世界の果て

萌奈来亜羅

第1話 美しい神官

「セイラ様これを…。」


左膝をつき、長い杖の様なものを両手で掲げる。この時、素手で触ることの無いように布にくるめて差し出す。

何かの金属で出来た杖の先端には、ごつごつとした水晶が付いている。

長い長い黒髪に、薄ピンクに見えたり、薄水色に見えたりする着物によく似た衣服を着たその人は、手馴れた様子でその杖を持つ。

青々と光る植物の海から小高い丘に登って行く。

丘の真上に月があるものだから、月に向かっているようにも見える。

足首まである黒髪が月明かりに反射してより艶やかだ。

丘のてっぺんまで行くと、その人は持っていた杖を大地に突き刺す。

両手で水晶の部分をかざすとファ〜っと穏やかに光始める。

そのまま頭上高く両手をあげる。

違う空気が入ってくるのがわかる。

この植物園を覆う透明のシールドが開けられたのだ。

この星の人達が居住している空間と一体化すしていく。

ゆっくりと両手を降ろし胸のところに持ってくる。


「ア~…。」


その人は歌い出す。

1つの声で4音を一斉に出すその人の歌声はこの星でも彼女しかいない。


彼女は月に1度、神事として幸せホルモンを分泌させる歌声を星人に聞かせている。

この星の人達は普段から限られたドーム、見えないシールドの中で生活している。ドームの外の環境はとても住める状態ではないらしい。その限られた居住空間の生活を労う為に、この神事は執り行われている。

私は、そんな彼女に仕える従者である。


美しい…。


月明かりに照らされ歌うセイラ様の姿は、毎度のことながら、見とれてしまう。


「……。」


あっという間に神歌の時間は終わった。



「お疲れ様でした。セイラ様。」


「はぁぁぁ〜。ほんと、疲れた〜。」


「ご飯、食べて下さいね。」


「え〜、疲れすぎて、食べられない…。」


「食べられないって…。神歌の後は、体力消耗するから食べておかないと、倒れてしまいますよ…。」


さっき神歌を唄っていた人物と同一人物とは、とても思えない。


「食べさせて…。」


「……。」


聞こえなかったふりをする。


「ねぇ…、食べさせてよぉ…。」


「……。」


「スプーン重くて持てないよぉ…。さくらぁ…。」


「疲れたよぉ~。」


はぁぁぁ…。


「わかりました。これ、食べたら湯殿に行って来て下さいね。」


観念して、セイラ様の食卓の斜め横の椅子に座り、スプーンを手に取る。


「あっ、ちゃんとフーフーしてね…。」



「あ〜さっぱりした~。」


「よかったですね…。」


私は、湯殿に行ってきたセイラ様の髪をタオルで丁寧に拭いていく。


木製の肘掛けのある椅子にどっかり座っているセイラ様はぐっと顔をあげ、後ろにいる私の顔を覗き込む。

藍色の潤んだ瞳に私の影が写る。


「そう、されては、髪が乾かせません。」


私はタオルからドライヤーに持ちかえる。といってもこの星のドライヤーはコードがないので優れもの。


ガタン!!

「キャ…。」


私は押し倒され、固い冷たい床とセイラ様の間に挟まれる。


「セ、セイラ様…。」


セイラ様は私の両指にそれぞれ指を絡ませてくる。

私の唇とセイラ様の唇が触れるか触れないかのところまで迫る。

真剣な眼差しで私を見る。


「……。」


「今度は、何を読まれたのですか?」


ピタリとセイラ様の動きが止まる。


「「……。」」


「はぁ…。これだからさくらは、面白くな~い。」


残念そうに、体を起こす。


「はいはい。髪を乾かすので、退いて頂けますか。」


「え~…。もっと床ドンごっこに付き合って欲しかったのに~…。もう、終わり〜?」


ブツブツいいながら、立ち上がり椅子に戻る。


床に転がったドライヤーを拾い、セイラ様の髪を乾かし始める。

さっきまで、疲れすぎてスプーンすら持てなかったとは、とても思えない…。


「それから、さくら。2人の時はセイラでいいって言ってるでしょ?」


ぐりんと後ろを向いてくる。


「そういう訳には参りません。セイラ様。」


「いいじゃん。さくらがここに来た頃は、そうしてたでしょ?」


セイラ様の了承を得ないまま頭を前に向かせ、髪を乾かしていく。


「あの頃は、幼かったもので…。失礼し致しました。」


「だから、そういうよそよそしいの、辞めてって言ってるの!」


また、こちらを見てくる。


私は黙ってドライヤーをしまい、ヘアクリームを出す。

蓋を開け、中のクリームを指ですくい髪に馴染ませていく。

薔薇のような香りが辺りに立ち込む。

この星にも薔薇があるのだろうか…。

私は6才の時、地球の日本からこのセディオンという星にやってきた。地球にいよいよ人類が住めなくなり、子供達は、疎開という形で色々な星に移り住んだ。

私の左耳のピアスには貴重な地球の情報が入っており、私の頭の中で自由に地球の事の出し入れが出来るようになっている。


「なんか、ボーッとしてる?」


ヘアクリームを塗る手を止めたわけでもないのに、背後の私の状態がわかるらしい。


「いえ…。この星に来た頃を思い出しただけです。」


「ああ…。さくらがこの星、この宮に来て…、10年か…。」


「そう…、ですね…。初めてこの宮に来て、セイラ様を見た時、大変驚きました。」


セイラ様の髪をくしでとかしていく。


「どうして…?」


「この世のものとは思えないほど、かわいい子だったので。同じ6才だとは思えませんでした。」


「……。」


「ただ、もっと驚いたのは、そんな女の子が、バッタやカマキリやらを捕まえたり、リスを追いかけたり、木に登ったり…。」


「!!」


振り向いて私の方を見る。


「世話係の私としては、必死な思いで毎日を過ごしてました。」


ここでセイラ様を見つめる。


「……。」


そろりと私から目をそらし、目の横をポリポリ。


「…でも…、でも、そのおかげで、疎開したばかりの寂しい思いはあまりせずに済みました。」


はっと私の顔を見たセイラ様に笑いかける。

髪を1つにくしでまとめていき、ひもで束ねる。


「それでも、どうしても寂しくて泣いてしまった時は、植物達の声を聞かせてくれましたね。…、あの美しい植物達の声はとても私の癒しになりました。」


あの声を思い出すだけでも、幸せな気持ちになる。


「ね!また、聞きたい?」


キラキラの目で迫ってくる。


「え…。…そりゃ…。」


と言いかけて、はっとする。


植物の声を聞こえるようになる為の儀式の事を思い出したからだ…。


「いや!いいです…。」

「よし!そうとなれば、普通にするのも面白くないよね〜。」


私の拒絶の言葉がかき消される。


「あの、セイラ様…。」

「やっぱ、壁ドンでいく?」


私の言葉は、全然彼女の耳に入っていない。


あ〜、だんだん腹が立ってきた!


「わかりました!では、壁ドン!私がして差し上げますっ!!」


「えっ…?」


ようやく、セイラ様の暴走が止まった。

こういう時だけ、ちゃんと耳に入るんだから…。


「セイラ様!そこの壁に立って下さい!」


「えっ、あっ、はい…。」


私の勢いに押されて、慌てて壁際に立つ。

私は、踏み台をもってきてセイラ様の前に立つ。

20cmくらいの踏み台を使ってセイラ様と同じ目線になる。

よし!ちょうどいい感じ…。

初めて会った時は同じくらいの身長だったのに、いつの間にか差がついちゃって…。顔立ちだけでなく、スラリとしたこのボディも美しい…。あっ、でも胸は私の方が少しリードかも…。なんて、まじまじ見てしまった…。


「では、セイラ様。いきますっ!」


ダンッ!!


壁を力一杯叩き、藍色の瞳を見つめる。顔をセイラ様に近づける。

藍色の瞳からピンク色の唇に目を移した瞬間


ガタン!!


踏み台の倒れる音が聞こえた。


!!

えっ!


気付いたら、私が壁とセイラ様の間にいた。


えっ、どういう事?

何が起きた?


疑問をセイラ様の瞳に問いかける。


「私、やっぱ、責めの方がイイみたい。」


ニッコリと私に笑いかける。


え?え?え?

状況がのみこめない。


「さくらの壁ドンは、色気がない…。」


そういいながら、左耳の後ろにある髪を束ねている紐をほどく。

髪を輪っかにして背中まで垂らしていた髪が腰までストンと落ちる。


「よし!いきますっ!って…。」


クス…。

笑いながら、右側の髪紐もほどく。

ストンと同じように髪がゆれる。

私の亜麻色の髪を少しだけすくい、自分の口元に持っていく、そのまま目線だけこちらに持ってくる。

深い藍の瞳に見つめられ、ゾクリとする。

持っていた私の髪をそっと離し、左耳上からの髪を撫でながら、体全体を押し付けてくる。

髪を撫でていた手が私の顎に来た時、両手で後頭部から顎のところまで固定される。


「あ…。」


セイラ様の唇が私の唇をとらえる。


「う…。」


思った以上に、深く深く私の中に入ってくる。


「…あ…。」


逃げたいのに、後ろの壁は固く、セイラ様の体もビクともしない。

壁は冷たく固く、私はセイラ様に埋もれるしかない…。


「はぁっ…。」


や、やめて…。


「う…ん。」


キスを充分堪能できたのか、セイラ様の顔が離れた。


「!!」


その時、一斉に植物達の声がものすごい音量が私の耳に届く。


えっ、何これ…。


音にびっくりして、気が遠くなるのがわかる。

近くいるはずのセイラ様が遠くの方で何か叫んでる姿が見えた。







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