第四章・赤ずきん

第22話 森のくまさん



 王子は川へ選択に来ていた。


 そう、人生は選択の連続だ。


「……本当にやるのかい、ハクロ?」


 足元にしゃがむハクロを見下ろして問う。

 その手には、グロテスクなモノがうごめいていた。


 王子はごくりと唾を飲みこんだ。

 こんなこと、させて良いものだろうか。


 自分のためにその手を汚させるくらいなら、いっそ……いや、やはり王子として、それは出来ない。


 どうする……どうする、王子!?


 迷える王子を、ハクロは呆れ顔で見上げた。


「おまえが肉より魚がいいって言ったんだろ?」


 魚がいいとは言っていない。だが可愛い森の動物たちを、食べてしまうなんてことできるわけないじゃないか。


 可愛い女の子なら、もちろん喜んでイタダキマス。


 王子はこのあと、山へシバかれに行かねばなるまい。


「だけど魚って、商人が運んでくるものだろう? そんなモノ、何に使うの」


 王子は再び、ハクロの手の中のものをチラ見した。直視に堪えない形状をしている。


「ハア? 釣りやったことないのかよ? こいつらを餌にして、釣り針の先にブッ刺して魚をおびき寄せるんだ」


「げええっ!? 虫さんたちが、かわいそぉだよぉー」


「だったらお前は、一生その辺の木の実でもかじってろ」


 少し離れた木陰から、リスたちがこちらを見守っている。

 あの中に混じれるか?


 いや、やはり王子は肉食でなければ(うなぎでも可)。


「それか、あっちに習ってこいよ」


 ハクロが指した遠方の浅瀬には、黒々とした大きな熊がいた。


 前足でバシャリと水をかく。

 キラキラと舞う水飛沫の中を、シャケが見事な放物線を描いて宙を飛んだ。


「……無理です」


 王子はそっと視線を逸らした。


「ていうか、熊! 危ないよ、ハクロ。お逃げなさいだよ。スタコラサッサだよ」


 王子はドラゴンや悪魔に襲われたならカッコよく戦う義務があるが、無益な争いは避けたい主義だ。


 決して釣りが嫌だとか面倒だとかいうわけではない。そんなことは思っていない。せっかく誘ってもらったんだ、据え膳食わぬは何とやらである。


 だがハクロは王子を一瞥しただけで、手元に視線を戻した。


「襲い掛かってきたら、クマ鍋にしてやる」


 ブシュリ。


 白い手の中でうごめいていたモノが、ビクンと大きく跳ねて果てた。

 おとぎ話でこれ以上の詳細は描写できない。


「ついでにアイツの獲ったシャケも丸儲けだから、石狩鍋でもするか」


 熊さん、逃げて! ハクロくんにフルコース膳にされそうです。


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