第18話 いただきます


 ハクロは切ったトマトをザバザバと鍋に放り込むと、魚も丸ごとドボン。それはそれは豪快な、地獄の釜へのダイブだ。


 少女と見紛う可憐な美少年だが、料理のスタイルは『ザ・おとこ』らしい。


 グツグツ煮える鍋の中から、魚の大きな目がギョロリと見上げている。なんか、夢に出てきそうだ。


「……コレ、このまま食べるの?」


「そんなわけあるか!」


「だよね。さすがにこれは、ないよね」


 王子がホッとしたのもつかの間。


「ちゃんとよく火を通してから食べるに決まってんだろ」


 もはや何も言えねえ。


 だが、王子は見てしまった。


 ハクロが生臭くなった手を洗いに行った隙に、赤松がそっと魚を抜き取って、丁寧にウロコを落としてさばいているのを。




 数分後、王子の目の前には、美味しそうなアクアパッツァが湯気を立てていた。

 魚介類をトマトと一緒に煮込んだら、立派なアクアパッツァだ。文句は受け付けない。


「本当に……私もいただいて良いのかい?」


 おそるおそる尋ねてみると、赤松が黙って玄関のほうを指差した。


 え、美味しそうなごはんを目の前に差し出しておきながら、今更出て行けと言うの?

 この小人さん、小鬼だ、小悪魔だ!


 なんて思っていると、小人さんは「ん! ん!」と一生懸命何かを訴えている。

 よく見れば、短い指は玄関のを向いているようだ。


 戸口の上には立派な額縁があって、達筆でこう書かれていた。


『働かざるもの食うべからず』


「働いたら、そのぶんは食える。それがうちのルールだ」


 ほとんど手伝いにならなかった気はするが、ここはありがたくいただいておくことにしよう。


「ねえ、姫……」


「あん? 何だよ」


「あ、ごめん、そこのお醤油とってくれないかな」


「あ? ああ、ほらよ」


 ハクロは若干苛立ちながらも、卓上の醬油ビンを王子に手渡した。


「ねえ、姫……」


「だから、何なんだよ! つーか、その呼び方やめろ。なんかゾワッとする!」


 ハクロが怒るのも無理はない。


 字面ではわかりにくいが、王子がこう呼びかけるたび、甘ぁ~いささやき声ウィスパー・ヴォイスのエフェクトがかかっているのだ。



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