第51話 暗黒魔導教団(シオ)の陰

 紫陽月しようづき(6月)11日 


 ここは、領都カラムンドの比較的閑静な場所にある石造りの邸宅だ。


 領都カラムンドは、商業区を中心に建物が密集している所がほとんどで屋根の色がオレンジ色と定められ建物の大小あるものの統一感があり、美しい街並みを醸し出している。中央のカラミーア伯爵の居城とそのすぐ北東の一角には、広い庭園も備えた邸宅などが並ぶ。高官や富裕層の居住するエリアとなっている。


 そんな金持ちエリアの外れたところに、あまり目立たない小さな建物があった。一見、人が住んでいるのかどうかもわからない位ひっそり建っている。

 そんな建物の1階の薄暗い一室に、暗黒の黒い騎士風の装束を纏った若者はいた。赤髪のショートに薄い赤い眼の美形だ。額には、赤い刻印がある。


 この若者は、暗黒魔道教団シオの暗黒魔騎士ロキ・アルザイだ。


 先に登場したラキ・アルザイ(※)の双子の弟である。双子だけに瓜二つなのだが、眼と刻印の色が違う。ラキは黄色だ。


 ※アスラン血風で、偽のアスラン公の傍らにいた暗黒魔騎士。アレクセイとも剣を交えた。


 ロキは、1週間ほど前に数名の暗黒魔道士とともに、領都カラムンドのこの邸宅に秘かに潜入していた。


 普段は赤い仮面で顔を隠しているが、今は傍らに仮面を置き外していた。彼はソファーに座り、書類を見ていた。彼の傍らにもう一人黒いローブに身を包んだ男が侍していた。こちらは、その身なりから魔導士だとわかる。暗黒魔道教団シオの暗黒魔導士なのだろう。

カラムンドここの魔導士はよくやるようだな」

 書類をテーブルに放り投げ、言う。

「はい。1週間ほど調べてみましたところ、城下はそれほどでもないですが、城は切れ目なく魔道障壁が張られています。我々が、城に入ろうものなら、すぐ検知されましょうな」

「ふむ、こんな辺境と言っていい地の都市まちにそのようなことができる魔導士がいようとはな」

「はい」

リザブあの村に魔導士を配置した者もそ奴かもしれない。まあ、こちらの方は、ドラゴンの邪魔になるから、魔導士は排除しておいたが、剣聖が現れ失敗した。剣聖スフィーティア・エリス・クライ。厄介な相手が出て来た。剣聖の動向も含めて、探ってくれ。マリー・ノエルの魔力フォース。今度こそ手に入れるよ。でも今も城にいるかの確証はない。そう言うことだね?」

「はい」

 そう言うと、ロキは、赤い仮面を懐にしまい、立ち上がると、掛けてあった地味な茶色いローブを着てフードを頭から被った。フード被ると目元までは確認しづらい。

「どちらへ」

「僕も城の様子を見て来るよ」

「お供します」

「いいよ。一人がいい」

 ロキは、部屋を出て小さな館から外に出た。



 城の城門は、北側と南側にある。ここからだと北側の城門が近い。またこの富裕層のエリアは、堀の内側にある。領都カラムンドは、平坦ではない。城は高台に位置しており、富裕層地区も城よりは低いが高い位置にある。なので、南側よりもカラムンド城の城壁は低くなる。それでも、城壁の高さは、10メートル位はありそうだ。


 ロキは、北側の城門に続く石畳の広い道を歩いて行く。貴族の馬車なども行き交う。城門前は広い広場となっている。武装した衛兵が何人もおり、城門の警備は厳重だ。紫色のトガを纏い杖を持った魔導士の姿も城門の上に見えた。


 ロキは、そんな警戒が敷かれている中、真っすぐに城門の方に近づいて行く。


「おい!止まれ!」

 城門の近くまで来ると衛兵に槍で塞がれ、止められた。

「えーと、城の中を見学できるって聞いたんで来たんですけど」

「怪しい奴め。顔を見せろ」

「僕、怪しくないですよ。ほらー」

 

 ロキは、フードを上げた。

 

 黒髪で、眼の色も黒色。額の赤い刻印もない。

 

 ニッコリとしたロキの表情は、少年のようなあどけなさを宿した美少年のものだ。その笑顔と美しい声音トーンは、相手を魅了する。


「あー、悪いが、今はダメなんだよ」

「えー、折角はるばるノーマから来たのになあ」

「今は、戦時中なんだよ。ドラゴンがこの近くに現れたこと位知っているだろ?」

「ええ、まあ・・」

 ロキは、視線を城門の方に向け、眼を細めた。



「おお。これは、スフィーティア殿。どちらへ」

 白いロングコートを身に纏った金色の長い豪奢な金髪が眩しくこの世の者と思えないほど美しい女が、流線形の乗り物に乗り城門から出て来た。



(剣聖スフィーティア・エリス・クライ・・・)



「ロイ隊長、ドラゴン出現の兆候がないか周辺を見回って来ます」

 領都防衛隊の隊長ロイ・インペックスに声をかけられ、スフィーティアが応じる。

「それは、我らの仕事。何かあれば、報せますので休んでいてください」

「ジッとしていられないんだ。特に今回はね」

 スフィーティアの青碧眼は、空を見上げた。

「そうですか」

 ロイ隊長は、嘆息気味に応じた。



「スフィーティア」

 城門の内から幼い声がした。

 銀髪の美々しい少女が城内から現れ、スフィーティアに駆け寄った。

 

 エリーシア・アシュレイだ。


「エリ・・。どうしてここに?城にいないとダメだよ」

「スフィーティアが出て行くのが見えたから」

 スフィーティアは、シュライダーから降りて、屈むとエリーシアを抱き寄せた。

「すぐに戻るから、部屋で待っていておくれ」

「う、うん・・」

 エリーシアは、下を向いた。


 そこに、深い紫色の魔導ローブに身を包んだサンタモニカ・クローゼがやってきた。

「まあ、どこにいらっしゃるとかと思ったら、こんな所まで」


 しかし、モニカは、エリーシアの方ではなく違う方向を見ていた。




「わかりました。ありがとうございます。衛兵さん」

 黒髪の美少年姿のロキは、ニコっと衛兵に会釈すると、フードをしてその場を去っていく。

 そして、立ち去り際、背中に熱い視線を感じ、口元に二ッと不敵な笑みが浮べた。


 その視線の主は、サンタモニカ・クローゼだった。



「モニカ?頼みます」

 スフィーティアが、モニカに声をかける。

「あ・・、ええ。さあ、戻りましょうか」

 モニカは、去っていく若い男の方をから視線をエリーシアに移し、その手を取ると、城に入っていった。



 マリー・ノエルの子、エリーシア・アシュレイは城にいる。

 ロキには、それが確認できただけで十分だった。




 その翌日の夜中

 

 ロキのいる館に、翡翠色の鎧を纏った男がやって来た。背中に長いランスが見える。

 この男は、ソウ・ムラサメ。若き竜伴奏者ドラグナーだ。

 竜伴奏者ドラグナーとは、 竜と契約することにより、竜を操ることができる特別な能力を持つ「人」である。竜の生息地に近い地域に住み、竜を崇拝し、交流を持ちながら生活している。剣聖が竜を殺しその力を手にすることを忌み嫌い、剣聖を敵視している。


 しかし、こんな目立つ格好で街中をよくここまで来たものだ。


 どうやって来たのだろうか?



「遅いぞ。何をしていた?」

 ロキが不機嫌そうに言う。

「悪い、ちょっとあってな。それより城への潜入はできそうか?」

「想像以上にこの城の魔導障壁は、堅固だ。迂闊に潜入しようものなら、すぐに見つかり、戦闘になってしまうだろう」

 ロキは首を横に振る。

「何だよ。俺は、それでも良いぜ。へっへっへー。まあ、少女がきを浚うなんざ俺の趣味じゃないがな」

「そっちは別の手を考えているさ。お前は、剣聖あっちの相手をしてくれれば良い」

「任せて置け。で、剣聖はいるんだろうな?」

「ああ。飛び切り大物の奴がな」 

「ほう、それは楽しみだ。また、殺してやるよ。剣聖を!俺とコンゴウでな!」

 ソウ・ムラサメは、吠えた。




 それから二日後の昼過ぎ。


 黒っぽいケープを身に纏った茶色髪の若い女が、カラムンドのロキのアジトにやって来た。長い巻き毛の美しい女だが、気になるのは、左目に縦に印が走り、その眼は常に閉じられていることだろう。

「ロキ様、今到着いたしました」

「ラニ。よく来てくれた」

 この片目が閉じられた若い女は、暗黒魔道教団シオの暗黒魔導士のラニだ。その色白の顔色は、水のようで感情が見えない。


 ロキは、ラニを軽い抱擁で迎えた。


「君の力が必要だ。その虹色の瞳レインボウアイの力が。」

「私でお役に立てるのであれば、何なりと」

 ラニは、スカートの裾を広げて会釈した。

「ああ。今夜決行だ。『魔女の血』を手に入れるぞ」


 ロキは、窓から見えるカラムンド城を見上げた。

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