第49話 ノアさん

コンコン…。


「はい…。」


中からの声を確認してから入る。


「あぁ…、セイラム…。珍しいな…。」


ノアさんの部屋に入るのは、この優さんの家に始めて来た日以来だ。

調子の悪いノアさんの肩を抱きベッドに連れて行った。

随分痩せた。

小麦色で汗で光っていた皮膚もどことなくベージュ色になり、張りがない。

俺に向けられている笑顔にも、覇気がない。

トレイを持つ手に力が入る。


「さくらがパンを焼いて…。」


ノア兄さんの所まで持っていく。


「ちょうどいい…。ちょっと、何か食べたいなって思ってた所だったんだ。」


俺は、黙ってベッドに据え付けられているテーブルをノアさんの前につく。

パンと紅茶を置く。

ベッドの近くにある椅子に座る。


「さっきの…。セイラムだろ…?」


神歌の事だ。


「やっぱ、お前、すごいな…。本当に神官だったんだな…。おかげで、久々に食欲が出た。」


そう言って、パンを一口噛じる。


「うん…。美味い!さくらやるじゃないか…。」


また一口…、一口…。

パン一つ丸々食べた。


「久々の食事だわ…。」


俺に笑いかける。


「……そんなに、痩せたか…?」


声のトーンが落ちる。


「いや…。そんな事…。」


ハッとして慌てて、コメントしようとするが、またしても詰まる。

……。

あぁ…。

もう、無理だ…。


「そうですね…。随分痩せました。」


俺は包み隠さず、思ったままを言う事にした。

どうせ、隠したってノアさんにはお見通しだ。


「こんな調子で、大丈夫なんですか?」


ノアさんに持って来たさくらのパンを掴んで、一口食べる。


「セイラム…、それ…俺のパンなんだけど…。」


「取られたくなかったら、取られる前に食べたらいいじゃないですか…。」


「言うね〜。セイラム…。」


そう言ってカゴに手を伸ばし、パンにかぶりつく。

さっきより、勢いがある。

良かった…。


「早く、元気になって下さい。」


「月並みな事しか言えず、すみません…。」


沈黙に耐えられない。


「持病みたいなモノだ。」


ノアさんの顔を見る。


「5才の時から、たまになるんだ…。」


「俺の星では、外の空気が汚すぎてな、外に出ると熱が出るんだ…。頻繁に外に出てた俺は、持病になってしまった…。というだけの話だ…。」


「そう…なんですね…。」


ノアさんと目が合う。


「とは、言っても…、俺の親父は…。」


「何ですか?」


「いや…。何でもない。セイラムは、母星とか両親の事は覚えてないんだったな…。ごめん。さくらから、聞いた…。」


「そんな、気を使うこと無いですよ。確かに俺は赤ん坊の頃、この星に来たと聞いてます。だから、この星が母星です。カミラが親みたいなものです。」


「そうか…。」


しばらくの沈黙。


「セイラム…、ごめん…。俺…、さくらとキスした…。」


……。

一瞬、何が起こったか分からなかった。

頭の中で、ノアさんのさっきのセリフを復唱する。

え!

立ち上がり、ノアさんを睨みながら見下ろす。


「さくらは、悪くないんだ…。俺がその…。」


強引に…。

俺を見上げるノアさんを更に、睨む…。

拳に力が入る。

いつ、そんな事になった?

……。

あの時か…、ノアさんの部屋から出て来た時のさくらの様子がおかしかった日が確かにあった…。

奥歯を噛む。

ゔー…。

叫びたいのを何とか堪えて、再び椅子にどっかり座る。


「…ごめん…。」


「あんたのやった事、許せないけど…。…もう…いい…。」


「ク…ッ。」


ノアさんが吹き出す。


「!!何、笑ってんだよっ!俺は、あんたを許す気なんてないって言ってんだよ!」


「あぁ…。そうなんだけどね。」


そう言いながらもクスクス聞こえる。


「ごめん、セイラム…。久しぶりにセイラムにって言われたなって思って…。」


「あ……。」


しまった…。

色々教えてもらった人に、俺は…。


「いいんだ…。その方がいいんだ。これを機会に、ノアって呼んで欲しい。前にも言ったことあると思うんだけど…。」


「……すまなかった。」


改めて、頭を下げる。


「もう…、いい…。この話は終わろうっ。ノア!」


ノアのやった事は許せないけど!

…まあ、俺もやっちゃってるっていったらやっちゃってるしな…。


「ありがとな…、セイラム…。」


笑った。

俺にノアって呼ばれたのが嬉しかったようだ。


「残りのパン、全部食っとけよっ!」


そう言って、ノアの部屋を出る。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る