第13話 番外編 セイラムの苦悩 ②

気を失ったさくらを抱き上げ、自分のベッドに寝かして、そのベッドに腰掛ける。

さくらは、しばらく気が付きそうにない。

……。

俺のせいだ…。

自分の欲望が全面に出てしまって、植物の声量もそのまま反映されてしまったのだろう。加減が出来なかった…。

多分、ダイレクトにさくらの耳に植物の声が

入った…。

ごめん。さくら。

さくらの頬にそっと手を添える。



初めてさくらにキスしたのは、さくらが俺の従者になって1ヶ月くらい経ってからだ。


「さくら、また、泣いてるの…?」


「ううん。泣いてないよ…。」


ふいっと6才のさくらは横を向く。


「ほら…、宮の森、散歩しよ…。」


さくらの手を引く。

滝のところに連れて行けば、泣き止むはず。

いつもそうだった。

その日は、滝のところに連れて行っても泣き止まなかった。


「さくら…、いい加減…。」


そう言いながら、さくらの前髪をかき上げ顔を覗き込む。

!!!

眉が八の字で目の周りから鼻先まで真っ赤にし、瞳は次々と溢れる涙で潤んでいる。

頬をつたう雫…。

全てが愛おしいと思った。

その瞬間、さくらの唇に口付けをていた。

自分でもびっくりした。

俺は、なんて事を…。


「聞こえる…。優しい声…。これは、何?セイラ様…。」


嬉しそうにはしゃぐさくらに詳しく聞く。


「それは、植物達の声だ…。」


「セイラ様、すごいね〜。」


俺も正直驚いた…。

俺のキスにこんな効能があったとは…。

俺の能力が一時的に、分け与える事が出来るっぽい。


「セイラ様、いいなぁ~。いつもこんな綺麗で優しい声聞いてるんだね〜。」


「え…。あっ、うん。さくらも聞きたくなったら、いつでも言って…。」


「うん。そうするっ。」


ニコッと俺に笑い掛けてくれる。


……。

これは、使える…。

正直、そう思った…。



なんて、男だっ!!

自分でもそう思う。

1人赤面する。

自分の傍らで眠るさくらを見る。

このまま、連れ去りたい…。

男の俺を受け入れてもらいたい…。


「さくら…。」


さくらが目を開ける。

始めは何処にあるのかわからない状態だったが、直ぐに気付き、ベッドから降りようとしたので、慌てて抱き締めて、さくらを止める。

目が覚めて良かった…。


「ごめん。さくら…。」


さくらを抱き締めている腕の力が一段と強くなる。

ふわりとさくらの匂いが、抱き締めている感触が俺の全身を駆け巡る。

俺の体全体が彼女を欲している。

喉が乾く…。


「離して…。」


と言われ、我に帰る。

さくらが申し訳なさそうに、辺りをきょろきょろ見回す。

あ…。

椅子に掛けてあったさくらの上着をさくらの肩にかける。

あまりにも苦しそうだったので、帯を解いて上着を剥いだのだった。


「私が倒れた時の事なんですが…」


そう、さくらが切り出した時、ドキッとした。

自分の気持ちどう誤魔化せばいいのか…。

誤魔化しようがない…。

と覚悟を決めたのに、さくらは「植物達の声は普段あんなに大きいのか?」って聞いてきた。

「聞こえる量を調整出来る」と言うと安心しているさくらを見て、正直傷付いた。

少しは、俺の気持ち気付いて欲しい…。

さくらにあるのは、忠誠心のみだ。

俺に対して、確かに愛情はあると思う。

ただその愛情は、忠誠心からくる愛情…。

俺が欲しい愛情ではない…。

苦しい…。

神官セイラから、解放されたい…。

でも…、

そうなれば、どうなる?

そうなれば、さくらは俺を捨てるのだろう…。

それはそれで、耐えられそうにない…。


ある程度回復したさくらは、自室へと帰って行った。

俺は、1人になった。

ふと、壁際に赤いものが落ちている事に気付いた。

拾い上げてみる。

さくらの髪紐だった。

思わずそれを口元に持っていき、口づけをする。

さくらの髪の匂いがする。

金木犀と言っていたか…。

白いハンカチにさくらの髪紐を包み、懐に入れた。


「…寝るか…。」


ベッドに入る。

……。

眠れない…。

右を下にしてみる。

……。

左を下にしてみる。

……。

眠れない…。

原因はわかっている。

ベッドにさくらの匂いが染み付いている。

金木犀の香りが、俺を誘う。

抱き締めていた時の感覚が甦る。

さくらの体温、さくらの心音、さくらの感触

全部俺のモノにしたい。

いや、する。

さくらの髪の1本から足の先まで、全てをなぞりたい。

指で、舌で、俺自身で…。

あの綺麗なさくらを俺で、汚したい。

俺の事でボロボロになるまで、泣かしたい。

感情が止まらない…。

気持ちのやり場がない。

苦しい…。


「おはようございます。」


さくらの声がする…。

……。

もう、朝か…?

一睡も出来ず、朝が来てしまった。

いつもの様に、円卓に朝食の準備がされる。

気の向かないままのっそり起き出し、とりあえず、椅子には座る。

目の前の朝食を見る…。

……、食べる気がしない。

それより…、

昨日失くしてしまった、髪紐を探しているさくらの後ろ姿を見る。

さくらが髪紐を見付ける事はない。

だって、それは俺の懐にあるから…。

無防備に華奢な背中を向けて、ちょこちょこ探すさくら…。

一晩ずっと恋焦がれて欲していたものが、目の前にある。

この乾きを潤したい…。

ヤリたい…。


「セイラさん!なんて顔してるんですか!」


カミラの声で我に帰る。

俺はいつの間にか円卓から立ち歩いて、さくらのすぐ傍まで来ていた。

…、もう…、限界…。



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