第49話 獣人族の子キラ
聖魔騎士シン・セイ・ラムザが、聖魔道教団(国)を出発してから1週間ほどが経過していた。
一頭の黒い馬車が、ポツポツと降る雨の中、葡萄畑が並ぶ街道沿いを進んでいた。
これは、
アマルフィ王国内を次元街道でくまなく結ぶ。
その次元馬車の中には、白いローブに身を包んだ長身細身で黒髪の若い男が乗っていた。馬車の中には、彼一人だけのようだ。
聖魔騎士シン・セイ・ラムザである。
「ありがとうございます。この辺で降ろしてください」
シンは、街道が交差する辺りで、御者に声をかけた。
次元馬車を降りて、それを見送ると、シンは白いローブのフードを頭から被った。
シンは、灰色の空を見上げた。
雨は、シトシトと降り注ぐ。
聖魔騎士シン・セイ・ラムザは、アマルフィ王国のカラミーア伯領にいた。
ここからだと、起伏のある地形の関係もあり、領都カラムンドは見えないが、そう遠くない場所である。
シンの目的地は決まっていた。
街道に立ててある看板をみると、右方向に『リザブ・ヴィレッジ』と書かれ、バツ印が付けられていた。
リザブ村は、ドラゴンの襲撃に遭い壊滅した村だ。今は、住んでいる住人はいなという。
天気は、生憎の雨だ。
シンのフード付きのローブを濡らす。
シンは、林道を歩いていた。
馬車を降りてから、もう一時間程が経過していた。
雨も止んできたようだ。
街道の端の茂みがガサガサと音を立てると、突然男達3人が、森の茂みの中から出て来た。
手にナイフや短剣を持っているなど物騒で、いかにも野盗のような輩だ。
「クソっ!あの獣人のガキどこに行きやがった!」
「俺たちの食料盗んで、消えやがって」
「絶対捕まえるぞ!ありゃ高く売れるからな」
「なあ、その前にちょっとよ」
「何考えてやがる。まだガキだぞ。このロリ野郎が!」
「うへへへへへ」
「全く、痛い目見ても知らねえぞ。あのガキ捕まえるのに・・・」
シンは、そんな会話をしている連中の横を何食わぬ顔で通り過ぎて行く。
「うん?」
野盗等が、シンに気づいた。
「おい、お前!」
しかし、シンは聞こえないかのように無視して進む。
すると、野盗等が、無視されて腹が立ったのだろう。
「お前だよ!何、無視してやがる?」
野盗の一人が前に立ち塞がり、後ろからも二人が囲んだ。
シンは、野盗に囲まれて立ち止まった。
「何か?」
フードを頭から被ったシンの表情は読めない。
「その荷物を置いていけ。そうすれば、まあ見逃してやるよ」
「うへへへへ」
野盗は、シンとの距離を縮める。
「そう・・」
呟きと同時に、シンのローブの内側が淡く光り始め、ローブがフワリと持ち上がる。
「な、何だ?」
野盗は警戒し、後退りする。
シンは、肩の革袋を上空に放り投げた。
そして、抜刀すると、弧を描くように剣を振るう。
すると、野盗等は、5,6メートルも飛ばされ、地面を転がったり、茂みに突っ込んだ。
そして、革袋がシンの手に落ちて来た。
物の2,3秒の出来事だ。
そして、シンは、その場を何事もなかったかのように静かに歩み始めた。
「・・・・」
15分位経過した時だ。
シンは、立ち止まった。
シンは、少し離れた丘の方を見上げた。
「今は、面倒には巻き込まれたくないけど・・・」
突然、師匠のアトス・ラ・フェールの顔が浮かんできた。
『お前、それで、いいのか?』
と腕を組み、アトスが言っている姿が見えるようだ。
「わかりました。
シンは、丘の方に走った。
男たちが丘の上を走っていた。
どうやら、先ほどの野盗の仲間のようだ。
その前方を粗末な服を着た子供が走っていた。
それもかなりの速さだ。走り方が獣のように手も使っていた。ぼさぼさの長い狐色の髪から狐のような三角の耳とお尻の辺りにふさふさの尻尾が見える。
どうやら獣人族の子供のようだ。
その獣人族の子の前に、突然別の野盗が現れた。
すると、獣人族の子は、進路を直角に右に曲がる。しかし、そこにも野盗が現れた。急いで、Uターンして戻るが、そこにも野盗が現れた。
獣人族の子は、野盗に囲まれてしまった。
「この野郎!やっと追いついたぞ」
「食料盗んで逃げ出しやがって」
獣人族の子供は、長い髪で確認しづらいが、顔が腫れていた。身体にはあざや切り傷などもあり、傷だらけだった。
どうやら、この子は、野盗に捕まり、そこから逃げ出したようだ。
「ウッヘッヘッヘ。戻ったらタップリお仕置きしてやるぜ。もう逃げ出す気が起きねえようにな」
野盗が、獣人族の子の手を掴んだ。
「離せ!」
獣人族の子が、野盗の手に咬みついた。
「うぎゃっ!」
野盗が溜まらず手を離すと、獣人族の子は逃げ出そうとしたが、別の野盗に突然顔を殴られて、地面を転がった。
「この野郎。手間かけさせんじゃねえぞ!」
ドス、ドスっと野盗どもは獣人族の子に足蹴りを食らわせ始めた。
「痛い、痛い、やめて!」
獣人族の子は、たまらず悲鳴をあげた。
その時だ、急に突風が吹き始め、野盗が次々と飛ばされて行く。
「何だ?」
「うわあーーーーーっ!」
野盗が突風の起きた方を振り向くと、白いローブの男がゆっくり近づいて来ていた。
シンだ。
「て、てめえ、何をしやがった?」
「いいから、その子供を置いてこの場から去ることだ」
「うるせえ!」
しかし、野盗は、剣を抜き向かってきた。
他の野盗と違い鉄の鎧などを着ていて、良い装備をしている。
どうやら、この男が親玉のようだ。
シンは、迷わず剣を抜いた。それは黄金色に輝く神聖な剣だ。
次の瞬間、男の両手は、ボタリと地に落ちていた。
「うぎゃあーーーっ!」
黄金色の剣の刃には血すらついていない。
シンは、静かに腰の鞘に刃を戻す。
野盗等はとても敵わないと思ったのか、逃げ出した。
シンは、野盗は無視して、獣人族の子供を助け起こす。
しかし意識はハッキリしないようだ。
「痛い、痛いよう・・」
獣人族の腫れた眼から涙が零れ落ちる。
「可哀そうに」
獣人族の子は、頭から足先まで傷だらけだ。
先程の野盗の蹴りで胸の辺りは骨折しているようだ。
すぐに、シンは、神聖魔法の治癒魔法を使った。
「
この魔法の効果は絶大だ。
傷はみるみる癒えていく。
そして、獣人族の子の苦痛の表情も和らいで行ったが、意識は戻らない。
シンは、獣人族の子を抱えると歩き始めた。
もう日が暮れかけている。
「今日は、野営かな」
シンは、雨が上がりスッキリと晴れた空を見上げた。
「う、ううん・・」
シンが、野営地でたき火に木の枝をくべていると、獣人族の子は、目を覚ました。
獣人族の子は、シンを見ると、ハッとして、距離を取り、警戒してシンを睨みつける。
「回復したようだね」
そう言われると、傷だらけだったのに、どこも痛くないと思った。
傷があった所を見たり、腫れていた顔を撫でたりするが、すっかり治っている。何故だろう、と考えるがわからない。
もう考えるのをあきらめ、目の前の男に目を移す。目の前の若い黒髪の男は、身なりも盗賊と異なり、言い知れぬ優しさを感じた。
「グルルルル・・・」
警戒心を弱まると、急に獣人族の子のお腹が勢いよく鳴り、気恥ずかしさがこみ上げて来た。
「どうぞ」
シンは、小さな鍋からスープを掬い、その器とスプーンを差し出した。
「携帯用の非常食だから、あまり美味しくないもしれないけど、栄養は満点だから」
獣人族の子は、差し出された器をまだジーっと見ている。
しかし、シンがニコリと頬むと、獣人族の子は器を受け取ると、がっつくように食べ始めた。どうやら、味も悪くなかったようだ。
「君、名前は?」
「・・・」
獣人族の子は、スプーンの動きを止め、シンを見る。
「悪かったね。自分が名乗らないとね。僕は、シン・セイ・ラムザ。旅の騎士だ」
シンは、白いローブを脱いでいたが、聖魔騎士の正装ではなく、少し年季の入った蒼い騎士風の装束に身を包んでいた。聖魔騎士の制服は、目立ち過ぎるからだ。しかし、傍らの黄金色の剣だけは、目立っていた。
優しそうに見つめるシンを見ると、獣人族の子は、恥ずかしそうに言った。
「キラ」
そう言うと、またがっつくように食べ始めた。
「キラか。いい名だね。で、どこから来たの?両親は?」
「あっちの方から。親はいない」
キラは、西の方を指さし、食べながら答えた。
「そうなんだ。でも、何処に行こうとしていたの?」
「カラムンド」
「領都に?親戚でもいるのかい?」
キラは、首を横に振る。
「とても賑やかだって、聞いたから」
「それだけ?」
キラはコクリと頷いた。
こんな小さな獣人族の子が一人で旅をし、アマルフィの西の国境を越えてカラミーアまでやって来たのだと思うと、憐れみを覚えた。
麻のボロボロの服を着て裸足。髪も伸び放題でボサボサ、身体も傷だらけだ。この子がしてきた旅の大変さが伝わる。
そして、本人はあまり気にしていないようだが、・・・・・・臭う。
食事が終わると、シンは言った。
「キラ、近くに川があるから身体を洗うとイイ。これを使って」
シンは、白い固形物を差し出す。
「なーに、これ?」
キラは、いい匂いのするそれをクンクン匂いを嗅いでいる。
「石鹸がわからないのか。わかった。僕が洗ってあげるよ。」
キラは、麻の服を投げるように脱ぐと、細い浅い川に飛び込んで行った。
野営地を離れると、月が出ているとはいえ、暗い。シンは、指先から、魔法による
「え?」
シンは、真っ裸のキラを見て驚いた。
微かな胸のふくらみ、そして、下半身には、・・・・ない。
キラは、女の子だった。
「ゴメン、女の子だと思わなくて」
「シン、石鹸、どう使うの?」
しかし、裸を見られてもキラは、気にしていないようだ。
「ああ、そうだね」
シンは、灯を消した。
月明りでもお互いは確認できる。
川の近くまで来て、水を鍋に掬い、手ぬぐいに水をつけ石鹸の泡を立てる。
「キラ、ここに背中を向けて座って」
大きな石にキラを座らせる。
「うん」
シンは、キラの背中を手ぬぐいで擦り洗う。石鹸の泡により、かなりの垢も落とし、スッキリした。
「前は、自分でこすって。僕は髪を洗ってあげるから」
「うん」
そうして、暗闇の中悪戦苦闘したが、キラはすっかりキレイになった。
自分ではないかのようにすっきりとキレイになり、キラは喜んだ。
「これを着て。僕のだけど、さっきの服よりはいいだろう」
それは、シンの騎士用のシャツだ。いい匂いがする。ぶかぶかのシャツだが、これ一枚で下半身まで覆う。キラは、肌ざわりの良いシャツを着て、クルクルと回りながら喜んでいた。
「街で服を買わないとね。それと靴も、少し戻った所に小さな町があったからそこで明日買おう」
そう話していると、キラはシンにもたれ掛かりいつの間にか寝てしまった。
シンは、キラを横に寝かせ自分のローブをかけた。
その寝顔を覗くと、とても安心したような子供の寝顔があった。
ふと、自分の子供の頃を思い起す。
キラとは全然似ていないが、同じ年の頃の少女の姿が浮かんできた。
星空を見上げると、金色の長い髪の少女の顔が微笑んでいるのが浮かぶ。
「ティア、今君は何処にいるの?」
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