第2話 守護神
レナが入社する3年前。
その日、PinkySpiceの鶴池亜矢はカタールのドーハ大会へ出場するため、ハマド国際空港へ向かう飛行機に乗っていた。
10時間ほどのフライトも時期に終わる。飛行機の窓から見える,日の光に輝く雲を眺めながら鶴池亜矢はぼんやりと考えていた。
「空港へ着いたら、ホテルへチェックインしてしばらく休んだら、ジムへ行ってコンディション整えなきゃ…」
その時、機内放送が流れた。
「機長です。落ち着いて聞いてください。本機はハイジャックされました」
「ええ!」
「Shit!」
狼狽える乗客に客室乗務員が声をかける。
「Calm down please」
「落ち着いてください」
機長が冷静な口調で放送を続ける。
「乗客の皆さん。心配は入りません。乗客の皆さんの身は、保証はしてもらいました。ハイジャッカーの要求は、ハマド空港への着陸です。
乗客の皆さんは、何一つ問題なくハマド空港で開放してもらいます」
「おい。大丈夫なのか!」と日本人男性が、客室乗務員に詰め寄った時、目だし帽を被った男がビジネスクラスの客室に現れた。
目だし帽の男は、日本人男性に席に着くように促すと、客室乗務員からマイクを受け取り、乗客に向かって説明を始めた。
(アラビア語?何言ってるか判らない)
そう思いながら、鶴池亜矢はスマホを取り出すと、小さな声で「助けて―!」とスマホへ話しかけた。そして、目だし帽の男へスマホのカメラを向けた。全ては、シンディラス総帥徳川家康子に指示された通りに…。
亜矢の乗った旅客機は時間通り、ハマド空港へ着陸した。
3分ほどして、旅客機にドアが開いた。犯人の指示しなのか?タラップには、女性の地上スタッフが立ち、子供達を招いているのが見える。
犯人の指示により、女性と子供が先に降りる事になった。怖がっているエコノミー席の子供達六人に、亜矢が声をかける。
「大丈夫。あのお姉さん見て」
子供達がタラップの地上スタッフを見た。
「ピンクの服着ているでしょ?ピンクの女性は強いんだよ」
「え!本当?」
「嘘だよーん」と亜矢がいうと、子供達が笑いだした。
その子供達と他の女性を先に行かせて、列の最後尾に亜矢が並んだ。
子供達は全員で10名程。その後ろに女性が20名程並んでいる。
列は進み、子供達が下り女性達もタラップを降り始めた。地上スタッフは子供と女性達に笑顔で接する。
(子供と女性はおろしてくれそう。でも、本当に全員を無事おろしてくれのかな?)
そう、心配しながらタラップに亜矢が辿り付いた。タラップ最上階にいる、地上スタッフが腹話術師のように、笑顔を作ったまま、口を動かさずに亜矢に質問した。
「犯人の人数を、瞬きしてください」
亜矢は1回瞬きをした。
その時、操縦席の方から男性の悲鳴が聞こえた。亜矢の目の前にいた、ピンクの服を着た、女性スタッフが機内へ突進する。タラップにいた女性スタッフが後を続いていく。地上にいた他のスタッフが、女性と子供達を非難させる。
亜矢が振り向くと、さっきまで眼の前にいた女性スタッフが、脇のストラップに隠し持っていたベレッタM92Fを引き抜き、目だし帽の男を一射で倒す。
目だし帽の男が倒れていくのを無視して、女性スタッフは、操縦室へと向かった。
操縦室にはカギがかかっていた。地上スタッフが体当たりをしたがドアは空かない。
もう一度体当たりしようとした時、ドアが内部から開かれた。
そこには、顔面を蒼白とした機長と副機長がいた。その足元には、男が一人倒れていた。
「先ほど、この男が銃を抜いた瞬間、頭が吹き飛びました」
機長らしく冷静な説明を聞いた女性スタッフ、いやカタール特殊部隊の女性は、襟元の小さなマイクに向かって話した。
「犯人は二人。二人とも射殺。一人は狙撃、もう一人は銃撃戦による射殺」
「了解」という言葉が聞こえると、特殊部隊員は、機内放送のマイクを持った。
「皆さん。犯人は全員制圧されました。ご安心の上、本機から退去してください」
タラップから降り、ハマド空港が用意してくれたコーヒーを飲みながら、亜矢は、康子の言葉を噛みしめていた。
「あなた達PinkySpiceが世界中どこにいようとも、シンディアスが守ります」
この頃、トライアスロンチームPinkySpiceのメンバーは、海外遠征が増えていた。特に鶴池亜矢はオリンピック出場に向けて、海外レースへの出場が多くなっていた。
シンディアス総裁、徳川家康子は、そんなPikySpiceメンバーにガードマンを付けることを提案した。
「危険な状況へ身を置かない事が、一番のガードマンです。それに、自分の身を守れないようでは、トライアスロンで金メダルは取れません」と、亜矢の一言で康子の提案は却下されてしまった。
「そうは言っても亜矢さん。予期せぬ天災や事故に遭遇したらどうするの?テロもありますよ。そんな事で、余計な体力を使ったり、大切なレースを欠場したりしたのでは、我が社の社員全員ががっかりします」
そう心配した康子と亜矢の折衷作が、エマージェンシー時に情報を提供するシステムの開発だった。
(康子さんのおかげだ…)、そう思いながらコーヒーを飲んだ亜矢に、旅客機内で、声をかけた子供が近付いてきて言った。
「ピンクのお姉さんが強いって、本当だったんだね」
そのシステムは、亜矢がハイジャックの被害に会ってから三年が経過した今、Brainで絶対絶命となったレナが起動したものだ。
スマホに向かって「助けてー!」は、そのシステムの起動コマンド。
「なにやってんの?」シンディアスの頭脳ともいえるコンピュータルーム「Brain」内のモニター内の偽レナが聞いてきた。
「…」レナは答えなかった。
「スマホに向かって『助けて―』って言ったよねー」
「…(こいつAIや。AIは数値をもちろん、画像情報や音、自然言語を教師データとして取り組み成長していく。こいつにこれ以上教師データを与えたらあかん)」
「さあ~て、徳川家康子の恥ずかしい姿、み~るかっ!」
Brainのモニターには、徳川家康子の全裸で踊る動画が映されていた。
「レナさん。この動画現在、全世界のシンディアス社内のモニターに写されています」そうスマホの中のMAROが言った。
「ははは。このおばさん。三段腹なんだねー」
(まだか。ちょっと遅いな。チューニングしないと…)そうレナが考えている時、Brainのモニターに偽レナの顔が映され言った。
「何をやった?」
「…」レナは黙っている。
「徳川家康子の動画が、スマホには映されていない!何をやったんだ」
「レナさん。全世界電源回復です」とスマホのMAROの言葉がトリガーとなったのか、レナがBrainのモニターに向かって叫んだ。
「SP!やっちゃいな!」
SP:Security Police for Pinky Spice。
SPは、国内はもちろん海外へ遠征をするPinkySpiceのメンバーを守るため、シンディアスが開発したシステムである。
火災発生時や地震など、災害が発生するとSPはスマホのGPS情報より、PinkySpiceのメンバーへ避難経路や避難所、日本大使館への連絡先等を案内する。また、3年前の亜矢のようにハイジャックのような凶悪事件に遭遇すると、現在地の警察組織はもちろん、国家安全保障機関(米国ならCIA) へと連絡をとる。それと同時に、スマホのカメラやマイク、振動センサーからPinkySpiceのメンバーが置かれている状況を分析し、適切な情報を警察組織や国家安全保障機関へ提供する。
レナのスキルと、徳川家康子の全世界のVIPとの人脈。それが可能としたシステムがSPだ。
先ほど、レナがスマホに入力した「助けて―」の音声データは、パケットとなり、世界中をかけ回った。そして世界中のシンディアス社員の持つ、起動中のPC、スマホ、タブレットの中のSPに伝わった。
世界のシンディアス社員238万人の持つ、PC、スマホ、タブレットで分散処理されるシステム。もちろん、シンディアスのRENUXでも動く。ハードに依存する事なく動作する、レナが開発したアメーバー型AIを基本とする。
本来、PinkySpice を守るために作られたSP。しかしレナは、社屋、システム、そして社員のシンディアスの全てを守るシステムへと改造した。
「レナさん。リカバリー完了」とスマホのMAROが言った直後、「シンディアスの全世界完全回復でんがな~」とBraineのモニターでMAROが続けていった。
「MAROさっきの私の偽者は?」
「産業廃棄物捨て場にあった、DOS/V機に懲役」
「なかなかやるね~MARO」
「誰がHEROのキムタクやねん!」
「それにしても、SPが思った性能が出ていないな。チューニングしないと」 レナは、そう言った後、(さっき偽者AIが「み~るかっ!」って言いよったな。尻尾だしよった)そうレナは、心の中で呟きほくそ笑んだ。
「皆さん。大丈夫ですか?」モニターに映されたのは、徳川家康子だった。
「これは全世界に同時配信されています。状況については、後程、レナさんから説明があるでしょう。今は、一つだけ最も大切な事をお話しておきます」
全世界のシンディアス社員268万人が、PC モニターやスマホ画面に注目した。
「皆さん。先ほどの動画ですが…」
(あちゃー、裸踊りかぁ。あれじゃあ、さすがに康子さんも傷ついたんやろうなぁ…)そうレナは康子に同情した。
康子は続けた。
「私のバストは、もっと大きいし形も良い。ウエストだってもっと細い。足だって…」
康子の動画配信を遮るようにレナがいった。
「MARO、モニター切ってや」
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