第45話 アスラン血風11 公都からの脱出行(scene2)

 偽のアスラン公自らが、獅子頭の魔獣に乗り、追ってきた。


「王女は、次元馬車の方に移動してください」


 先頭にいる偽のアスラン公の姿を確認すると、アレクセイが振り返り言った。

「え?」

「私が、食い止めます。あれは、ドラゴンですから。ここからは、私の仕事です」

「アレクセイ・・・」

 エリザベス王女のアレクセイを掴む手に力が入り震える。それを、察したアレクセイがエリザベスの手に自分の手を合わせ言った。

「ご安心を。私は。大丈夫ですから」

「でも・・」

「言ったでしょう?私は強いのですよ」

 アレクセイは、何も不安など無いと言う様に微笑んだ。


「わかりました。でも、必ず、必ず帰って来てください」

 エリザベスは、語尾に力を込めて言った。

「はい、必ず戻ります」


 アレクセイは、次元馬車にシュライダーを寄せた。

「ヨウ、王女を頼む」

 ヨウが馬車の扉を開け、手を差し出す。

「王女、手を出してください」

「はい」

 エリザベス王女が、右手をヨウの方に手を差し出すと、ヨウはエリザベス王女の手を握り、馬車の中に引き入れた。


 王女が、馬車に移ると、アレクセイは、シュライダーの速度を落とす。

 すると、見る見ると馬車とシュライダーの距離が広がって行く。


 馬車の窓から身体を乗り出し、エリザベス王女が叫んだ。

「アレクセイ、アレクセーーイッ!」



 エリザベス王女の悲し気な叫びがアレクセイの背中を押した。


 アレクセイは、シュライダーの鼻先ノウズ(シュライダーには車輪はなく空中に浮いて走る)を上げると、シュライダーを180度旋回ターンさせた。着地すると、自分の名前を呼ぶエリザベス王女の声を背に、地を覆うように横並びに迫って来る敵陣に向かった。

 

 追って来る敵は、偽のアスラン公以外は、魔物、魔獣等だ。黒狼ルーフ小竜ワイバーンがほとんどだが、それに大きな魔獣として嵌合魔獣キメラがいた。キメラは、頭が獅子、身体が山羊、尻尾が大蛇の魔獣だ。ほとんどがルーフとワイバーンで数百体にのぼり、大柄なキメラが数体混じっており、偽のアスラン公も嵌合魔獣キメラに乗り追いかけて来た。


 相手が、魔物であれば、遠慮は無用だ。向かってくる魔物の列に、アレクセイは、シュライダーのコックピットに立ちあがり、剣聖剣レッド・パージを真上に構えた。そして、上空に向けて軽く2,3回回転させると、火柱が上空高く舞い上がった。それは、空つんざくほどの勢いの火柱だ。

 

「喰らえ!爆炎速波ソニック・フレイム!」


 敵の列が数百メートルの距離まで近づくと、アレクセイは、横に上半身を捻って、右水平に降ろすと、右側から左側に剣で薙ぎ払うように剣を振るった。すると、炎の爆炎線が地表を走り、魔物の列を炎に包んで行く。


 ウギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッーーーーーッ!


 魔物の阿鼻叫喚の悲鳴がその場に充満する。


 さらに、生き延び、突破してきた魔物等にも、アレクセイは、第2波の爆炎速波ソニック・フレイムを放つと、魔物魔獣部隊は、あっという間に壊滅した。


 アレクセイは、少し距離を取ったところで、シュライダーを止めて、爆炎線の方を確認する。すると、爆炎線の炎の中から、大柄の男がゆっくりと進んできた。


 偽のアスラン公である。


 歩いているという事は、乗っていたキメラは爆炎速波で焼殺されたのだろう。


「フフフ、フハッハッハッハ!大したものだよ。剣聖アレクセイ・スミナロフ」

ドラゴンに褒められても嬉しくないぞ」

 アレクセイが、を睨む。

「そうか。では、やろうか!」

 アスラン公に化けた竜から笑みが消えた。


 姿は、近づきながら、右手を前に出し、握ると、ピリピリと腕の辺りが、雷気を帯び始めた。そして、掌を上にして指を前に出すと、放電が起き、アレクセイの方に飛ぶ。アレクセイは、それを剣聖剣レッド・パージを車輪のように大回転させて弾いて防いだ。

 そして、すぐさまシュライダーをオートモードに切り替ると、前方に大きくジャンプする。シュライダーは、前へと進み、アスラン公の姿の竜の方に突っ込んだ。竜は、直進してくるシュライダーを避け跳躍した。そして、さらに上空から落下してくるアレクセイにニヤリと笑みを浮かべた。


 ガキーンッ!


 アレクセイは、レッド・パージを上段からアスラン公の姿の竜に叩きこむ。

 しかし、竜は、それを雷撃の帯びた右腕で受け止めた。


炎撃解放フレイム・アウト!」

 アレクセイが叫ぶ。


 レッド・パージが赤く熱を発すると、炎撃を解放し、炎が剣身から迸る。普通であれば、この炎で焼かれるだろう、

 しかし、アスラン公の姿の竜の雷撃もそれに劣らず大きくなり、炎撃と雷撃が混じり合うと、両者はそれぞれの竜力に圧され、弾き飛ばされた。


 大きく飛ばされ、両者は地面に着地した。


「ふっふっふ、面白くなってきたわ。もっとお前の力を見せて見ろ!アレクセイよ。我を楽しませてみよ!」

「堕竜が!僕の力を甘くみないことだ。早く真竜の姿にならないと・・・、すぐに死ぬぞ」

 アレクセイは、眼を細めて睨みつける。

「我を堕竜呼ばわりするか。気に入らぬな。下等な人間風情が、我を愚弄するなど、あってはならぬ!貴様などこの姿でも一瞬よ」

 アスラン公の姿の竜は眉間に皺をよせドスをきかせる。

「怒ったか?それが、お前に死をもたらすだろう」

「もう、良い。さっさと死ぬが良い!」


 アスラン公の姿の竜は、両手を広げると、腕から強烈な雷気を帯び、天に向かって稲光が走る。いや、天から落ちてくるようにも見えた。アスラン公の姿が強力な電撃でピカっと光った。


 しかし、そのアスラン公の姿の竜を包む光が発した瞬間だ。


「うぐわッ!」

 

 アスラン公の姿の竜が血反吐を吐いた。


 何が起こったのか?


 レッドクリスタルの全身鎧アーマーヘルムに身を包んだアレクセイが、剣聖剣レッド・パージでアスラン公の姿の竜の胸を貫いていた。


「き、貴様・・・」

「しゃべり過ぎだ。お前の土俵で僕が闘うと思ったのか?」

 アスラン公の姿の竜が、スミナロフ家の家紋である金色の双頭の鷲が刻印されたいかり肩の鎧の肩部を掴む。

「ふ、ふふ、甘いぞ、アレクセイ・スミナロフ。貴様を道連れにしてやるわ」

 アスラン公の姿の竜の身体から超強力な雷撃が迸り始めた。さらに天に暗雲が立ち込めはじめ、ゴロゴロと唸り始めた。

「まだ死ぬ気はないよ。終わりだ」

 レッド・パージから炎が迸ると、獄炎がアスラン公の姿の竜を包み、業火で焼かれ始めた。


「ウワッハッハッ、ハァーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 アレクセイは、レッド・パージを上空に斬り上げ、上空高く火達磨のアスラン公の姿の竜を放り上げた。

 そして、強烈な雷撃が、竜に直撃し、焼かれた肉片が飛び散り、燃えカスが灰となって舞い散って来た。

 しかし、それらが地上に落ち切った後も、キラキラと光る黄色い宝石が宙に浮いていた。その宝石の中心付近が黒く輝いていてを持っているかのよう動いている。


 アレクセイが、透明な翼を一羽ばたきさせ、近づくとそれを手に納めた。

 これは、少し普通の見た目とは異なるが、間違いなく『竜の心臓の欠片』だ。

 

 『竜の心臓の欠片』は、竜の心臓に宿るである。


 

 アレクセイは、静かに地面に降り立つと、鎧形態アーマーが解除され、白いロングコートの正装状態フォーマルに還る。

 そして、膝から崩れ落ち、吐き気をもよおし、口に手を当てた。

「ゲホッ、ゲホッ・・」

 手を口から放すと手にはべっとりと血がついていた。しかし、それでは収まらなかった。

「ゲホッ、ゲホッ・・・、ゲホッ、ゲホッ、ウグェっ!」

 血を伴った咳が暫くつづき、最後に血反吐が噴き出した。


「ハア、ハア、ハアー、ハア、ハア、ハア・・・」

 咳が落ち着くと、息が苦しくなり、アレクセイは、地べたに倒れた。

「ハア、ハア、ハア・・・。ふふふ・・・、無理をしたようだ」

 そのまま、暫く動けなくなる。

 

 これは、竜力を酷使したことによる代償。


 アスラン公に化けた竜は、雷竜であった。階級ランクは、最上位のPS級だろう。アレクセイも短時間で蹴りをつけるためにを使わざるを得なかったということだ。長期戦になれば、竜の方に有利に働いたことだろう。


 アレクセイは、仰向けに地面に横になる。

「スフィーティア、僕の力は、やはり君には及ばないようだよ」

 アレクセイは、金色髪の青碧眼のスフィーティアの顔を思い浮かべた。


『また、お前は、無理し過ぎだ』

 そんな彼女の棘のある声が聞こえてきそうに思えた。


 先ほどまでの張り詰めた表情は抜け、いつもの温和な表情に戻っていた。


「アライン(※)・・・」

 アレクセイは、星々を見つめて血が滴る口からそう呟いた。

 それは、アレクセイのかつての同僚で死んでいった女性剣聖の名だ。

 褐色肌の赤と黒のメッシュのショートヘアのボーイッシュな顔が、二ッと笑っている姿が浮かんできた。

 

(※剣聖アライン・エル・アラメインの話は、拙作『剣聖の物語 剣聖スフィーティア・エリス・クライ 序章』の第10話「宿命を燃やして」からをご覧ください)


 そして、血がべっとりついた右掌を夜空に掲げた。


「はあ・・、僕も、そっちに行くのもそう遠くなさそうだよ」

 アレクセイの朱色の瞳から一筋の涙が頬を伝った。

「でも、もう少し待っていて欲しいんだ。僕には、まだやることがあるから・・・」


 アレクセイの朱色の瞳に星々が煌めていた。


                                 (つづく)

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