第46話 アスラン血風11 公都からの脱出行(scene3)

 紫陽月しようづき(6月)17日 寅時いんじ二つ時(4時前頃)。


 アレクセイと別れたエリザベス王女の方だ。


 ザック・リー・ワイルド等テンプル騎士に護衛されながら、エリザベス王女の乗る次元馬車は王領への街道をひた走りに走っていた。


「アレクセイ・・・」


 まだ夜明け前の車窓に流れる星明りの景色を見つめ、思わず、エリザベス王女の口から不安が漏れ出た。

「王女、ご心配なく。アレクセイ様は、必ず竜を討ち果たし、戻ってきます」

 それを察したヨウが、対面して座る王女の手に自分の手をあてた。

「ヨウ・・・。そうですね。私たちがあの方の勝利を信じなくてはなりませんね」

 エリザベス王女が、ハッとして気づき、応えた。

「はい」


 しかし、後方から土煙を上げながら、いつの間にか騎馬の群れが、近づいて来ていた。

 

 公都アークロイヤルからの追っ手のアスラン兵の騎馬部隊だ。ざっと五百騎から千騎はいそうだ。

「私が、ここは食い止めましょう。殿下は、このまま先に行ってください」

 ザック・リー・ワイルドが、エリザベス王女の馬車にそう叫ぶ。


 しかし、エリザベス王女は首を横に振った。

「いいえ、ワイルド卿。追っ手もアスランの部隊とはいえ、アマルフィの兵士達であることに変わりはありません。今ここで、争うわけにはいきません」

「しかし・・・」

「伯父様も、アスランとアマルフィが争うなど望んでいません。私が、追って来る部隊長と話してみましょう」

「わかりました」

 次元馬車は、スピードを落とし、ゆっくりと停止した。



 アスランからの追っ手の騎馬部隊は、馬車を取り囲むように包囲する。


 次元馬車は停車したが、その周囲には、ザック・リー・ワイルドを含む騎馬のテンプル騎士三騎が、守るように、近づいて来るアスラン兵に対する。

 テンプル騎士の姿を確認すると、アスラン兵は、止まった。一騎当千のテンプル騎士が相手であることに、警戒したのだ。


「ええい、何を躊躇ためらっておるか!」

 すると、叱咤するように、包囲した軍の中から煌びやかな勲章のついた紺色の軍服に身を包むアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィが、馬に引かれた戦車チャリオットに乗り前に出て来た。

「あなたは、アルフレッド公子」

「ザックではないか。貴様は、父アスラン公の恩義を受けながら、アスランに楯突く気か?」

「滅相もない。私のアスラン公への忠義に揺るぎはありません」

「ならば、そこをどけ!俺は、エリザベスに話があるんだ」

 アルフレッドは、ドスの効いた声をはりあげた。

「退けません」

 しかし、ザックは首を横に振る。

「貴様・・・」

 アルフレッドは、ザックを睨みつける。


「良いのです、ワイルド卿」

 次元馬車のドアが開くと、エリザベス王女が馬車から降りようとする。

「いけません。エリザベス様」

 ザックが馬車から降りるのを止めようとする。しかし、エリザベス王女は、ニコリと微笑み、ザックの制止を手で避け、馬車から出て来た。後ろには、ヨウとザイドリッツ右大臣の姿もあった。


「良い心がけだ。エリザベス」

 アルフレッドが、気色の悪い笑みを浮かべる。

「何ですか?私は、あなたのきさきにはなりませんよ」

「事がここまで来てしまった今、そんなことは後回しだ。お前がアスラン公おやじ、奪ったものを渡してもらおうか?」

「私が、伯父様を殺したですって!」

 エリザベス王女は、肩をわなわなと振るわせ、赤い瞳がアルフレッドをキッと睨む。

「お前があの剣聖アレクセイ・スミナロフと、親父がいた塔から出て来たのを目撃した者がいるんだよ。それを聞いた俺は、お前が出て行った後、塔に入ったんだ。既に親父が死んでいたよ。お前が、あの剣聖アレクセイ・スミナロフと結託して殺したんだ」

 アルフレッドは、さらに気色の悪い不敵な笑みをたたえ、言った。

「何と破廉恥なことを言うのですか!あなたこそ、あんな偽物と結託して伯父様を塔に幽閉したのでしょうに!あなたの方が伯父様を裏切ったから。だから、伯父様は、死の間際に私にこれを託し、アスランを頼むと遺言されたのです!」


 エリザベス王女は、右手にはめた『王家の指輪』を掲げた。


「そう、それだ!その指輪だ!さあ、寄こせ。それは、俺が継ぐものだ」

「いやです。伯父様のアスランを守る、アマルフィを守るという意志は私が継ぎました。敵国に国を売ろうなどというあなたに渡すものですか!」

「何をーッ!おい、あれを奪うんだ!」


 アルフレッドは、黒衣のローブを纏った傍らの男に声をかけた。フードの下の目元を黒い仮面で隠していて、顔は確認できない。ローブの下に、黒の騎士風の正装がチラチラと見える。結婚式会場にいた男だ。

 アルフレッドに促されると、男はエリザベス王女に近づく。


「あなたは、あの館の時(※)の仮面の・・・」

(※第25話・26話の「エリザベス王女誘拐事件」をご確認ください。)


「ふふ、エリザベス王女、弟は、失敗したようですが、私はそうはいきませんよ」

「弟?」

「エリザベス王女、あなたは、我らの計画に必要な方だ。ここは、自己紹介しておきましょう。私は、ラキ・アルザイ。暗黒魔導教団シオの暗黒魔騎士です。我らシオは、このアーシア世界の再生再興を目指しています。そのために、聡明で賢明なあなたのご助力を是非得たいのですよ」

「シオ?アーシアの再生?」

「そうです。このアーシアでは、争いが絶えない。国同士の争い、領土紛争、民族間の抗争。だから、アーシア世界の統一が必要なのです」

「何を言っているのですか?ルーマー帝国こそが、このアーシア西ヴェストリ大陸で戦争を引き起こしているというのに!」

「王女、それは、狭い見方です。帝国は、器にすぎないのです。帝国という器にアマルフィも他の国も入れば、良いだけのこと。それを邪魔する連中こそが、この世界アーシアを混乱させているのです」

「秩序を乱しているのは、帝国の方です。帝国が周辺国に争いを仕掛けているから、私たちは、自衛のために戦うのです。当然のことでは、ありませんか?さらに、ここ頻発しているドラゴンの脅威です。これに、あなた方は、どう対処するというのです?」

竜達ドラゴンこそが、世界再生再興のために動いているのですよ。彼らは私達を導いているのです」

「馬鹿なことを!町を襲い、人々を殺し、苦しめ恐怖を与える存在に私達の運命を委ねるなど馬鹿げた発想です」

「近視眼的な見方ですね。今の苦難を受け入れられないようでは、より良い未来得られない」

「だからと言って、今の人々がドラゴンに苦しめられる理由にはなりません。だから剣聖がいるのでしょう」

「剣聖・・。本当に憎らしい存在だ。我らの計画に干渉し邪魔してくる」

 ラキの口元が歪む。

「違います。剣聖は、人間ひとでは対処できないドラゴンを狩り、希望をもたらす存在です。彼らがいなければ、人間は、ドラゴンの前に打ち震えて耐えるしかなかったのですから」

「話になりませんね。剣聖を褒めたたえるなど。いいでしょう。あなたのその考えを私が改めさせてあげましょう。このラキ・アルザイが」

 そう言うと、ラキは、歩みをエリザベス王女の方に進める。



「殿下、お下がりを。こ奴からよからぬ黒い気を感じます」

 テンプル騎士筆頭騎士エインヘリヤルのザック・リー・ワイルドが、無双のグレイブを構える。

「テンプル騎士よ、邪魔をするな」

「うるせぇ!そう言われて、下がる奴はテンプル騎士じゃねえんだよ。てめえこそ、死にたくなければ、下がって道を開けやがれ」

 そう言うと、グレイブを振りかぶり、暗黒魔騎士のラキに斬りかかった。

「愚かなことを」

 ラキは、ローブの下の両腰に黒色の剣を二振り差していたが、その一刀を抜いてそれを軽々と受け止めた。

「何だと!俺の一撃を受けた!」

 ザック・リー・ワイルドの巨体から打ち下ろすグレイブの一撃は強力だが、ラキはそれを受けた。思えば、結婚式会場で剣聖アレクセイ・スミナロフの剣撃も受け止めた男である。それ位は、造作ないことなのかもしれないが、とても細身のその体形から膂力だけで受けているとは到底思えないのだ。


「ザック様、下がってください。この男は危険です」

 そこに、忍びのヨウが上空から短刀を抜き、襲いかかる。しかし、これも、もう一刀の黒い剣を抜き受けた。

「ふ、剣聖の犬もいましたか。どうやら、遊びたいようですね。いいでしょう。相手になってあげますよ」

 二人の攻撃を弾き返すと、ラキの口元が、ニヤリと笑う。

黒煙帯導エシャン・トランフェール

 二刀の黒剣を滑り合わせると、黒い煙が剣を薄く覆った。

「注意してください!あの煙は、出血を強いますので」

 ヨウが叫ぶ。


「何だと!だが、知っていれば、どうということはない。行くぞ!」

 ザックは、グレイブを旋回させると、鋭い突き攻撃に切り替えた。眼にも止まらない速さの突きだ。これは避けるのは大変だ。ラキは、後ろに下がって回避せざるを得ない。どんどん後退していく。

「せやーっ!」

 ヨウは、素早くラキの後ろに回り込み、ラキの背後から短刀による攻撃をしかけた。

「もうよいでしょう。加速移動スぺシュート

 ラキの姿は、スッと消え、ヨウの一撃は空を切る。

「え?」


「ウグっ!」 

 ザックが、胴の辺りを黒煙刀で斬られて、膝をついた。

 と言っても、斬られた胴の辺りに鎧の損傷は無かった。しかし、斬られた箇所からは、血がドンドン、溢れ出て来る。刀に纏った黒煙が鎧を貫通し皮膚に触れたのだ。そして傷口を侵食していく。


「ワイルド卿!」

 エリザベス王女が叫ぶ。

 と同時に、ラキは、エリザベス王女の背後に現れたのだ。

「さあ、一緒に来てもらいますよ。王女様」

「え?」

 後ろから囁き声に、エリザベス王女が後ろを振り向く。

 ラキが、黒い仮面を取ると、黄色い瞳が怪しく光る。

「ああ・・」

 エリザベス王女が意識を失い、ラキは抱き止めると、近づいて来たアルフレッドの戦車チャリオットに飛び移った。

「目的は達した。よし、引き上げるぞ」

 アルフレッドが、勝ち誇ったように叫んだ。

「花嫁は貰っていくぞ。アッハッハッハ!」

 アルフレッドとラキ、そしてエリザベス王女を乗せたチャリオットとそれに続いて騎馬部隊は、走り去っていく。



「私は良い。王女を追ってくれ」

 テンプル騎士のザックが、腰の傷口に手を当てながら、膝を追った。

「いけません。ザック様がこのままでは、出血死してしまいます。王女は、ジョニー様とピート様のお二人に任せましょう。黒魔法を侮ってはいけません。ドンドン身体を蝕んでいきますから」

「お任せを」

「追うぞ!」

 テンプル騎士のジョニー・サマーとピート・シールクは、互いに顔を見合わせると、チャリオットが向かった公都アークロイヤル方向に馬を走らせた。


 ヨウは、ザックの受けた傷口の辺り見る。剣の裂傷は無かったが。黒煙がふれ、黒ずんだ皮膚が赤く爛れ、ジュクジュクし、血が溢れ出ているのだ。黒魔法を中和するとともに、傷口を修復する必要がある。聖魔道士の神聖魔法には黒魔法のこうした傷を癒す魔法があるが、ヨウは魔道士ではない。しかし、ドラゴンを研究する剣聖団には、黒魔法に対処するアイテムが用意されている。ヨウは、それを使った。

「痛みますが、我慢してください」

「ウっ!」

 塗り薬のようなものだが、効果は折り紙付きだ。ヨウは薬を塗り終えると、包帯を巻いた。

「血はすぐに止まりましょう。傷の修復には暫くかかりましょうが、ザック様ならばそれほどかからないでしょう。しかし、体力を奪われております。暫くは身体を動かさないように」

「ハア、ハア、ハア・・・。ヨウ殿、感謝する。だが、わしは行かねば・・・。この上、エリザベス様まで助けられなければ、アスラン公しゅくんに申し訳が立たぬ」

「しかし・・」


 ザック・リー・ワイルドは、騎士の中の騎士だ。その忠義心は鋼鉄のように硬い。主君のアスラン公を救えなかった今、エリザベス王女を救うことが、己が為さなければならない忠義だと揺るぎのない意志を示すのだった。


                                (つづく)

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