第32話 お魚のキモチ


「まあ、なんだ。こんな遠いところまで、わざわざ来たんだからよ。大したもんはねえが、これでも食っていきな」


 赤松がドンと食卓に置いたのはオムライスだった。

 黄色い表面にはケチャップで丁寧に顔やウロコ模様を描いて、葉野菜でヒレまでつけてある。可愛らしい魚の姿に、マーメイド豆子マメコさんの瞳が輝いた。


「うぅー、あう!」


 豆子さんはスプーンを握りしめると、それをオムライスの左端から約6cm、ちょうど魚のエラのあたりへと振り下ろした。

 ブシャッと斬撃音が聞こえた気がするが、実際にはお皿がカツンと鳴っただけだ。


 ギロチン・スタイルで切断されたオムライス魚の頭部は、そのまま泳ぐように豆子さんの口へと消えて行った。モロ母さんもビックリだ。


 だが豆子さんのギロチン式食事法なんて、まだ可愛いものだ。

 赤松はハクロのほうへと目を移す。


 ところで、どこからか「会話がないやん!」という天の声が聞こえてきそうだが、そういうものだとご理解いただきたい。

 真に美味しい食事は会話を弾ませたりしない。沈黙スペルを発動するのだ。これは蟹パーティーに限ったことではない。


 ウソだと思うなら、逆をやってみるがいい。

 正直な子供は文句をつける。忖度そんたくのできる大人は調味料を取りに走る。黙々と食事を続けられるのは、精神修行に入った者だけだ。


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