第44話 アスラン血風11 公都からの脱出行(scene1)

 剣聖アレクセイ・スミナロフとエリザベス王女がアスラン公救出に向かっていたのと同じ頃。


 剣聖団で裏方の仕事を担う黒子くろこのヨウとアマルフィ王国宰相右大臣のグリッツ・フォン・ザイドリッツは、大聖堂で衛兵等からの追撃を振り切り、ヨウが用意した次元馬車を目指し、走っていた。


「ザイドリッツ様、もうすぐですよ、頑張ってください」

 ヨウがザイドリッツの方を振り返り励ます。

「はあ、はあ、はあ。ありがたい・・。もうへとへとだ」


 しかし、目の前に公都の衛兵等が立ちはだかった。その中にはテンプル騎士の姿も見えた。

 テンプル騎士は、一騎当千と言われるアマルフィ王国の精鋭騎士だ。青い軽装鎧に身を包んでいた。


「しつこい!」

 ヨウがぼやく。


「ザイドリッツ卿。ここまでです。アスラン公の元へ戻ってもらいましょうか?」

 前に出てきたテンプル騎士が言う。

「貴公もテンプル騎士であれば、主君が誰であるかわかろう。わしは君命でエリザベス王女を補佐するためアスランに来た。真のアスラン公であるならまだしも偽物のアスラン公の言うことなど聞けぬな。そこを通してもらおう」

 そう言うと、ザイドリッツ右大臣は腰の剣を抜く。

「まだそのような戯言を。仕方ありません。少々痛い眼を見て頂きましょう」

 テンプル騎士が抜刀し、ザイドリッツ右大臣に長剣を振り下ろす。しかし、これをヨウが前に出て、双刀で受け、弾いた。

「ザイドリッツ様、下がってください。ここは、私が」

「うむ、すまぬ」


「娘、テンプル騎士の実力を舐めるなよ」

「さあ、どうでしょうか。今のところ怖くもないですが」

「何を!」

 そのテンプル騎士は、怒りを表すと、攻撃力が増した。長剣による鋭い突きや、薙ぎ払いの剣撃でヨウを襲う。ヨウは、それをすんでのところでかわすと懐に飛び込み、双刀を逆に持ち替えると、飛び上がり、鎧の薄くなった肩の辺りを斬りつけた。そして、バック宙して着地すると、テンプル騎士の肩部から出血し、よろめいた。


「ウグっ!」


「おお、テンプル騎士を傷つけるとは!ヨウ、お主やるのう」

「そうでもないようですよ」

 だが、テンプル騎士は、すんでの所で身を引き、傷は浅かった。


「ふん、何のこれしき。ふーッ、ふんっ!」

 テンプル騎士は、出血した肩に手を当てると傷口が完全に塞がったわけではないようだが、出血が止まる。

 何かの体術チャクラだろうか。


「参る!」


 ここからヨウとテンプル騎士の撃ち合いが始まった。

 

 撃ち合いが数分続くと、ヨウの速さがテンプル騎士を上回り始め、テンプル騎士を斬りつけて行く。ヨウは、テンプル騎士の鎧の弱点をつき、腕の関節、胸鎧の隙間、脚の関節などを傷つけて消耗を誘った。テンプル騎士の動きが鈍り、ヨウが首筋に止めを刺そうとしたその時だ。突然横から、鉄球の周りに棘のついたメイスによる一撃が、ヨウを襲った。ヨウは素早くそれに反応し、双刀で受け、直撃を免れたが、大きく弾き飛ばされ、地面を転がった。別のテンプル騎士がスッと近づき、後ろからヨウを長柄のメイスで攻撃したのだ。


「ヨウ!」

 ザイドリッツ右大臣が叫ぶ。

「何をボケっと見ているか。そいつを捕らえよ」

「お主、それでもテンプル騎士か。卑怯であろう!後ろから狙うなど」

 長い棍棒を持ったテンプル騎士にザイドリッツが言った。

「戦いに正も悪もありませんよ、ザイドリッツ卿。さあ、大人しくご同行願いましょう」


「うぬぬぬ・・・」

 ヨウは衛兵に捕らえられ、ザイドリッツ右大臣は、テンプル騎士にメイスを突きつけられ、歯噛みした。



「確かにその通りだな」

 低く太い張りのある声が取り巻きの衛兵の後ろから聞こえて来た。

 そして、兵士等を飛び越え、大柄の男が、ザイドリッツ右大臣のいる方に飛び降りて来くると、男の持つ長いグレイブがテンプル騎士のメイスを打ち落としていた。

「うっ!」

 そして、男は、ザイドリッツ右大臣の方を振り向いた。

「お主は、ザックではないか!」


 この男は、ザック・リー・ワイルド。年齢は30代半ば頃。アマルフィ王国テンプル騎士団筆頭騎士エインヘリヤルが10騎の1人。濃い金髪と胸まで届く長い髭、青い瞳の大柄で筋骨隆々の美丈夫の騎士だ。無双のグレイブの使い手である。青と銀色の調和の取れた鎧に身を包む。


「遅くなり、申し訳ない。右大臣殿」

「お主、今まで何処にいたのだ?」

「ルーマー帝国に不穏な動きがありとの情報でアスラン公の命で国境付近まで。しかし、特に何も無く偽情報だったようで。公都でエリザベス王女とアルフレッド公子の挙式の情報が入り、不審に思い、急ぎ帰還したところだった。ただ、今は、ここを突破するのが先だ」

「ザック様!」

 二人のテンプル騎士が叫ぶ。 

「ジョニー・サマー、ピート・シールク、貴様等テンプル騎士でありながら、エリザベス王女殿下に弓を引く気か?ならば、筆頭騎士エインヘリヤルである俺が相手になるぞ」

 ザック・リー・ワイルドは、グレイブを一振りし、二人のテンプル騎士に身構え、一喝した。

「それは・・」

 二人のテンプル騎士は、顔を見合わると、頷き、ザックの前に膝を付いた。

「滅相もありません。我ら、これよりザック様の麾下に入ります」


 流石に一人で1万を相手にすると言われる筆頭騎士エインヘリヤルには、敵わないと見たのだろうか?いや、上官であるザックが、エリザベス王女側につくのであれば、それに従うのがテンプル騎士たる者の矜持である。


「よかろう。付いて来い。衛兵は殺すなよ。あれは、アスランの兵だからな」

 そう言うと、ザックは、ヨウを捕らえた衛兵に斬り込む。と言っても、グレイブの刃を逆さに構え、手加減をした。

「うわっ!」

 それでも、衛兵等は飛ばされ、蹴散らさられる。この様を見て、公都衛兵部隊は逃げ出した。


「大丈夫か?嬢ちゃん。」

 ザックが、ヨウ助けを起した。

「はい。平気です」

「すまねえな。部下が乱暴を働いて」

「すまなかった」

 二人のテンプル騎士がヨウに頭を下げた。

「・・・、いえ」

 ヨウは、少し顔を赤らめ視線を逸らし頷いた。

「今は、急いで公都ここを出て、エリザベス王女と合流することです」

「ああ、そうじゃな」

 ザイドリッツ右大臣が頷く。


 そして、ザイドリッツ右大臣等は、ザック・リー・ワイルドの助力を得て次元馬車にたどり着き、公都を脱出することに成功する。


 そして、王領へと続く街道を急ぎ走った。




 一方の、アレクセイとエリザベス王女だ。

 アレクセイとエリザベスもアスラン公の亡骸に別れを告げ、旧市街のアマルフィ王家の古城をシュライダーで脱出していた。こちらは、シュライダーの機動性を生かし、難なく追っ手を振り切り、公都アークロイヤルの外に出ることができた。



 紫陽月しようづき16日 時刻は子時一つ時(23時頃)。

 もう、日付が変わろうとしていた。



「あれは、次元馬車。どうやらザイドリッツ様も脱出できたようですね」

 アレクセイが前方を行く黒い馬車を指さした。騎馬3頭に守られるように移動している。

「よかった。並走している騎馬・・。あの馬と鎧、あれはテンプル騎士団です!」

 エリザベス王女は、胸をなでおろす。

「追いつきましょう」

 アレクセイは、シュライダーを加速させる。近づくと、騎馬の先頭を走っていた騎士が、速度を落とし、シュライダーに近づいて来た。

「殿下。参上が遅くなり、申し訳ありませんでした」

 騎上のザック・リー・ワイルドが、エリザベス王女に敬礼する。

「あなたは、ワイルド卿!良かった。ご無事でしたのね」

 エリザベス王女は、心強い騎士が来てくれたと嬉しく思った。



 そして、アレクセイは、次元馬車に追いつくと並走させる。


「殿下、よくご無事で」

 ザイドリッツ右大臣が、窓から顔を出し、喜びの声をかける。しかし、アスラン公の姿が無いことを確認すると、その表情は、不安に曇る。

「して、アスラン公は、ウイリアム様はどうされましたか?」

 エリザベス王女は、項垂れ、首を横に振った。

「手遅れでした・・」

「おお、なんということだ!私は、主君を見殺しにしてしまった!」

 それを、横で聞いたザック・リー・ワイルドが、天を仰いだ。



「どうして、こんなことに。アスランに来たのは無駄であったのか・・」

 ザイドリッツ右大臣も嘆いた。

「いいえ、いいえ。伯父様の意志はここに」

 エリザベス王女は、右中指にはめた金色の指を掲げた。

「おお、それは、アスラン公の持つ『王家の指輪』!」

「私が、伯父様の意志を継ぎました。決して終わりではありません!」

 エリザベス王女は、信念を示した。

「おお!」



 しかし、一同がアスラン公を想い感慨に震えているところに、急に後ろから大小の獣が入り混じった集団が速度を上げて追いかけて来るのが見えた。


「追っ手が、来たようですね」


 追っ手のアスラン軍の中には黒狼ルーフなどの魔獣も混じっていた。

 そして、その先頭には、大きな魔獣に跨るあの偽のアスラン公の姿が見えた。


                                 (つづく)

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