第10話 決戦の日後編
「いよいよ、最後の神歌ですね…。」
セイラ様の髪を梳かしながら、声を掛ける。
「……。」
セイラ様からの返答はない。
いつも通り…。
神歌の前はいつもそう。
何を言っても、セイラ様の耳に入る事はない。
「さぁ、行きましょうか…。」
カタン
無言のまま立ち上がり、歩き出す。
この時の藍色の瞳は、無機質な感じで何も映さない。
今日で終わり…。
目に焼き付けなければ…。
頭から布を被り、神歌で使う杖を布でくるんで持って行く。
現場につくと、既にソフィアちゃんは着いていた。
ソフィアちゃんの傍には、カナデちゃんがいる。
「セイラ様、これを…。」
杖を差し出す。
いつものように杖を使い、丘を登って行く…。
いつもと違うのは、セイラ様の後を追う小さな影がある事ぐらい。
月に照らされたセイラ様…。
美しい…。
月の精がいるとしたら、こんな感じだろう。
ドームが開き、別の空気が入って来る。
「「あ〜…」」
もう…、終わりなんだな…。
ずっと見ていたいのに、どんどん曇ってくる。
セイラ様が見えなくなってくる。
泣いちゃ駄目だ…。
あっという間に、神歌の時間は終わった。
「お疲れ様です。」
杖を受け取る。
ソフィアちゃんもフラフラになりながらも帰って来た。
カナデちゃんが対応する。
お疲れ様…。
心の中で呟く。
部屋に帰ってくる。
いつもの部屋…。
何も変わってない…。
「お疲れ様です。セイラ様…。お食事にしますね。」
いつもの円卓にいつもの食事…。
さすがのセイラ様も無言。
黙って食べている。
「ちょっと失礼…。セイラさん。」
カミラ先生が入ってくる。
慌てて、頭から布を被る。
「これ…、着替えね…。」
と言って、私に渡してくる。
「湯殿に行ってきたら、これに着替えて…。その頃にまた、来るわ。出口まで案内するわ…。」
素っ気ない言葉。
カミラ先生は、部屋から出て行った。
今、「出口」って言ったよね…。
「出口」ってなんか突き刺さる。
流石のセイラ様も食欲が無いようだ…。
「やはり、あまり食欲がありませんか?」
「あ〜、うん。全部食べられそうにない…。さくら、一緒に食べない?」
「そ、そうですね…。そうします…。」
そう言って、いつもの椅子に座る。
泣かない。
絶対、泣かない。
呪文のように唱える。
「いただきま〜す。」
喉がから回る。
何を食べたのか、何を喋ったのか把握出来てないまま、終わる。
セイラ様は、カミラ先生の持って来た着替え持って湯殿にいった。
「さくら、もう1着分あったよ。」
すっかり旅衣装に着替えたセイラ様が、帰ってきた。
セイラ様の瞳と同じ藍色の衣装。
詰襟に金ボタン、ふくらはぎまでの上着に、すそのところを絞ったゆったりとしたズボンを履いている。
色味といい、服のラインといい、女性ものっていうより、男性ものに見える…。
それでも着こなすセイラ様…。
美人て凄いな…。
「これ、さくらのんじゃない?」
ばっと、服を広げる。
基本、デザインはセイラ様のものと同じ。
ただ、色が少し淡く、素材も柔らかいものが使われていた。
確かに、セイラ様にはサイズが小さい…。
「私というより、カリンちゃんが着るはずという事でしょうか?」
「さぁ?」
「「……。」」
しばしの沈黙。
「とりあえず、着ます。」
そう言って、別室で着替える。
動きやすい…。
なかなかいい感じ。
「セイラ様、この服、動き安いですね。」
「……。」
「髪、乾かしていきますね。」
ドライヤーを持つ。
「セイラ様、その服、お似合いですね…。」
「……。」
さっきから、セイラ様、無口だ…。
私の荷物から、ヘアクリームを取り出す。
「今日は、こちらを使いましょう。」
と言って、セイラ様から譲り受けた薔薇のヘアクリームを馴染ませていく。
「セイラ様は、やっぱりこっちでないと…。」
髪を梳かす。
元々艶やかな黒髪。
クリームを馴染ませて梳かしていくとますます艶やかさが増す。
ほんと素敵な黒髪。
私は、この時間が好きだった。
「…、さくらも似合ってるよ…。」
思い出したように、口を開く。
「え、あっ…ありがとうございます。」
なんか、反応遅い…?
セイラ様の髪を1つにまとめ、くるりと輪っかにして結んで行く。
なるべく、動きやすいようにする為だ。
「出来た…。」
「セイラさん、準備できましたか?」
カミラ先生が入ってくる。
慌てて、カミラ先生が用意してくれた衣装の中にヒジャブがあったので、それを頭に被る。
「はい。」
そう言ってセイラ様も、ターバンをまく。
完全なる男装…。
なんか、男前~。
流石、セイラ様。
「では、付いて来なさい。」
私達は、顔を見合わせ頷く。
いつもとは、違う方向に向かう。
今まで、入った事ないゾーンへ入っていく。
宮にこんな所があったなんて…。
明かりも少なく、薄暗い。
ただ植物の気配はする。
微かに、緑の匂いがする。
やがて大きな扉の前に立つ…。
ここが?
カミラ先生は、扉に手を当てる。
それに反応して、自動で開いていく。
セイラ様の腕をしっかりと握る。
「入りましょう…。」
カミラ先生に促され、入る。
セイラ様の腕を握る私の手に力が入る。
目の前に運転席、タイヤのない車があった。
「乗りましょう…。」
私達は促されるまま、車に乗る。
絶対セイラ様から離れない!
しっかり、腕をつかむ。
車は、動き出す。
カミラ先生もセイラ様も無言で、ただただ車の音だけが響く。
トンネルになってるのだろうか、外は暗くて何も見えない。
窓に自分の顔が映る。
これからの事、必ず自分がセイラ様を守ならければ。
セイラ様に侍することが出来なかった1ヶ月の事を思えば、なんて事は無い。無いんだから…。
どれくらいの速さでどれくらいの時間がかかったのか…、やがて車が止まる。
目の前には綺麗な扉があった。
透明で輝いている。
透明に見えるけど、向こう側の景色は見えないので透明ではないということになる…。
ただ、白く輝いている。でも真っ白ではない。やはり、透明?
不思議な扉。
「着きました。セイラさん、頼みますよ。」
「私、1人で行きます。」
セイラ様が私の腕を振りほどき、立って扉に向かう。
「え?」
慌てて車から降り、セイラ様の後を追う。
「来るな!」
ビクッ。
思わず、止まってしまう。
「私、1人で行く。」
嫌だ…。
「さくらさん、あなたはどうしたいのですか?」
カミラ先生が私の方を見る。
「顔を隠したって、分かります。今日1日仕えていたのは、あなたですね。」
バレてた…。
いや、そんな事より…。
「私は、セイラ様の傍を離れたくありません!」
「ですって、セイラさん。」
「いや。私1人で行く。」
扉を開けようとする。
「その扉は、私しか開けることは出来ません。」
カミラ先生は、私の手を取り、扉の所までくる。
「これは、当面のサバイバル道具です。セイラさん、あなたが持ちなさい。」
そう言って、カミラ先生は扉に触る。
すると、透明の綺麗な扉が動き始める。
「さあ、行きなさい。」
セイラ様を扉の外へ押し出す。
「そして、あなたも…。あなたは、目的地まで貞操を守りなさい。それが、セイラさんもあなた自身も守ることになるのだから…。幸運を…。」
そう言って、私も扉の外へ押し出した。
バランスを崩し、倒れ込む。
「どういう事ですか?」
真意を聞こうとすぐ振り向いたが、そこには何もなかった。
あの綺麗な透明の扉も、ドームも…。森も…。
ただあるとわかるのは、足元の砂…。
足が砂に取られながらも扉があったはずのところに行ってみる。
何も触れない。
何も無い。
あるのは、足元の砂と暗闇に光る星空だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます