第47話 アスラン血風11 公都からの脱出行(scene last)
アナスターシャ・グイーンは麾下のテンプル騎士等とともに、夜通し馬を走らせ、アスラン公都アークロイヤル方面に向かっていた。
朝焼けで地平線が白み始め、もうすぐ夜が明けそうだ。
「うん?あの馬車は?」
街道を外れたところに止まっている、馬車を見つける。
「あの黒いのは、次元馬車のようですね」
「王女・・。急ぐぞ!」
「ハッ!」
アナスターシャ・グイーンは、愛馬セイウンに拍車をかけると、グンとスピードが上がり、他のテンプル騎士等を置き去りにして次元馬車に辿り着いた。
「いけません。安静にしていないと!まだ、身体を動かすのは危険です」
「殿下をお救いせねばならんのだ。ジッとしてなどおれん!」
ヨウが、馬に乗ろうとするテンプル騎士のザック・リー・ワイルドを止めている。ザックは大量に出血した後だけに、まだ顔色は青白いままだ。この状態で身体を動かせるのはテンプル騎士たる者の不屈の精神力からだろう。
そこにアナスターシャが、やって来た。
「貴様は、ザックではないか?」
「うん?お前は、アナスターシャ!」
アナスターシャは、周りを見渡すが、エリザベス王女の姿が見えない。
「王女はどうしたのだ?」
「不覚、ここまで殿下をお守りして参ったが、妖しい技を使う黒衣の騎士とアルフレッド様にさらわれてしまった」
「何だと!」
アナスターシャの顔が、怒りに
「貴様、
「言い訳はせん。頼む、急いで王女を追ってくれ」
「当たり前だ!絶対に逃がしはせん。王女をさらった奴等は皆殺しにしてくれる」
アナスターシャ・グイーンの怒りに火がついてしまったようだ。
そこに、副官のヘーゼル・ウィンウッド等麾下のテンプル騎士達も追いついてやって来た。
「ヘーゼル付いて来い。王女を浚った奴らを追う。邪魔する奴らは殺して構わん。王女を奪い返すぞ」
「ハッ!」
アナスターシャは、
「これだ!これをやっと、我が手に!」
アルフレッドは。エリザベス王女の指から父アスラン公が保持していた『王家の指輪』を外し、恍惚の表情で見つめる。
しかし、そんなアルフレッドの感慨にお構いなく、騎馬2頭が近づいて来て、後方の部隊に接触し始めた。
テンプル騎士のジョニー・サマーとピート・シールクが追い付いて来たのだ。流石は名高いテンプル騎士である。後方の接触したアスラン騎兵は、次々と討ち取られていく。
「追ってか。半分は残って、あいつらを食い止めておけ!」
アルフレッドが、そう叫ぶと、部隊が二つに分かれ、一方の部隊は、アルフレッドのチャリオットを先頭に偃月の陣形を組み進む。もう一方の部隊は、ジョニーとピートに当たるため、2人を重包囲するように動いた。
さすがに、これには、テンプル騎士の二人も突破が上手く行かず足を止められた。
「行かん、王女を乗せたチャリオットが遠ざかって行くぞ」
襲いかかるアスラン騎士をさばきながら、ピートが叫ぶ。
「こんなところで足止めされている場合じゃないぞ!」
そこに、一騎の白馬が物凄いスピードで接近してきて、この包囲に突っ込んできた。
「ウギャーーーッ!」
アスラン騎兵の悲鳴が飛ぶ。
アナスターシャ・グイーンが愛馬セイウンに乗り、やって来たのだ。あっという間に騎兵等を吹き飛ばし、この重包囲を突破した。
「アナスターシャ様!」
ジョニーとピートが叫んだ。
「貴様等、王女はどこかわかるか?」
「はい。アルフレッド様が、チャリオットで連れ去っています。我々もここまで追ってきましたが、騎兵に行く手を阻まれてしまい、追いつけませんでした。不覚です」
「よい。私が追おう」
そして目の前のアスラン騎兵等を見回す。
「このアナスターシャ・グイーンの行く手を阻もうと言うなら、容赦はしない。覚悟してかかって来い!」
アナスターシャが、アスラン騎兵等を見回し一喝する。
「うわぁっ!無理だ。逃げるぞ」
「アマルフィの
アナスターシャの勇名は、周辺国まで轟いている。ましてや、アマルフィ王国内であれば、『アマルフィの戦乙女』を知らない者はいないのだ。
アナスターシャの姿を確認すると、あっという間にその場のアスラン兵は、逃げるように後退していく。
「アナスターシャ様、ご注意を。敵に妖しい術を使う者がいます。暗黒魔導教団シオの暗黒魔騎士を名乗る者です」
「シオ?暗黒魔騎士?知らんな」
「はい。剣に黒い煙を纏わせ、攻撃してきます。この煙に触れただけで、出血します。鎧でも防げませんので」
「そうか。案ずるな。だが、楽しみが増えたな」
アナスターシャは、二ッと笑った。そう言い残すと、愛馬セイウンをアルフレッドのチャリオットが向かったという方角に走らせた。
「追っ手がきます」
「何だ、あれは?尋常じゃない速度で近づいて来るぞ」
アナスターシャが駆る
アナスターシャの駆るセイウンは、接近してきたかと思うと、あっという間にアルフレッドのチャリオットに追いついた。
「アナスターシャだと?何故ここにいる?」
アルフレッドは、眼を見開き、額から冷や汗が流れる。
「公子、
アナスターシャが低い声を張り上げる。アナスターシャの黄色い瞳が射抜くようにアルフレッドを睨む。アルフレッドは、殺意を感じとった。
「うぬぬぬぬ・・・」
アルフレッドは、どうするか苦悶する。
「ほう、あなたが噂に高いアマルフィの戦乙女ですか?」
ラキの口元がニヤリとする。
「貴様か?暗黒魔騎士とやらは?いいぞ、こちらは相手になってやっても」
「そうですか?その言葉、後悔しますよ」
そう言った瞬間、ラキの姿がチャリオットから消えた。
「馬鹿!よせ!」
アルフレッドが叫ぶ。
すると、ラキは、次の瞬間、馬上のアナスターシャの真後ろに現れた。
「これで、お別れです」
ラキが黒煙の剣を背後から振り下ろす。
しかし、アナスターシャがニヤリと微笑み、アナスターシャの黄色い眼が光った
「何ッ!」
次の瞬間、ラキは、両手剣で何とか受けたが、遠く弾き飛ばせれていた。
アナスターシャは、腰の長いサーベルのような長剣を抜くや、ラキの剣戟を受けると同時に弾き飛ばしたのだ。ラキも早かったが、アナスターシャの剣戟は、さらにその上を行っていた。ラキの攻撃を予想していたというのではない。気を感じ、その流れが彼女には見えるのだろう。その感知する速度も尋常でなく、また反応速度も別格だ。これが、真の
ラキは、また、アルフレッドのチャリオットに姿を現した。
「馬鹿が!あの女は、普通じゃないんだよ」
「確かに・・・。この気は、何だ?まるで皇帝陛下のような・・・」
アルフレッドに指摘され、ラキの黒い仮面の下の表情は、読めないが、焦りが見られた。
「公子、もう一度言う。戦車を止めてもらおう。そして、エリザベス王女を引き渡してもらおう」
「わ、わかった。エリザベスは、渡そう」
アルフレッドのチャリオットは停車し、エリザベス王女を抱え降りた。剣を抜き、アナスターシャもセイウンから飛び降りると、二人に近づいた。しかし、ラキが、エリザベスの首筋に黒煙の剣を近づける。
「おっと、それ以上近づくのは、無しですよ。先程のであなたの実力はわかりましたので。エリザベス王女が、どうなるかわかりますよね?」
アナスターシャは、止まった。
ラキは、アルフレッドに目配せをすると、アルフレッドは、ラキに王女を預け、チャリオットに戻った。
「行け!」
アルフレッドを乗せたチャリオットは、スビートを上げ去っていく。
「では、エリザベス王女を渡しましょう」
気を失った王女を、ドンと前に押すと、ラキの姿は、陰となり消えた。
「王女!」
アナスターシャは、王女が倒れそうになるのを、腕で受け止めた。そして、王女を抱きかかえ王女の顔を覗くと、アナスターシャの表情に安堵の色が見えた。
やっと会えた。
朝焼けに照らされるエリザベス王女の顔は、少しやつれたように見えるものの、アナスターシャの知る顔よりも強く成長したように見えた。別れて1カ月にも満たない間に、王女に起きた出来事を想うと、自分の不甲斐なさに歯噛みする。そして、自分が傍らにいない間付き添っていたある男の顔が、浮かぶと、怒りに身体が沸騰しそうになった。
そこに、ヘーゼル・ウィンウッド率いるテンプル騎士団がやって来た。
「アナスターシャ様、ご無事で!おお、エリザベス王女殿下を取り戻されたのですね」
ヘーゼルが、馬を降り、アナスターシャの傍らに来て言う。
「うむ、ご苦労であった」
「して、いかがいたしましょう?アルフレッド公子を追いますか?」
「いや、止めておこう。相手は、アスラン騎士だ。身内同士の闘いを王女は望むまい。それに、命令無視でここまで来たからな。すぐに引き返す」
「御意」
エリザベスが、アナスターシャの腕の中で薄っすらと眼が開く。
「王女」
アナスターシャが、普段の彼女から想像しがたい優しい声で問いかける。
「・・・」
しかし、エリザベスは、眼が開いても、すぐには認識できていないようだ。
「ターシャ・・・?ターシャなのね!」
少し間を置き、エリザベスは、アナスターシャの首筋に抱きついた。
「お、王女!」
「ターシャ、良かった。無事で」
アナスターシャは、エリザベスを降ろす。
「王女こそ。王女の危機に、このアナスターシャ・グイーン傍らにいなかったこと、誠に不覚です」
「良いのです。あなたが、ここにいるということは、ボン奪還は成ったのですね」
「御意」
「よくやってくれました。これで西方の異民族もしばらくは、大人しくなりましょう。でも、どうしてここに?」
「王都で王女がアスランに向かわれたと聞き、居ても立っても居られず、急ぎ参りました」
「ウフフフ、ターシャは、心配性ね」
エリザベス王女は、笑った。
「王女、表情が変わられましたね」
「そうかもね。ターシャ、私はこの国を守っていくために強くならないといけない。
エリザベス王女は、この時、右手の中指に付けた「王家の指輪」が無いことに気づいたが、何も言わなかった。
アナスターシャはこの日を待ちわびた。
エリザベス王女は、前から芯の強い印象はあったが、筋の通った強さを感じさせた。自分がいない間に王女は、強く成長したように感じた。数々の修羅場を潜り抜けたせいだろうか。
(もうこんな危険な目に遭わせるわけにはいかない)
これからはエリザベス王女の傍を離れまいと、アナスターシャは、誓うのだった。
そこに、ザイドリッツ右大臣、ヨウとザック・リー・ワイルド等テンプル騎士もやってきた。
「おお、殿下ご無事で!」
ザックは、エリザベス王女の前に跪いた。
「殿下、申し訳ありません。お守りできず、このザック不覚を取ってしまい・・・」
「良いのです。ワイルド卿、私のために傷を負わせてしまいました。あなたの忠義に感謝します。傷は大丈夫ですか?」
「勿体なきお言葉。ヨウ殿の治療のおかげ、大丈夫です」
「ヨウ、ありがとう」
「いえ」
ヨウは、照れ臭そうに顔を背ける。
周囲を見回し、続々と集まって来た味方に安心したものの、一人の男の姿が見当たらないことにエリザベス王女は不安を覚えた。
「殿下、どうかしましたか?」
ザイドリッツ右大臣が訊く。
「あの、アレクセイは?まだ、戻らないのですか?」
「そういえば・・・」
「そうだ、あの男はどこに行ったのだ?」
アナスターシャは、エリザベス王女とは別の意味で気になるようだ。
「暫く経ちますが、大きな竜の気配が消えました。恐らくアレクセイ様があのアスラン公に化けた竜を討ち取ったと思われます」
ヨウが告げる。
「それはいつ頃ですか?」
「3時間程前ですね」
「では、何故アレクセイはまだ戻らないのですか?」
エリザベスは、それを聞いて一層不安になった。
「それは・・。」
ヨウも気になっていたことだ。アレクセイの命令のため、王女の護衛を優先していたが、アレクセイの気は感じるものの、偽のアスラン公との闘いの後弱くなっていたので、傷を負ったのかもしれないと考えていた。相手は、最強部類のPS級のドラゴンだ。アレクセイと言えども、容易な相手ではなかったはずだ。
「王女、私はアレクセイ様の元へ行きます」
「元よりお願いします」
エリザベス王女は、不安の表情を隠さない。
その時、朝日を浴びながら、近づいて来る物体が見えた。
「うん?あれは?」
朝日に照らされた真紅のボディーの物体が、あっという間にやってきた。
アレクセイのシュライダーだ。
「アレクセイ!」
エリザベス王女が歓喜して駆け寄る。アレクセイがシュライダーを降り、エリザベス王女に微笑みながら近づく。本当は、その胸に身を投げたかったろうが、エリザベス王女は、すぐ近くで止まった。
「アレクセイ、ご無事で・・・、良かった。私、私・・・。う、うう・・」
エリザベス王女は、戻って来たアレクセイの顔を見ると赤い瞳から涙が急に溢れ出て来た。
「王女、アスラン公の死に立ち合い、とても辛かったことと思います。でも、ご安心を。首魁の偽のアスラン公である竜は
「ああ、そうですか。それよりも、あなたがご無事であって良かった・・」
「泣かないでください。私は大丈夫ですから」
そう言うと、傍らまで来た王女の涙をさも自然に指で拭い、優しく微笑む。
「はい、そうですね」
エリザベスも笑顔を向けた。
アレクセイとエリザベスの二人の空間にピンク色のハートマークが見えそうになった時だ。
カチャッ!
「おい、アレクセイ!貴様、王女に何をしている?」
アナスターシャが、気に食わないとばかりに、アレクセイの首筋に剣を突きつけた。
「うわっ!ちょっと、いきなり危ないよ」
「ターシャ、やめて。アレクセイは、私の涙を拭いてくれただけです」
「だったら、さっさと王女から離れろ!」
「はいはい」
アレクセイは、両手を上げてアナスターシャの剣に斬られないよう距離を取った。
「うっふっふっふ。さーて、不届き者をどう成敗するかな」
アナスターシャが指をボキボキ鳴らしている。
「え?ちょっと待ってよ。不届き者って、僕のこと?」
「お前以外にいるか!」
「ダメよ、ターシャ!」
アナスターシャが、拳をあげ、アレクセイに殴りかか・・・、
るが・・・。
トン・・・。
「・・・」
アレクセイは、覚悟していたが、訳が分からないとキョトンとしている。
「よく王女を守ってくれた。こ、今回は・・・、貴様に感謝する」
アナスターシャはアレクセイの胸を軽く叩くと、顔をそむけた。
少し顔が赤みがかっているように見える。アナスターシャにすれば、これが精一杯の感謝の表現だったのだろう。照れ臭くて仕方ないようだ。
しかし、アレクセイは・・・・。
「何だ。やっとわかってくれたのかい。僕は嬉しいよ」
そう叫ぶとアレクセイは、喜びが一杯になり、アナスターシャを抱き締めた。
「うわっ!何をする」
「ターシャ、僕は君に嫌われていると思っていたからね。これは友情のハグさ」
「馬鹿!離せ!」
褐色肌のアナスターシャの顔の赤みが増した。
「ハハハハ、そんなに照れなくてもいいよ。友情のハグはしっかりするものさ」
「まあ、アレクセイとターシャが仲良くなるなんて、私も嬉しいわ」
歓喜してエリザベス王女の眼から涙が零れる。
「いえ、違います、王女!こいつと仲が良いなんてことはありません!えーい、いい加減に放せ。馬鹿者!」
ついに、アナスターシャが切れて剣を抜いた。
「うわ!危ないよ、ターシャ」
「その名前で呼ぶなと何度言ったらわかる!」
アナスターシャが、アレクセイに剣を振るう。完全にアナスターシャは、切れたようだ。
「うわっ!」
アレクセイは、それを避けると、逃げ出した。
「このっ!待ちやがれ。刀の錆にしてくれる!」
アナスターシャが、剣を振り回し、アレクセイを追い回す。
「もう、危ないって!」
「問答無用!」
その時、アレクセイの耳元のイヤリングが、明滅した。
「ちょっと待って!通信が・・・」
アレクセイが、アナスターシャの方を向いて立ち止まる。
「うるさい!」
アナスターシャがアレクセイの顔面に剣を振り下ろした。
「え?何だって!カラミーアの領都が壊滅した?」
「何ッ!」
それを聞いて、アナスターシャの剣がアレクセイの目の前で止まった。
「スフィーティアは?スフィーティアはどうしたんだ!」
アレクセイは、焦眉の報せに声を荒げるしかなかった。
(「アスラン血風」完)
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