第24話 取引


「そういえば、なんだか甘い香りが漂っているね」


「ああ。いい頃合いだな」


 赤松はゴーグルと耐火エプロンを装着し、火ばさみを手に窯に向かった。さながら鍛冶親方の出で立ちだ。


「というわけで、姫。帰ったばかりですまねえが、ちょいとコレ、ばあさんに届けてやってくれや」


 ちっちゃい親方は、ブツを取り出すと、ゴーグルをずり上げながらハクロにお使いを依頼した。


「おばあさんが、近くにお住まいなのかい?」


 ハクロのお祖母ばあ様なら、昔はさぞかし美人だったろう。王子は想像する。

 小人さんのお祖母さんだったら……やっぱり髭モジャなんだろうか。ちょっと見てみたいかも?


 だが、そのどちらでもなかったらしい。


「森の奥に、独居老人がいてな。オイラたちはボランティアの地域見守り隊として、交替で差し入れを届けて様子見るようにしてんだ」


 なあんだ。一緒に行くなんて言い出さなくて良かった。

 王子は不遜なことを考える。


 赤松が焼き上がったケーキの粗熱をとって、瓶と一緒にバスケットに詰めた。


「寄り道せずに、暗くなる前に帰って来いよ」


「わぁーかってるって」


 めんどくさそうにハクロが答える。

 それから壁にかけてあった外套をとって、ひらりと羽織った。


「あと、お年寄りには、ちゃんと丁寧な言葉遣いすんだぞ」


「ハイハイ」


「ハイは一回!」


 お決まりのやり取りを楽しみながら、ハクロは外套のフードをキッチリ被る。

 それを見て、王子はとたんに気が変わった。


「姫、私もお供しよう」


 ハクロが身支度の手を止めて、そばに立つ王子を見上げた。


 何だろう? 「一緒に来てくれるなんて嬉しいっ!」という意思表示だろうか。シャイだなあ。


 黒曜石の瞳がじっと見つめてくる。


 何か言ってよ、ドキドキするじゃないか。


 やがてハクロは一言、


「お前……、守備範囲広大だな」


「違うから!!」


 誤解も解けぬまま、バスケットを手にしたハクロが気だるげに玄関の戸を開けた。

 キッチンの後片付けをしていた赤松が、振り向きもせずぶっきらぼうに言う。


「……その、なんだ。ケーキに使った材料が、余ってっからよ。ちゃんとお使いできたら、ついでにプリン作っといてやらなくもねえが」


 とたんにハクロの顔が、パアァっと輝いた。


「いってきます!」


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