第48話 密命の朝靄

 前話から時間が巻き戻る。


 紫陽月しようづき(6月)4日 早朝。

 

 ここは、聖魔道教団(国)ワルキューレの首都キョウにある聖魔騎士団本部のパレス・シュノンソーだ。教皇王の宮殿ラヴァン・オー・シュタットに隣接する。

 水の都キョウに張り巡らされた運河に面し、皇宮とともにその優美なロココ風の建物が朝焼けの水面に栄えるはずなのだが、あいにくの朝靄に包まれていた。しかし、それが逆に靄の隙間から豪華な建物が覗くと幻想的な景色を醸し出していた。


 こんな朝靄に包まれたシュノンソーの中央庭園の回廊を縁などに金刺繡の施された白地の聖魔騎士の正装に身を包んだ一人の背の高いスラっとした黒髪ショートヘアの若者が、カツーン、カツーンと高いブーツの靴音を立てて歩いていた。

 早朝だけに、他に周囲に人影は無かった。


 この男の名は、シン・セイ・ラムザ。


 若き聖魔騎士である。

 若干20歳にして『プリンシパル』となった男だ。ちなみに先のプリンシパルは、シンの師であるアトス・ラ・フェールで故人となっている。プリンシパルは、神聖魔法『神の手ゴッドハンド』の使い手でもある。神の手ゴッドハンドを修得できなければ、プリンシパルにはなれないし、プリンシパルでなければ、神の手の使い手となれないのだ。どちらが先かと言われれば、卵と鶏のような関係だろう。

 勿論、プリンシパルとなるためには、様々な試練があり、それを乗り越えた只一人のみがプリンシパルとなるのだ。よって、プリンシパルは常にいるわけではなく、空白期間もあった。シン・セイ・ラムザの先代は彼の師匠パドローネであるアトス・ラ・フェールであったが、長い期間所在不明であったため、プリンシパルの座は実質10年近く不在となっていた。



 中央庭園の北の回廊を抜け、シュノンソーの外門へと続くアーチ型の出口のエントランスの近くまで行くと、一人の小柄な剣士が、腕を組み壁に寄りかかっているのが突然朝靄の中から

 紺色の癖のないストレートのショートヘアの騎士だ。長い前髪が右目を覆い、キリッとした表情から一見美形の男性に見えるが、白い騎士の制服の下の金色の刺繍フリルのついた短めの白いスカートを履いていることから女性であることは推測できる。

 しかし、それよりもなにより、白い騎士の正装がきついくらいに盛り上がる身長とは不釣り合いなほどの大きな胸を見れば、この騎士を、男であれば女性と意識せざるを得ないだろう。

 

 先に登場した爆乳剣聖システィーナ・ゴールドとどちらが大きいかは、筆者にも判断が難しいところだ。しかし、それは、どうでも良いことなので、置いておこう。



「アントワーゼ・・。君が、どうしてここに?」

 シン・セイ・ラムザが、女性剣士に気づき、少し驚いた様子で声をかけた。女性剣士は、壁から離れ、シンの方に歩を進めた。


 この女性剣士の名は、アントワーゼ・エリーズ・フォン・アーレンスマイア。


 聖魔道教国の若き聖魔騎士。

 シンの同僚騎士で彼より一歳下の19歳だ。


「昨日、教皇王様のお召しから戻った後のお前の様子が変だったからな。何かあると思い叔母上に尋ねたが、はぐらかされたよ。でも、お前が今日出発つことだけは教えてくれた」


 アントワーゼは、淡い緑色の眼を細めてシンを睨んだ。

 シンは、バツが悪そうに横を向く。

 

 因みにアントワーゼの叔母とは、ファルネーゼ・カーラ・エディツィオーネ。

 聖魔道教国ワルキューレの現聖魔道士会の会長にして筆頭魔道士。さらに政務において宰相を兼ねるとても偉い人だ。



 ここで、聖魔騎士と聖魔騎士団について、触れておこう。


 『聖魔騎士』は、光の騎士として黄金色の鎧を纏い、聖神オーディンを刻んだ白いマントに身を包む騎士である。

『聖魔騎士団』は、聖魔道教団(国)ワルキューレを守護するそんな聖魔騎士等で組織される騎士団だ。教皇王と教団(国)の盾となる守りの要である。聖魔騎士の中核となる騎士を嚆矢騎士こうしきしと言い、彼らが聖魔騎士団を率いる。嚆矢騎士は、12人おり、シン・セイ・ラムザもその一人だ。嚆矢騎士の中では一番最年少である。

 なお、現在の聖魔騎士団を率いる団長は、イーリアス・ラッティージョ・カラマタだ。団長は、実力も必要だが、家系(血筋)も重視され、ワルキューレの名家の者から選ばれるようだ。



 アントワーゼは、シンの同僚騎士であるが、聖魔騎士団の聖ラムザ隊(嚆矢騎士の性が部隊名となる)の副長でもある。二人は、聖魔騎士養成校の時の学友だったため、上司部下の関係があるとはいえ、ため口の中である。

「で、そんな大きな袋を担いでどこに行くんだ?」

 アントワーゼの鋭い視線が、シンが肩にかけた縦長の大きな革袋に移る。

「勅命で極秘だからね。答えられない」

「私は、ラムザ隊の副官だ。話してくれてもいいだろう!」

「ダメだよ」

 シンは、首を横に振る。

「マリー・ノエル様・・・か?」

「え?」

「マリー・ノエル様の捜索じゃないのか?アトス様のように・・」


 アントワーゼは、不安に思っていたことを口にした。


 アトスとは、シンの師であるアトス・ラ・フェールのことだ。

 

 アトス・ラ・フェールは、2年前に遺体となり、ワルキューレに戻って来た。ドラゴンとの戦いで命を落としたという噂だが、真実は不明だ。彼はワルキューレを離れ、長らく皇女マリー・ノエル・ワルキュリア捜索任務に就いていたというが・・・。



 シンも、同じように帰ってこないのではないか?

 いや、最悪アトス・ラ・フェールのように・・・。


 そう思うと、アントワーゼは、このまま黙ってシンを送り出すことなどできなかった。


「行くな!」

 アントワーゼは、正面からシンに抱きついた。

「アントワーゼ!?」

 これには、シンが驚いた。

 二人の間でこういう事は、初めてであったから。


 普段は、男性のように振る舞い、男性のような口のききかたをするアントワーゼだった。


 これは、どういうことなのか?

 

「何でお前が行く必要があるんだ!」

 アントワーゼは顔を上げると、彼女の淡い緑色の瞳は揺れ、真剣に訴えっていた。


 しかし、シンは、ゆっくりとアントワーゼの肩を持ち自分から離した。


 シンは、アントワーゼの訴えに真剣に落ち着いて応えようとした。

「アントワーゼ、僕達は聖魔騎士だよ。教皇王様や国を守る盾だ。今回の任務も国の未来のための大事な任務だと僕は思っている」

「なら、私も連れていけ!」

「ダメだ。君には部隊を頼む」

 シンは首を横に振った。

「嫌なんだよ。お前がアトス様のように還って来ないなんてことがあったら・・・」

 それでもアントワーゼは折れず、必死に訴えた。

「アントワーゼ。師匠パドローネが戻って来た時の師匠の顔を覚えているかい?」

「え?」

師匠パドローネは、亡くなって帰って来た。僕はとてもショックで、打ちのめされた。あの強かった師匠がなんで、と思ったよ。でも、戻って来た師匠の顔は、微かに笑っていたんだ。とても満足感に満ちた表情だった。その後、師匠の葬儀までの間、僕は、棺の中の師匠と2人でいる時に僕はずっと師匠の顔を見つめ、このことを考えていた。そして、気付いたんだよ。『アトス・ラ・フェールは、幸福のうちに死んだんだ』と。師匠は、よく言っていた。『教皇王様、教団や愛する人のために、力を使え』と。師匠は、それができたんだよ」

 シンは、アントワーゼに優しく微笑んだ。

「シン・・・」

「だから、僕も同じようにする。教皇王様やを守るために行くよ」

 シンは、アントワーゼの肩を掴み、彼女の顔を見つめそう言った。


「え、あ、え、その・・・」

 これには、アントワーゼの顔が急に赤くなってしまった。

 

(え?もしかして、愛する人というのは?)


「じゃ、行ってくる。見送ってくれて、ありがとう。留守の間部隊を頼むよ!」

 シンは、アントワーゼの疑問には、気付かず、彼女の肩をポンと叩くと、小走りに手を振りながら走り去って行った。


「あ、あの、愛する人って?」


 アントワーゼは、去っていくシンの背中に問いかけたが、彼の姿は朝靄に包まれ消えていた。


 一人取り残されたアントワーゼの心は、この朝靄の霧のように晴れなかった。

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