第6話 パン食べよ


「よし!」

この時間なら、カリンちゃんも宮からこっちに帰って来てる時間だし、セイラ様も起きてる時間…。

今しかない!

焼きたてのパンを紙袋に入れる。

建物内から行くとまた、カミラ先生に見つかるかもなので、外からセイラ様の部屋に向かう。


「わ…。」


木の根っこに躓く。

見つかったら駄目なので、懐中電灯使えない。

僅かな月の光で歩かないと行けないので、どうしてもあちこち躓いてしまう。

その度、パンの心配をする。

セイラ様だったら、植物達が避けてくれるのにな…。

なんて思ってたら、セイラ様の部屋の明かりが見えた。

居ても立ってもいられなくなり、走り出す。

窓の外からそっと覗く…。

!!

セイラ様居た…。

セイラ様は、食卓のところで本を読んでいる。

久々のセイラ様…。

自然と目が熱くなる。


ふと何かに気付いたかのように、顔を上げる。

立ち上がり、こちらの窓の方に顔を向ける。

慌てて隠れる。


「さくら…。」


えっ、セイラ様の方からは、私は見えないはず…。


「やっぱり…。」


いつの間にか、掃き出しの窓から出て私を見ていた。


「どうして…」


ばれたの…?


セイラ様もじっと見詰める。

足早に私の前にきて私の髪を優しく掴む。

そしてそのまま、鼻先へ持っていく。


「この香りで…。」


「えっ、あ…。そう…だったんですね…。」


サラサラとゆっくり私の髪を離す。


「さくらはどうして、ここへ?」


私の目を見る。

セイラ様の藍色の瞳に私が映り込む。


「あまり食事を摂られてないと聞いたので、パンを焼いて来たんです。」


そっと、紙袋を差し出す。


「えっ。」


藍色の瞳がより一層大きくなる。


「ありがとう。でも、私はこっちの方が嬉しい…。」


と言ってパンの袋を受け取らず、私を強く抱き締めた。

私はすっぽりセイラ様に包まれる。

!!


「セイラ様…。」


胸が熱くなる。


「申し訳ありませんでした。セイラ様にご迷惑を…」


ずっとセイラ様に謝りたかった。

私が主人の朝食中にあちこち歩いてまわったりしなければ、こんな事にならなかったのに…。


「違う!さくらのせいじゃない!」


「いいえ!私がいけなかったのです。」


ぐっとセイラ様の胸を押し、少し距離をとって、見上げる。


「いや…。私が…」

「セイラ様は、悪くあ…」


「「……。」」


「「くすっ。」」


お互い同時笑い出す。


「とりあえず、パンでも食べませんか?」


パンを差し出す。


「そうだね〜。さくらも食べよ〜。」


「いいんですか?」


「だって、始めからそのつもりだったでしょ?こんなに1人では食べられない。」


と言って、私に袋の中身を見せてくる。


「バレました?」


ニヤリとする。


私達は吐き出しの窓のところに座って、パンを食べはじめる。


「そういえば、さっき抱き着いて思ったけど、さくら…、痩せた?」


「えっ?そうですか?孤児院、忙しくて、お昼ご飯食べ損ねたりしてるからでしょうか…。」


抱き着いて痩せたかもって思うセイラ様が、若干怖い…?


「ふ~ん。そっか…。それで、カリン、イライラしてるのか…。」


……。

なんか、セイラ様から他の従者の事を聞くと、ものすごくモヤモヤする…。

なんか、ヤダ…。

膝をギュッと抱える。


「あっ、さくら。膝のところ、どうしたの?」


自分の膝を見る。

膝頭のところの白いズボンが赤く滲んでいる。


「あれ…。ほんとだ…。ここ来るまでに、何回か転んだので、その時擦りむいたみたいです。」


てへっ。

と笑う…。


「笑い事じゃない!消毒するよ!」


そういうと部屋の奥に行って、すぐ帰ってくる。

手には、救急箱がある。


「セイラ様、私、大丈夫ですから…。」


私の前に座るとズボンの裾を膝まであげ、膝頭を見る。

けっこう、ドクドク血がでてる…。

うわぁ…。


「ほら、けっこう血が出てる。」


セイラ様は、消毒液を取り出す。


「セイラ様。私、自分でやります。」


消毒液を受け取ろうと手を出す。


「ダメ!私がする!怪我人は黙ってて!」


拒否られて、結局、セイラ様が手当てしてくれる事になった。


ううっ!

申し訳ありません…、セイラ様。


私の近くにセイラ様の頭がある。


……。

あれ…。


「セイラ様…、ヘアクリーム、変えました?」


絆創膏を貼り終えたセイラ様が、一瞬ピクッとなる。


「え…、あ…、そうなんだ…。」


「私が使ってるものと同じですか?同じ香りがします。」


セイラ様の髪を手櫛でとく。


「そ、そう…。カリンに手配してもらったんだ…。」


「え〜、変えたんですかぁ…。あの、前使ってた薔薇…、ここではソーシャの香りのヘアクリームはどうしたんですか?あれの方が良いやつですよ?」


「えっ、あっ、まあ…。」


そう言ってセイラ様は、立ち上がり私の隣に移動する。


「あの香り、大好きだったのに…。」


「じゃあ、さくらは、あれ使えばいいじゃん。」


「駄目ですよぉ。そんな高価なんものとても使えません。それにあれは、セイラ様が使うからいいんです!セイラ様の…」


ドンッ!!

背中全体に何かが突進してきた。

前のめりになり倒れそうになるが、セイラ様の腕が後ろから回ってきて、それを阻止する。

というか、セイラ様に抱き締められてる…?


「セ…イ…ラ…様…?」


前に回されたセイラ様の腕に手を添えて、振り向こうとしたら、ますますキツく抱き締められて、振り向けなくなった。


「寂しかった…。」


「さくらが私の目の前から居なくなって、寂しくて、気が…。」


バ…ッ。


「ご、ごめん…。」


いきなり私を突き放し、立ち上がる。


「さくら、もう帰り…。」


顔を横に向け、私の顔を見ない…。


「え…セイラ…」

「植物達に言っておくから…。多分躓いてこける事はないと思うよ。」


「セイラ様…。」


じっとセイラ様を見る。


「今日は、ありがと…。」


一瞬だけ、私を見てくれた。

それから、部屋の奥まで入っていってしまった。



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