第50話 リザブ・ヴィレッジ アゲイン
翌日の
聖魔騎士シン・セイ・ラムザは、良く晴れた空の下、獣人族の女の子キラを連れ街道を歩いていた。
シンは、リザブ村を目指していたが、わざわざ近くのシャルの町まで戻り、キラの服と靴を揃えていた。そして、服を買ったお店で、キラの身だしなみも整えてもらった。ボサボサ髪で、顔をもよく確認できないほどだったからだ。
そうしてキラはと言うと・・・。
とても見違えた!
前髪を顔が見えるようにスッキリとさせ、長い髪はブラシで整え毛先をハサミで整えた。そして、少女らしく髪を三つ編みにおさげで二つに結ってもらったのだ。これだけで、キラは可愛らしい少女へと変身した。
そして、小麦色の肌に合う薄い黄色のフリルのシャツと丈の長い紺色の腰の後ろにリボンのついたスカートを合わせた。靴はシンプルな薄茶色の革の靴を履いた。これに、ボンネット型の帽子を合わせれば、貴族のお嬢様になりそうだが、帽子は、キラが嫌がった。
元が良いだけに、完全な美少女となり、見違えた姿にシンも関心した。
キラは、鏡の中の自分をみて、最初自分自身だと認識できなかったようで、三角の耳をピクピクと動かし不思議なものを見るように色々なポーズを取っていた。やがて自分であることがわらかると、ふさふさの尻尾を左右に振って喜んだ。どうやら気に入ったようだ。
そうして、二人はリザブ村を目指し歩いていたのだ。
キラは、最初は、シンの手を繋いで歩いていたが、蝶など興味をそそられる物を見つけると、そちらに走って行った。キラは、一所に留まることができないようだ。
シンは、それを見て過去に出会った幼馴染の女の子を思い出していた。キラと同じ位の歳だったが、とても落ち着いていて同い年なのにいつもシンの世話ばかり焼いていた女の子のことを。
同じ少女でも随分違うものだと思うと、クスっと笑ってしまう。
暫らくそうして街道を歩いていると・・・。
「これ、歩きにくい」
キラは、薄茶色の革の靴を脱いで放り投げた。
「キラ、ダメだよ!」
シンは、慌てて靴を拾い、キラに履かせようとする。
「いや、いらない」
しかし、キラは逃げだした。
そして、シンから少し離れると、今度は・・・。
「この服も動きにくい」
そう言うと、爪を立て、長い丈のスカートをビリビリと膝上から横に破り始めた
「ああ!ダメだよ、もう。折角買ったのに・・」
シンは、溜息をついた。
しかし、もう破ってしまっている。
「はあ・・」
仕方ない。
諦めてシンは、刃物でキラのスカートを膝上辺りで、奇麗に切りそろえた。
「うん、動きやすくなった」
そう言うと、キラは嬉しそうに跳ね回った。
「はあ、何をやっているんだろう?僕は・・・」
シンは、嬉しそうにはしゃぐキラを見つめて嘆息するしかなかった。
「さあ、行くよ、キラ」
気を取り直して、キラが戻って来ると、手を握り二人はまた歩き始めた。
シンは、キラを領都カラムンドまで連れて行こうと決めていた。
そこで、キラを保護してくれそうな人を探すつもりだった。
領主のカラミーア伯は、戦争の孤児などを受け入れる施設に援助していると聞く。キラの身なりを整えたのも印象を良くするためだ。シンは、そこに行ってみようと思っていた。
しかし、その前に寄るところがある。
リザブ村。
ドラゴンの襲撃により壊滅した村。
そこでマリー・ノエル皇女の娘エリーシア・アシュレイの行方の手掛かりを見つけなければならない。キラのことも大事だと思ったが、任務を最優先しなければならないのだ。
林道を進むこの2人を見つめる者があった。
翡翠色の鎧に身を包む若い男だ。長いランスを背中に差している。街道から少し離れた一際高い木の上から二人を見ていた。
「あれは、どんな連れ合いだ?獣人の子供に、あいつは・・・?騎士か」
白いローブに身を包んでいる黒髪の男。
騎士かどうかなど判別できるはずもないのだが、この男は、ローブの盛り上がりとその所作でそれを見抜いていた。
「あれは、かなりの・・」
すると、白いローブの男は、歩みを止め、こちらを振り返ったのだ。
「何!」
「参ったぜ。この距離で気づく奴がいるとは」
翡翠色の鎧の男は、驚いた。この距離で気配を感じて感知されるとは、思わなかった。でも、この男は動じることはなく、代わりに手を振った。
「どうしたの?」
一瞬、歩みが止まったので、キラがシンを見上げた。
「ううん、何でもないよ。目的地はもう少しだから。行こう」
シンは、キラに微笑みかけると、また歩み始めた。
「ふう、あんな怖そうな野郎とはできれば関わりたくないがな。でも、それも面白いか」
翡翠色の鎧の男の目がギラリと光り、白いローブの男が離れて行くと木から降り、去っていく。
シンとキラはリザブ村に到着した。
ドラゴンの襲撃に遭った村だ。
村の入口の看板から焼け落ちていた。村の中に入っても、石造りの家々は崩れ、木造の屋根は焼け落ちている。よっぽど激しい炎で焼かれたのだろう。まともに立っている家などどこにもなかった。
文字通りの廃墟である。
ドラゴンの襲撃が如何に苛烈なものであるかを物語っている。
廃墟となった村の中をくまなく見て回っていると、シンはある屋根が落ち、壁だけが残った家の前で立ち止まった。それは、村外れに立っていた家だ。
シンは、
少しぼやけているが、銀髪の長い髪の少女が写っている。
少女の後ろの建物を確認すると、この建物の前のイメージであることが何となくわかった。
「ここが、エリーシア様がおられた家か」
シンは、崩れた建物の中に入った。
シンは、集中するため、眼を閉じた。
「うん、やはりここから、魔力の跡を感じる。でも・・・」
シンは、眼を見開く。
「エリーシア様の魔力の色じゃない」
シンは首を横に振った。
シンは、魔導士がここにいたのは、建物に入る前から感じていた。
それも聖魔道士のそれだと。
「聖魔道士は、我が聖魔道教団ワルキューレの魔道士。エリーシア様と接触していてもおかしくない」
しかし、ここからは、エリーシアの、正確には、皇女マリー・ノエルに似た魔力は、感じられない。
どういうことだろうか?
「エリーシア様の魔力は、発現していない」
そう考えるしかない。
何故?
魔力は封印されている。
では、何故?
誰がやったのか?
「マリー・ノエル様・・・」
彼女しかありえない。
「マリー・ノエル様は、エリーシア様を守るために・・・」
エリーシアが、
だから・・・。
「シン、ここ!」
キラが、何かを見つけたようだ。瓦礫が落ちている床を差し、尻尾を振っている。
「え?」
シンが、瓦礫をどけると、床に小さな扉があった。狭い穴のような通路だが、そこに入ってみる。
中は、真っ暗だ。
シンは、指先から魔法で灯をともすと灯が頭の上まで浮かぶ。そこは、石壁の地下室だった。手入れされた剣や盾、弓などが置いてあり、
「これは、ワルキューレの魔杖。でも、剣は、違う」
シンは、剣を手に取り、聖魔騎士の使う剣ではないことを確認する。
しかし、鞘から抜いてみると、見たことがないものだが、光を反射し輝きを放ちかなりの業物であると思った。
「誰が使っていたのだろう?この剣の持ち主とエリーシア様との関係は?」
シンは、その剣の持ち主エゴン・アシュレイに興味が湧いていた。
「ブルーローズ・・・。家名かな」
剣を銀色の鞘に納める時に鞘に彫られた文字を読む。
そして、手掛かりの一つであると考え、その剣を腰に差した。
魔杖も持ち出すことにした。ワルキューレに持ち帰ればこの杖の持ち主がわかるはずだ。
「キラ、お手柄だよ」
シンは、キラの頭を撫でた。
「えへへへ」
シンとキラは、地下室から出て、廃屋を後にする。
そして、シンは気になっていた方に向けて歩いた。それは、近くの森の方向だ。
10分ほど進むと、木々がなぎ倒され草木が焼かれ、土肌が露わとなっている場所についた。
シンは、ハッとして窪んだ中心付近に走る。
「何だ!ここの魔力は!規格外だぞ」
そして、この魔力の色だ。それは、マリー・ノエルのものと似た薄い灰色だ。
「やはり、エリーシア様は、ここにいた!」
シンの心は踊った。
しかし、すぐに眉間に皺が寄る。
ここの地を広く抉られたよう跡は、激しい戦闘があったもの。
「エリーシア様は、ここでドラゴンに襲われたのか。既にドラゴンはエリーシア様に気づいた・・。マズい!」
シンは、辺りを見渡した後、ある方向を見つめた。
「大丈夫。エリーシア様は、無事だ。ということは、エリーシア様を襲ったドラゴンは、倒された。この辺りだけ、草木もなく、地は深く抉られ、何も残っていない」
ドラゴンとの戦いの傷跡の凄まじさに息を呑む。
「こんな事をできるのは・・・、剣聖。彼らしかいない」
シンは、剣聖と接触したことは無かったが、ドラゴンが関わっている以上、
「エリーシア様は、剣聖に助けられたのか」
そう考えるのが妥当だ。幸か不幸か、剣聖が付いている。護衛としては、最高だが・・、何故?
「どんな
とにかく、エリーシアを早く見つけなければならない。
シンは、彼だけがみえる薄灰色の帯がうっすらと伸びる方向を見ていた。
それは、領都カラムンドの方向に続いているようだ。
(領都へ急ごう!)
「キラ、こっちに来て!」
キラは、シンが戦場の傷跡を調べている間、そこら中を走り回っていたが、シンの所へ戻って来た。
「さあ、
「うん」
ドラゴンとの戦場跡を離れ、森の中をしばらく進むと、また今度は、野盗10人ほどが二人の前に現れた。
「兄ちゃん、さっさとそのガキと持ち物を置いて行きな」
「はあ、懲りないなあ」
シンは、ため息をつく。
すると、シンを攻撃するとみたキラは、前に出て来た野盗に襲いかかった。
爪を伸ばすと、夜盗を引っ搔き、盗賊のダガーを奪う。
そして、躊躇いもなく前に出て来た野盗の首筋にダガーを刺し、一撃で殺した。
野盗どもに次々と襲いかかり、同じように首筋や心臓の急所を狙い、刺し殺していく。
シンは、突然のキラの行動とその戦闘能力に驚いていた。
「うわあーーっ!何なんだこのガキは!た、助けてくれ!ヒイーッ!」
野盗等が一斉に逃げ出す。
「ダメだ。キラ!」
キラが、悲鳴をあげた盗賊に襲いかかろうとした瞬間、目の前にシンが立ちふさがった。
シンは、キラのダガーを持つ手を押さえ止めたが、キラのもう一方の手から長く伸びた爪で頬をひっかかれた。
シンの頬の三本線の傷から血がツーっと浮かぶ。
「ヒイーッ!」
盗賊は、この隙に逃げ出した。
キラはこれに慌てた。
呆然と立ち尽くす。
「シン、ごめんなさい!キラ、シンを傷つけた。ごめんなさい。ごめんなさい。う、う、うわーん、うわーん!」
そう言ったかと思うとキラは、ダガーを落とし、激しく泣きだし始め、地べたにへたり込んでしまった。
シンは、キラの高い戦闘能力には驚いていたが、一変して泣き出す姿を見て思った。
キラはまだ子供だ。誰かが導いてやらないとこの子は、道を誤って行く。
「キラ、僕は、大丈夫だから。ほら。だから、もう泣かないで」
そう言うと、右手を血が流れる左頬にかざすと、血が止まり傷口が塞がって行く。
「シン、傷痛くない?」
「うん」
「良かった!」
そう言うと、キラは安堵してシンの胸に飛びこんだ。
しかし、シンは、キラの両肩を持ち、離し、その大きな眼を見て言う。
「キラ、僕のいう事をよく聞くんだよ」
「なーに?」
「キラ、人を簡単に殺めてはダメだ。それは、いけないことなんだよ」
「何で?あいつら、シンを襲おうとした。悪い奴等だよ。殺さないと。シンを傷つける奴、キラ許さない」
そう言うキラの眼は、狩りをする獣のように光る。
しかし、シンは首を横に振る。
「人を殺せば、殺すだけ憎しみが生まれる。君が殺せば殺すほど、君を憎む者が生まれ、また君を襲ってくる。そうすれば、いつか君は命を失うことになる。それは、遠くないかもしれないよ」
キラは、キョトンとしている。言われていることが半分も理解していないようだ。
「僕は、キラに自分を大切にして欲しいんだよ」
シンは、キラを抱き寄せた。
「シン・・・」
シンの温かさ、優しさがキラに伝わる。
「シンがそう言うなら・・・・、キラ、殺すのやめる」
「うん。でも、キラは僕を守ろうとしてくれたんだね。ありがとう」
シンは、キラの頭を優しく撫でた。
「えへへへ」
シンは、気付いた。
この子は、幼少時から闘うことを、その身体に叩きこまれている。
それも平気で人を殺すマシンのように。
でないとあっという間に大人の盗賊を殺すことなど出来るわけがない。
キラは、只の獣人族の少女ではない。
シンは、キラの素性が気になっていた。
そして、この子には、心を教える必要があると思った。
ふと、シンは疑問に思ったことを口にした。
「キラ、昨日盗賊に追われていたけど、君なら彼らを倒せたんじゃない?」
「お腹が空いていて、力が出なかったから」
キラは、恥ずかしそうにそう答えた。
「え?うっふふふ、ハハハハハ」
それを聞いて、シンは、おかしくなり、笑ってしまった。
「さあ、行こう!領都カラムンドへ」
「うん」
二人の目の前には、幾つもの丘を越えた先に小さく浮かぶ領都カラムンドが見えた。
シンとキラは、夕日を背に歩き始めた。
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