第31話 キミの名は


「それで、また拾ってきたのかよ、姫」


 帰ってきた三人(一人増えている)を見て、赤松はプンスカしている。


 それでもびしょ濡れの客人をダイニングテーブルに座らせ、お茶とタオルをせっせと運んでくる優しい小人さんだ。


「こっちも昼メシの都合ってもんがあんだからよ。支度を始めたとこでよかったぜ、まったく」


 赤松はフリフリエプロンをなびかせてキッチンへ戻っていった。どうやら問題はそこだったらしい。


 残された三人のほうでも、ミニサイズの食卓を囲んで若干三者面談の様相を呈しつつ、話に花を咲かせる。


「アンタ、名前は?」


「うーあああぁ」


「家は?」


「あぅー、あうあうああう」


 困ってしまってワンワンワワン。


「王子、何か知らねえのかよ?」


「だってこの子、しゃべれないから」


 こいつらに筆談という概念はないのだろうか。


 人魚姫マーメイドの名は人間側が勝手につけたもので、もちろん彼女の本名ではない。われわれの世界で「人間姫」なんて姫はいない。


「おまえがつけてやれば?」


 そんな、拾ってきた犬じゃあるまいし。というツッコミさえ不在で、王子は二秒ほど熟考した。


「じゃあ……豆子マメコさんで」


 まあなんて安直なネーミング。と思ってはいけない。


 白雪姫やシンデレラだって、どっこいどっこいじゃないか。ラプンツェルにいたっては、母さんが盗み食いした野菜の名前。言ってみれば『小松菜ちゃん』ってところだ。


 マーメイドの豆子マメコさんのネーミングに賛同が得られたところで、話を戻そう。


「ねぇ、豆子さん。陸は危険がいっぱいだから、来ちゃダメだってお姉さまたちに言われているだろう? 帰ってくれないと、私が怒られてしまうよ」


 王子は説得を試みている。


 豆子さんは、その言葉を懸命に否定するように首を振った。少しウェーブのかかった長い髪がふるふると揺れる。


「だけど、この前のことを思い出してごらん? 超シスコンお姉さまたちの陰謀で、私は危うくキミに刺殺されるところだったんだよ。ね、豆子さん」


 ケチャップでお絵描きしながら、赤松はなんだか嫌な予感がしていた。


「だから、おうちに帰ろうよ。ね豆子さん」


 たぶん次の一言で、最初の一文字が決定的な漢字に換わってしまう。自滅の刃が振り下ろされる前に、この男を始末しなければ。


 赤松はフライパン(使用後)の柄をしっかりと握りしめた。



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