第二章・泉の女神

第8話 個性がないなら名前をつければいいじゃない


 丘の上に勢ぞろいしたハクロ少年と小人の赤松、あと、王子。


 そこへ、さっきと反対側からまた別の男が登場した。

 反対の反対、つまり王子が来たのと同じ方向だ。


 姫君のもとに集いし第三の男。


 わかりやすく斧を担いで、わかりやすく凡庸な服装で、わかりやすく平凡な顔立ちをしている。街中ですれ違っても、たぶん斧以外で識別できない。


 そう、彼こそが王子の言っていた『そのへんの木こり』だ。どうやら王子の虚言ではなかったらしい。


 だがなんと、この木こり、王子でさえ持たないを持っていた。


 斧よりも立派な、光り輝く男の象徴――NA☆MA☆E! 名前である。


「あれ、ジャック。珍しいな、こんなところまで来るなんて。また帰り道の目印、忘れたのか?」


「やあ、姫君ひめくん。お目覚めかな。さっきこの近くで不審者を目撃したから、一応、姫君ひめくんにも知らせておこうと思ってね」


 ハクロに問われて、そのへんの木こりことジャックはのほほんと答えた。


 そのセリフを聞いた王子の、驚愕といったら。


 漫画やアニメでいうと、うっかり黒目がどこかへ消えてしまった感じだ。ちなみに王子は碧眼である。

 古文でいうならば、『がびーん』なるものを用ふるとなむ聞こえけり。


 ひめくん……だと……!?


 いや普通「姫君」の読み方は「ひめぎみ」だろう? 私は間違っちゃいない。私は正しい。

 誰か言ってくれ、姫君=ひめぎみ=お姫様なのだぁああああああ!


 心の叫びが聞こえたか、木こりのジャックが王子のほうを振り向いた。

 そして大きな声で言う。


「あっ、不審者さん!」


 彼はオブラートに包むということを知らない正直者なのだ。


 かくして正直者直々に『不審者』認定を受けたものだから、さあたいへん。ハクロと赤松の鋭い視線が突き刺さる。


「えっと、じゃあ……、私はこのへんで。お邪魔しましたぁ……」


 危険を察知した王子は、爽やかな笑顔でそれだけ言い残すと一目散に丘を駆け下りた。


「あっ、逃げるな卑怯者!」


「待てやゴルァ!」


 逃げれば追う。それがオスの本能だ。王子はそこを見誤った。


 不審者という疑惑だけでは罪に問われないが、敵前逃亡は銃殺だ。銃がなければ斬首でも良い。幸い斧ならここにある。

 まあ、あんまり切れ味良くないから、ちょっと痛いかもしれないけどね。


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