第8話 前日
長い長い1ヶ月が経とうとしている。
明日が神歌の日
約束の日
私は、セイラ様の元に戻れるだろうか…。
「あっ、いけない…。」
孤児院に行く時間だ…。
慌てて向かう。
*
「カミラ先生…。」
珍しく、カミラ先生が朝から孤児院にいる。
ソフィアちゃんに何か着せている…。
!!!
「どういう事ですか?!」
大きい声で、カミラ先生に詰め寄る。
ソフィアちゃんに着せていた服は、神官専用の服だったからだ。
「どういう事って、明日の衣装合わせですよ…。」
「だから、どういう事か聞いてるんです。」
怒りがふつふつと沸き上がる。
子供達の前なので抑えなくてはいけないのだけど、抑えることが出来ない。
「セ、セイラ様は…、」
これ以上は言葉にならない。
色んなものが喉に突き上げてくる。
「予定通り、唄ってもらいますよ。ただ、次期神官のソフィアさんと一緒に唄ってもらう予定です。」
「そ、それは、どういう事で…す…か…?」
目がくもってきて上手く声に出す事が出来ない。
「セイラさんは、明日の神歌で引退です。」
氷で出来た剣で私の胸を刺された気がした。
「い、引退…って、どう、…なる…んで…すか?」
涙が次から次へと溢れ出す。
私の顔を見て、ため息をつく。
「あなたは、知る必要はありません。あなたには、引き続き孤児院…。」
カミラ先生の声が途中から聞こえなくなった。
その場で泣き崩れた。
いくら、泣いてもどうにもならないことわかってても、泣かずにはいられない。
「さくら!私の従者になってよ!」
と、笑いかけてくれた6才のセイラ様を思い出す。
*
どれくらい泣いただろう…。
いつの間にか、自室に戻っていた。
辺りは暗く、電気を付ける。
既に、夜になっているようだ。
セイラ様…。
私は、セイラ様の部屋へ急いだ。
今回は、躓かずに走れている。
部屋の明かりが見えた。
掃き出しの窓から、セイラ様の部屋に飛び込む。
1つの人影が目につく。
私は、その影に飛びつく。
「セイラ様!」
「わっ!…て、さくら?」
「……。」
私の手を取り、くるりと私の方を向く。
私の前髪を触り、顔を覗き込む。
「…!、どうした?泣いてるじゃない…。」
私は、顔を背ける。
「もう…、さくら、何やってんの…。」
そう言いながら、私の元を離れる。
セイラ様の背中がどんどん遠くなる。
やだ…。
追いかけようとしたら、すぐ戻ってきた。
手には、タオル。
「ほら、さくら、ここ座って…。」
円卓の椅子を差し出してくれる。
言われるがまま、座る。
「とりあえず、冷やそ…。」
冷水で濡らしたタオルを目に当ててくれる。
「セイラ様…、引退って…。」
目に当ててくれているタオルがピクリと動く。
「明日で引退って…、セイラ様はどうなるんですか?」
タオルを持っているセイラ様の手を取る。
「さくらには関係ない…。」
私の顔を見ない。
「関係なく無い!」
「……。」
「私、セイラ様に付いて行きますっ!」
「駄目だっ!危険すぎるっ!」
また、目をそらす。
「危険て…。どういう事ですか?」
私の反応で、しまったという顔をする。
「何でもない。気にするな…。」
「気にします!危険なところに行くなら尚更、私もお供します。お供させて下さい。」
セイラ様の腕にしがみつく。
「駄目だ!邪魔だ!」
「邪魔でも!邪魔でも、付いて行きますっ!」
この時の「邪魔だ」は、本心では無い事に自信がある。
「駄目だ、駄目だ!」
「いいえ!私はセイラ様に付いて行きます。もう、決めました。」
真剣な目でセイラ様を見る。
「…駄目だ…。だって…、ドームの外に出るんだぞ…。さくらは、連れてけない…。」
……。
今…、な、んて…。
「ドームの外って、居住区の方に行くって事ですか?」
念の為、聞いてみる。
「…、違う…。更にその外だ…。」
目の前が真っ暗になる。
自分が立ってるのか、座ってるのか分からない。
「ドームの外って、とても人間が住めるような状態ではないって…。」
「神官の引退は、そうって決まっている。」
「決まっているって…。」
今まで人の為に働いてきた神官が、要らなくなったら、ゴミのように捨てるっていうの?
……。
熱いものがフツフツとくる。
「ね…、わかった?危険なんだ。さくらは、ここにいて欲しい…。」
肩に手をあてて優しく諭す。
「…いいえ…。」
「えっ。」
「いいえっ!!何が何でも付いて行きますっ!」
右手拳を作って力強く宣言する。
「さくら、私の話、聞いてた?ドームの外に行くんだよ?わかってる?」
「ええ!もちろんっ!ドームの外、やってやろうじゃないっ!!ここのやり方には、ほとほと嫌気がさしたわっ!!私は、絶対、セイラ様について行きますっ!!」
メラメラと私の炎は、燃え上がる。
こうなると、止まらない事を知っているセイラ様は、大きなため息をついた。
*
「さくら…。私のヘアクリーム、付けてくれてるんだね…。」
ようやく、私の気持ちも落ち着き、2人掃き出しの窓のところで並んで座る。
「えへへ〜。セイラ様が近くに居るみたいで、凄く安心するんです。」
ニッコリ笑いかける。
セイラ様が私の肩を抱く。
私は頭を傾け、セイラ様の肩に預ける。
絶対に、セイラ様から離れない…。
そう、決意する。
*
セイラ様の部屋を後にした私は、1番先に向かわなければならないところがあった。
「カリンちゃん、起きてる?」
「……。」
カチャ。
「入って下さい…。」
声のトーンがいつもより数段低く、出迎えてくれる。
「セイラ様の事ですね…。」
真面目なトーンで私に切り出す。
「私も今日、初めて聞きました。」
「カリンちゃん、明日、セイラ様の従者変わって欲しい…。」
カリンちゃんの顔を見る。
私の要望をある程度予想出来ていたのか、特に驚く様子は無い。
「私は別に構いませんが、流石にバレませんか?」
「儀式の時は、頭から布を被ってるから、何とか誤魔化してみせる。カリンちゃんは、私の部屋で体調崩したと言って1日こもっててもらえる?そしたら、カミラ先生は子供達をみる事になるから…。」
「ゔ〜ん。そんな上手くいくかどうかわからないですけど。私、セイラ様の隣は、やっぱり、さくらさんが1番だと思うんですよね…。協力します!」
親指ぐっと立ててニッコリしてくれる。
「ありがとう。たとえ無理でも、やりきる。」
私は、2つに束ねていた髪紐をそれぞれ解く。
「カリンちゃん、ハサミある?」
「?、あっ、はい。どうぞ…。」
「ありがとう〜。」
カリンちゃんから借りたハサミで、腰まであった髪を背中の所まで切っていく。
「ち、ちょっと待って!さくらさん…。」
「え?」
一応、手を止める。
「何やってるんですか?」
「何って…。髪切ってるんだけど?」
そう言って、続きを切り始める。
「いやいや…。どうして?」
「え?どうしてって…。カリンちゃんと同じくらいに切っておこうと思って…。同じ髪の色だし、長さが同じなら、遠目から見た時区別つかないでしょ?」
「…、そうかもしれないですけどぉ…。勿体なく、ないですかぁ?それに…セイラ様、ショック受けるんじゃ…。」
切った髪を集めて、処分していく。
「え?そうかなぁ。髪の毛は、また生えてくるものだし…。どうして、私の髪でセイラ様がショックを受けるの?」
「え?それは、セイラ様がさくらさんの事好きだからじゃないですか?」
「私も好きですよ?私はやっぱり、セイラ様に仕えたいです。それで何で私の髪が関係あるの?」
「え?さくらさん、念の為聞きますけど…。セイラ様って…、おと…。……やっぱりいいいです…。」
言いかけて辞める。
「え?何?気になるんだけど…。」
「いや…、いいです…。明日頑張ってください。」
「あ…、うん。ありがと。」
「じゃ!私は、さくらさんの部屋に行くんで…。」
「う、うん。色々、協力してくれてありがとう。」
カリンちゃんが見えなくなるまで見送った。
今度こそ絶対に、セイラ様と離れないっ!
右手拳に力が入る。
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