そうか。トライアスロンはシーズンオフ。大会が無いのか」と祐希がつぶやいた。

「ははは。君たちは運が悪いな」という須賀安蘭の声を聴いた、かれんが振り向き、須賀安蘭の目を見据えて,祐希とレナに言った。

「悪い運はないで。良い運しかないんや」

それを聞いて、レナと祐希が微笑んで視線を合わせて、祐希がレナにいった。

「かれんちゃんってやるね!」

「やるやろ!」

すると、神木祐希が振り向いていった。

「社長秘書さん。あなたの名前を聞いていませんでした」

「あら、失礼」

女性秘書は、祐希の真正面に立ちにっこり微笑んで言った。

「シンディアス日本本社社長秘書、佐藤えりかです」

50mほど離れた食堂の端の席に座っていた、白い杖を持った女子社員が呟いた。

「シンディアス日本本社 社長秘書、佐藤えりか…」


シンディアスビル42階。シンディアス日本本社社長室に戻った須賀安蘭と佐藤えりか。。

「須賀社長。これで、PinkySpiceは、あの大会にエントリーするしか無いでしょうね」

「うん。そうだな。明日は2月だ、年度末までにはあの大会しかない」

「さすがです」

「何を言っているのかね、えりかくん。私は一作年度も昨年度もそして今年も、PinkySpiceを存続させてきた。もう少し早く、PinkySpice廃部を発表しても良かったのだが、色々あってね。たまたま、今日になってしまったのだよ」

「たまたまですか?」

「そう。たまたまだ。ところでえりかくん、今夜二人で食事にでもどうかな?」

「ごめんなさい。社長。今夜はトレーニングがあります」

「うん…。そうか」

(君は、昼食以外は一度も付き合ってくれた事がないな)と言ったら、セクハラになるよなぁと、がっくりと頭を下げる須賀安蘭だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る