第4話 白鷺姫と一人の小人


 さてそこへ、丘の反対側から小さな影が近づいてきた。

 短い手足を動かして、えっちらおっちら登ってくる姿が愛らしい。


 近くまで来ると、その顔は意外とおっさんだったりする。

 ドワーフ、または小人こびとと呼ばれる種族は、ヒゲ率が高いことで有名だ。


 彼が公共交通機関を利用する場合、小人こども料金が適応されるのだろうか? 気になっちゃいますよねぇ~。


 大変気になるところではあるが、この世界にはバスとか電車とか、まして新幹線なんてものは存在しないので、ムダな議論は避けたいと思う。


 ほら、小人さんの陽気な歌が、聞こえてきたよ。


肺胞はいほう……、肺胞が、やられて、息が辛いぜ。……やめてから、だいぶ経つってぇのに、まぁだ治んねえのか、チクショウ」


 長年タバコを吸っていると、禁煙してからも負債ふさいはついて回るのだ。


 ゼエゼエ息を切らしながら丘を登り切った小人は、両膝に手をついて呼吸を整えながら言った。


「おぉい、姫。今日、おまえが晩メシ当番なの、忘れてねえだろな?」


「わーかってるよ。そろそろ帰ろうとしてたとこだ」


 ガラスの棺のフチに腰掛けていた少年が、気だるげに答える。


 さあみなさん、ご唱和ください。

『異議あり!』


 そう、小人さんはたしかに少年のことを『姫』と呼んだ。そのへんの木こりさんも、ここに姫君が眠っていると教えてくれた。


 やっぱり、この子は少年ではなくお姫様なんじゃないか。

 お姫様を救うのは王子の責務。自分はなにも間違ったことをしちゃいない。『眠り』がただの昼寝だったのが、ちょっと誤算なだけだ。


 だが王子の異議申し立ては、ただちに棄却された。


「違うっつってんだろ! テメエは学習能力ゼロか」


「いや、でも、さっき『姫』って……」


「それは俺の名前だ」


「へ?」


「俺はハクロ。姫路ひめじ 白鷺はくろだ!」


 少年は薄い胸を張ってドドンと名乗った。


 なお、壮大な世界遺産のお城がバックに浮かんでいそうな気がしないでもないが、それはということだけ申し添えておきたい。


 隣で小人も胸を反らした。若干反りすぎて、なぜかレイバック・イナバウアー風になっているが、奇跡的に帽子は頭上にとどまっている。


「オイラは、赤松だぜ!」


 聞かれる前に自ら名乗る。それが大人オトナ小人こびとの礼儀というものだ。


 より正確にいうならば、聞かれないと思うから自分から名乗った。



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