第8話 前日

長い長い1ヶ月が経とうとしている。

明日が神歌の日

約束の日

私は、セイラ様の元に戻れるだろうか…。


「あっ、いけない…。」


孤児院に行く時間だ…。

慌てて向かう。



「カミラ先生…。」


珍しく、カミラ先生が朝から孤児院にいる。

ソフィアちゃんに何か着せている…。

!!!


「どういう事ですか?!」


大きい声で、カミラ先生に詰め寄る。

ソフィアちゃんに着せていた服は、神官専用の服だったからだ。


「どういう事って、明日の衣装合わせですよ…。」


「だから、どういう事か聞いてるんです。」


怒りがふつふつと沸き上がる。

子供達の前なので抑えなくてはいけないのだけど、抑えることが出来ない。


「セ、セイラ様は…、」


これ以上は言葉にならない。

色んなものが喉に突き上げてくる。


「予定通り、唄ってもらいますよ。ただ、次期神官のソフィアさんと一緒に唄ってもらう予定です。」


「そ、それは、どういう事で…す…か…?」


目がくもってきて上手く声に出す事が出来ない。


「セイラさんは、明日の神歌で引退です。」


氷で出来た剣で私の胸を刺された気がした。


「い、引退…って、どう、…なる…んで…すか?」


涙が次から次へと溢れ出す。

私の顔を見て、ため息をつく。


「あなたは、知る必要はありません。あなたには、引き続き孤児院…。」


カミラ先生の声が途中から聞こえなくなった。

その場で泣き崩れた。

いくら、泣いてもどうにもならないことわかってても、泣かずにはいられない。



「さくら!私の従者になってよ!」


と、笑いかけてくれた6才のセイラ様を思い出す。



どれくらい泣いただろう…。

いつの間にか、自室に戻っていた。

辺りは暗く、電気を付ける。

既に、夜になっているようだ。


セイラ様…。


私は、セイラ様の部屋へ急いだ。

今回は、躓かずに走れている。

部屋の明かりが見えた。

掃き出しの窓から、セイラ様の部屋に飛び込む。

1つの人影が目につく。

私は、その影に飛びつく。


「セイラ様!」


「わっ!…て、さくら?」


「……。」


私の手を取り、くるりと私の方を向く。

私の前髪を触り、顔を覗き込む。


「…!、どうした?泣いてるじゃない…。」


私は、顔を背ける。


「もう…、さくら、何やってんの…。」


そう言いながら、私の元を離れる。

セイラ様の背中がどんどん遠くなる。

やだ…。

追いかけようとしたら、すぐ戻ってきた。

手には、タオル。


「ほら、さくら、ここ座って…。」


円卓の椅子を差し出してくれる。

言われるがまま、座る。


「とりあえず、冷やそ…。」


冷水で濡らしたタオルを目に当ててくれる。


「セイラ様…、引退って…。」


目に当ててくれているタオルがピクリと動く。


「明日で引退って…、セイラ様はどうなるんですか?」


タオルを持っているセイラ様の手を取る。


「さくらには関係ない…。」


私の顔を見ない。


「関係なく無い!」


「……。」


「私、セイラ様に付いて行きますっ!」


「駄目だっ!危険すぎるっ!」


また、目をそらす。


「危険て…。どういう事ですか?」


私の反応で、しまったという顔をする。


「何でもない。気にするな…。」


「気にします!危険なところに行くなら尚更、私もお供します。お供させて下さい。」


セイラ様の腕にしがみつく。


「駄目だ!邪魔だ!」


「邪魔でも!邪魔でも、付いて行きますっ!」


この時の「邪魔だ」は、本心では無い事に自信がある。


「駄目だ、駄目だ!」


「いいえ!私はセイラ様に付いて行きます。もう、決めました。」


真剣な目でセイラ様を見る。


「…駄目だ…。だって…、ドームの外に出るんだぞ…。さくらは、連れてけない…。」


……。

今…、な、んて…。


「ドームの外って、居住区の方に行くって事ですか?」


念の為、聞いてみる。


「…、違う…。更にその外だ…。」


目の前が真っ暗になる。

自分が立ってるのか、座ってるのか分からない。


「ドームの外って、とても人間が住めるような状態ではないって…。」


「神官の引退は、そうって決まっている。」


「決まっているって…。」


今まで人の為に働いてきた神官が、要らなくなったら、ゴミのように捨てるっていうの?

……。

熱いものがフツフツとくる。


「ね…、わかった?危険なんだ。さくらは、ここにいて欲しい…。」


肩に手をあてて優しく諭す。


「…いいえ…。」


「えっ。」


「いいえっ!!何が何でも付いて行きますっ!」


右手拳を作って力強く宣言する。


「さくら、私の話、聞いてた?ドームの外に行くんだよ?わかってる?」


「ええ!もちろんっ!ドームの外、やってやろうじゃないっ!!ここのやり方には、ほとほと嫌気がさしたわっ!!私は、絶対、セイラ様について行きますっ!!」


メラメラと私の炎は、燃え上がる。


こうなると、止まらない事を知っているセイラ様は、大きなため息をついた。



「さくら…。私のヘアクリーム、付けてくれてるんだね…。」


ようやく、私の気持ちも落ち着き、2人掃き出しの窓のところで並んで座る。


「えへへ〜。セイラ様が近くに居るみたいで、凄く安心するんです。」


ニッコリ笑いかける。


セイラ様が私の肩を抱く。


私は頭を傾け、セイラ様の肩に預ける。


絶対に、セイラ様から離れない…。


そう、決意する。



セイラ様の部屋を後にした私は、1番先に向かわなければならないところがあった。


「カリンちゃん、起きてる?」


「……。」


カチャ。


「入って下さい…。」


声のトーンがいつもより数段低く、出迎えてくれる。


「セイラ様の事ですね…。」


真面目なトーンで私に切り出す。


「私も今日、初めて聞きました。」


「カリンちゃん、明日、セイラ様の従者変わって欲しい…。」


カリンちゃんの顔を見る。

私の要望をある程度予想出来ていたのか、特に驚く様子は無い。


「私は別に構いませんが、流石にバレませんか?」


「儀式の時は、頭から布を被ってるから、何とか誤魔化してみせる。カリンちゃんは、私の部屋で体調崩したと言って1日こもっててもらえる?そしたら、カミラ先生は子供達をみる事になるから…。」


「ゔ〜ん。そんな上手くいくかどうかわからないですけど。私、セイラ様の隣は、やっぱり、さくらさんが1番だと思うんですよね…。協力します!」


親指ぐっと立ててニッコリしてくれる。


「ありがとう。たとえ無理でも、やりきる。」


私は、2つに束ねていた髪紐をそれぞれ解く。


「カリンちゃん、ハサミある?」


「?、あっ、はい。どうぞ…。」


「ありがとう〜。」


カリンちゃんから借りたハサミで、腰まであった髪を背中の所まで切っていく。


「ち、ちょっと待って!さくらさん…。」


「え?」


一応、手を止める。


「何やってるんですか?」


「何って…。髪切ってるんだけど?」


そう言って、続きを切り始める。


「いやいや…。どうして?」


「え?どうしてって…。カリンちゃんと同じくらいに切っておこうと思って…。同じ髪の色だし、長さが同じなら、遠目から見た時区別つかないでしょ?」


「…、そうかもしれないですけどぉ…。勿体なく、ないですかぁ?それに…セイラ様、ショック受けるんじゃ…。」


切った髪を集めて、処分していく。


「え?そうかなぁ。髪の毛は、また生えてくるものだし…。どうして、私の髪でセイラ様がショックを受けるの?」


「え?それは、セイラ様がさくらさんの事好きだからじゃないですか?」


「私も好きですよ?私はやっぱり、セイラ様に仕えたいです。それで何で私の髪が関係あるの?」


「え?さくらさん、念の為聞きますけど…。セイラ様って…、おと…。……やっぱりいいいです…。」


言いかけて辞める。


「え?何?気になるんだけど…。」


「いや…、いいです…。明日頑張ってください。」


「あ…、うん。ありがと。」


「じゃ!私は、さくらさんの部屋に行くんで…。」


「う、うん。色々、協力してくれてありがとう。」


カリンちゃんが見えなくなるまで見送った。


今度こそ絶対に、セイラ様と離れないっ!

右手拳に力が入る。



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