第2話 セイラ様の本

「さくら…。」


……。

心配そうにこちらを見るセイラ様の顔がある。

あれ…。

辺りを見回す。

見慣れた家具が見える。

ただ、これらの家具は私の部屋のものではない。

セイラ様のもの…。


!!

ヤバッ!


慌てて起き上がる。

ふらっ。

めまいがする。


「さくらっ!」


ふらついた私の体を、セイラ様が支えてくれる。


えっ、ここ、ベッドの上?

えっ、私、恐れ多くも、セイラ様のベッドで寝てた?

血の気がひく。


「も…、申し訳ございません。」


慌ててベッドから出ようとすると、私の体を支えていたセイラ様の手に力が入る。


「今はまだ動かない方がいい…。」


「そういう訳には、参りません…。」


「ダメ!お願い。さくら。」


私の体をご自分の方へ引き寄せる。


「セイラ様…?」


「ごめん。さくら…。」


セイラ様の腕に力が入り、私の体とセイラ様の体が密着する形になる。そして、同じセリフを繰り返す。


「今は、まだ動かない方が……。」


「……。わかりました。動きません。なので、少し離して頂いてもいいですか?」


ほんとはすぐにベッドから降り、下がらなければいけない身であるのだけど、確かにまだ動けそうにない。


「あ…。ごめん。」


さっと身を引いてはくれたが、両手は私の両手を握っている。


はっ。

ここで、自分の格好に気付く。

タンクトップに裾をしぼったゆったりズボンのみの姿…。

いつものふくらはぎまである着物のような上着と帯がない…。

辺りを見回す。


その様子を見て、セイラ様が私の上着を肩にかけてくれる。


「苦しそうだったので、帯を解かせてもらったよ。」


「何から何まで、申し訳ございません。」


ベッドの上で申し訳ないのだけど、両手をついて頭を下げる。


再び私の前に座り、私の両手を取る。


「私の方こそ、ごめん…。色々と加減が出来なくて…。」


「セイラ様が謝るような事は何もございません。」


「いや。ある。さくらの気を失わせてしまった…。」


そっと、横を向く。

その悲しそうなセイラ様の横顔が、何とも愛おしく思ってしまう。

気を失ってしまった時の事を思い出す。

ものすごい声量の植物達…。


「あの…、セイラ様…。その、私が倒れた時の事なんですが…。」


「な、な、何?」


少し、ビクついた感じで、顔はこちらにむけているのだが、目線は違うところにある。

何かやましい事でもあるのだろうか…。


「植物達の声って、普段からあんなに大きいのですか?子供の頃聞いた時は、もっと小さかったように思うのですが…。」


「えっ、えっ、あ、そっち?そっちね。あ〜うん。ほんとは植物達、あんな感じに鳴ってるっていうか唄ってる。でも、聞こえる量を調節できるんだ。子供の頃、さくらに聞かせてたものも、調節したものだったんだけど。」


「そうだったんですね。セイラ様は毎日あの声量を聞きながら、生活していた訳では無いのですね…。それなら、安心致しました。」


私を握っていたセイラ様の手が緩んだので、そっと自分の胸元に自分の手を当てる。


「今回も声量を加減したのを、さくらに聞かせるつもりだったのに、色々と加減しそこねてしまって…。ごめんなさい。」


「何度も申し上げておりますが、セイラ様が謝る事など、何もございません。そればかりか、倒れてしまった私をご自分のベッドに寝かせ、介抱して頂いて…。感謝しかございません。ありがとうございます。」


そう言いながら、セイラ様の瞳に溜まっている涙をそっと指で拭う。


「さくら…。」


「今、ハンカチを持ち合わせてなくて、素手ですみません。」


セイラ様の両手を優しく握る。


「では、私はそろそろ部屋に下がらせて頂きますね。」


「えっ、さくら、大丈夫なの?」


「はい。充分良くなりました。夜遅くなりましたし、こんな時間までセイラ様のところに居た事が、カミラ先生に知られるとなかなか厄介なので…。」


ニヤッとセイラ様に笑いかける。


「あぁ、カミラ先生!それは、ヤバイ!」


セイラ様もニヤッとする。


私は簡単に身支度を整え、


「では、セイラ様。本日はありがとうございました。また、明日よろしくお願いします。」


一礼し、セイラ様の部屋を後にする。


マジでヤバイ!

この時間…。

小走りで自分の部屋に向かう。

カミラ先生に見つからなければ良いんだけど…。


カミラ先生は、セイラ様と私の先生、件、この宮と宮の隣にある孤児院の総責任者。

勉学の他に、セイラ様には神官の心得を私には従者の心得をご指導して頂いた。

孤児院の総責任者としては、宮に来た子供達のお世話から運営に携わっている。


「さくらさん、今帰り?今まで何処に居らしたの?」


!!

私の後ろで声がする。

嫌な予感…。


「というか、あなた何て格好してるの?」


「えっ。」


照らされた自分の姿を見てはっとする。

セイラ様のところで慌てて身支度した為、帯は歪んでいるわ、髪は下ろしたままだわ…。

ひゃー…。


「えっ…えっ…。えっとぉ…。転んでしまって……。」


「転んだだけでは、そうならないでしよ?」


ゔ…。その通りです。


「申し訳ありません。カミラ先生。」


「私に謝ってもらっても困ります。」


「……。」


「……。はぁ…。まぁ、いいわ。早くお風呂に入って寝なさい。」


「は、はい。失礼します。」


頭を下げ、カミラ先生から離れて自室に向かう。

ラッキー!

今日は、お説教短かった~。

助かった〜。


走り去る私を見て、


「もう、限界ね…。」


カミラ先生は呟く。



「はぁ~…。」


お風呂に入ってきて、髪を乾かし、今ヘアクリームを塗っている。

セイラ様は薔薇の香り、私は金木犀の香りを使っている。

もちろんセイラ様のヘアクリームは、超1級品。

何か、今日は色々あったなぁ…。

よく考えたら、今日って神歌の日だったよね…。

あの後の事が色々とあり過ぎて、随分前の事のように思う。

そういえば、あのキス…。

……。

顔が熱くなってくる。

今頃?だけど、恥ずかしくなってきた!

唇に指を当てる。

セイラ様の柔らかい唇の感触が、まだ残っている。

私の唇、あるよね…?

セイラ様の勢いが強すぎて、私の唇を全て食い尽くされたのかと思った。

逃げようにも、壁とセイラ様に挟まれて身動き出来なかったし……。

セイラ様…。

……。

一体何の本を読んだのだろうか…。

昔から本を読んでは、その本のごっこ遊びに付き合わされたものだ…。

今回もその延長だとは思うのだけど…。

……。

ちょっと私も読んでみたいかも…。

……。

1人で赤面する。


「寝よ…。」


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