第43話 アスラン血風10 エドワードの闘い
エリザベス王女の挙式よりも2日前のこと。
ここは、王領リーズ市郊外だ。
「うーん、やばい!疲れて来たッス」
剣聖
そのドラゴンは、エメラルド・ドラゴンにしては、大きなドラゴンだった。
体長は20メートル超。ドラゴンの体長は立った時の足先から頭の天辺までで表す。なので、尻尾の長さは含まれない。尻尾の長さを含めれば30メートルを超える。エメラルド・ドラゴンは、標準が10メートル程度なので、このドラゴンは大柄と言える。一般的にドラゴンの強さは、身体の大きさと体色の濃度で判断できる。このエメラルド・ドラゴンは、深緑色で大きい。エメラルド・ドラゴンとしては、強く上から3番目のBT
『遅い!あんた、いったいいつまで、相手にしてるのよ!』
右耳の銀のイヤリングから、剣聖システィーナ・ゴールドの怒声が響く。
「だから、もうすぐだから・・」
『ずっと、昼間からそう言ってるじゃない!もういいわ、私が行くから』
エドワードは、ここで切れた。
「大丈夫だって言ってるだろが!デカパイの出るところじゃねえ!」
『な、な、な、何ですってえーーーーーーっ!』
システィーナの狂声が右耳に響いた。
プツっ!
エドワードは、通信を切った。
きっと、マイクの向こうでシスティーナは、大きな胸を揺らしながら地団駄を踏んでいるに違いない。
後でエドワードがどんな目に遭うか・・・。
しかし、今のエドワードにそんな心配は頭に無かった。
目の前のエメラルド・ドラゴンを倒す。ただそれだけだ。
一方のシスティーナがイライラするのも無理はない。
彼女の懸念は正しかった。
エドワードは、かれこれ、半日もこのエメラルド・ドラゴンと闘い続けていたのだから。午前から交戦を開始し、すでに夜となっていた。
少し時間を戻す。
その日の
エドワードが、リーズに着いた時には、そのエメラルド・ドラゴンは、リーズ市の兵と魔導士等と交戦していた。多数の兵が死傷し、人口3万人を抱えるリーズ市は甚大な被害を受けていた。エメラルド・ドラゴンが発生させた竜巻により城壁を崩され、市街の建物はなぎ倒され、市民の多くに犠牲が生じていた。
「くそ!遅かったッス」
エドワードは、上空からリーズ市の惨状を見て叫んだ。
市街の3分の1ほどに被害が生じ、建物を破壊され、瓦礫を築き、死体がそこらに転がっていた。リーズ市の上空を悠々と巨体のエメラルド・ドラゴンは、舞っていたのだ。
「エメドラめ!」
エドワードは、
「
不意にエドワードの目の前にエメラルド・ドラゴンが落ちて来た。
ズドドド-ン!
バーキバキバキバキーーーッ!
エメラルド・ドラゴンが乗っかった建物は、潰された。
「キャアッ!」
近くにいた母親と少女の親子が風圧で吹き飛ばされ、転がった。母親は、起き上がると娘を
「ああ、神様・・・」
バーンッ!
グゥギャーーッ!
銃声が響くと、ドラゴンが悲鳴を上げた。
ドラゴンの左眼から血が溢れ出ている。エドワードがリュウガンを使用したのだ。白いリボルバー型の銃を右手に持っている。リュウガンは、対ドラゴン用の銃火器だ。
「早く逃げるッスよ!」
エドワードが、親子を助け起こすと、その手を取り、ドラゴンの後ろの開けたところまで連れて行く。
「走るッス」
親子は、お礼を言い、被害がまだ少ない方へと走って行った
眼を傷つけられ、悶えていたエメラルド・ドラゴンは、すぐに傷口が修復され、エドワードを睨んでいた。
「ここから先は、通さないっッスよ」
エドワードは、跳躍しながら、背中の剣聖剣バスタードソードを抜く。
バスタードソードは、群青色の大剣だ。両刃のシンプルなデザインの大剣だが、太めの刃に波打つように竜が刻印されている。
バスタードソードでエドワードは、頭を狙った。
その時、エメラルド・ドラゴンの眼が黄色く光り、ドラゴンの羽根が小刻みに揺れた。
シュバ、シュバ、シュバ、シュッ・・・
「うっ!」
瞬間、羽根の動きとともに、真空の刃が幾つもエドワードを襲った。エドワードは、バスタードソードでそれらを弾き直撃は免れたが、胴や足などに切り傷を負った。また、この攻撃で周囲の建物が真空の刃に斬られ、崩れ落ちて行く。親子が逃げた方向とは逆であったのが救いだ。
「うう、こいつは、やばいッス」
ここは、
「ちょっと派手に行くッスよ。
胸の青い輝石に触れ、念じると輝きとともに白色のロングコートの
時間をかけるわけにはいかない。鎧形態は、消耗が激しいのだ。
「エメドラちゃん、付き合ってもらうッスよ」
そう言うと、瞬時に接近し、エメラルド・ドラゴンの頭に強烈な一撃をお見舞いした。
ドラゴンの頭は、地面にめり込み。瞬間、ドラゴンの頭部が凍りついた。
エドワードは、
エドワードは、上空に飛び立ち、エメラルド・ドラゴンを見下ろす。
少しすると、凍結は解除され、エメラルド・ドラゴンは起き上がり、エドワードを睨む。
グゴゴゴゴゴーッ
『人間風情が我の顔に泥を塗るなどと・・・。許せぬぞ!』
「あれー、怒ったッスかねえ」
エドワードは、ドラゴンから距離を取り、リュウガンでドラゴンを撃つ。
『そんなおもちゃは、我には効かぬ』
「うわあ、やばいッス!」
エドワードは、逃げるように距離を取って行く。
『雑魚が待たぬか!』
エドワードの狙いは当たった。
ドラゴンは、知能は高いのだが、プライドも高いため、侮辱などの挑発には反応しやすい。
そうして、エドワードは、リーズ市の外にエメラルド・ドラゴンを誘導していく。リーズに被害が及ばないと見た平原にエドワードは、降り立った。
ズドド-ン!
エメラルド・ドラゴンがエドワードの前に降り立つ。
グゴゴゴゴーッ!
『観念したのか?』
「そんな訳ないっッスよ。街で闘いたくなかっただけッス。ここでお前を殺るッス」
エドワードはニヤリと笑った。
『ほざけ!どちらにしろ、あの
「やれるものならやってみるッスよ!」
エドワードは、剣聖剣バスタードソードを両手で構えた。
エメラルド・ドラゴンの行動の方が早かった。
翼を大きく前に羽ばたかせると、巨大な
「うげっ!さっきより大きい」
後ろに走り、逃げるが、竜巻に巻き込まれると、上空高く巻き上げられた。
「うひゃあっほおおおおっ!」
悲鳴とも笑声ともつかない声をエドワードは発する。表情を見る限り楽しんでいるように見えた。
このエメラルド・ドラゴンが起こした竜巻は、只の竜巻ではない。巨大なのもあるが、巻き込まれると刃物のような切り傷を与えるのだ。普通の人間であれば、巻き込まれれば、まず助かることはない。切り刻まれ肉塊が血しぶきと共に振って来るだけだろう。
しかし、エドワードは敢えてこの攻撃を喰らったのだ。それは、師であるアレクセイ・スミナロフの教えだ。
『いいか、ドラゴンの攻撃をわざと喰らって、その攻撃の隙や痛みを覚え、克服していくんだ。ただし、致命傷をくらわないようにな。これは、一つは、耐性を身に着けるため。そして、もう一つは、相手の油断を誘い、隙を作るためだ』
実際、スフィーティアも第7話『雷竜』でやっていたことである。
巻き上げられている間、エドワードは、竜巻が起こす突風により、無数の切り傷が襲う。ある程度は、剣聖のロングコートは
そして、巻き上げられながら、エドワードは、思った。
(この程度、マスターのしごきに比べたら屁でもないっッスよ)
エドワードは、突風に巻き上げられながらも、行動に出た。リボルバーのリュウガンを撃ったのだ。
パーン、パーン!
二発撃った。
グゥギャギャーッッ!
もう一発も顔に命中し、めり込み、血が流れる。これが、エメラルド・ドラゴンの隙を生んだ。
パーン、パーン、パーン!
エドワードは、皮膚の薄い顔を中心に狙った。全て命中し、ドラゴンが怯むと、さらに隙が生まれた。
「ここッス!」
エドワードは、リュウガンから、バスタードソードに切り替えた。
「
そして、
『甘いわ』
シュンシュンシュンシュン!
エメラルド・ドラゴンの翼が微かに動くと真空の刃が襲ってきた。鎧が真空の刃を弾くが、この攻撃が、すんでの所で、ドラゴンの急所である心臓への攻撃を逸らした。代わりに、エメラルド・ドラゴンの強烈な、大きな手による打撃により、エドワードは、遠く弾き飛ばされた。
「ウグァっ!」
エドワードは、軽く数百メートルも飛ばされ、地面を転がった。
その間に鎧形態も解除された。
「イテテテ・・・・」
エドワードは、フラフラしながらも起き上がる。
「さすがは、BT級のエメドラちゃん。強いっすね。マスターの一撃の方が何倍も痛いっすけどね」
エドワードの闘志は失われていない。アレクセイのしごきとは、どんなものだろうか。
しかし、何故、エドワードは、鎧に換装して闘うことを選択しないのだろう?
これもアレクセイの教えだ。アレクセイからは、鎧形態は、消耗が激しいため、いざという時に限定するよう教えられていた。鎧形態はいつまでも維持できない。短期決戦が決められるならまだしも、そうでないのならリスクを冒すべきではないと教えられていた。エドワードは、その教えを実行していたのだ。
闘いは、延々と続き日は暮れ、真夜中となっていた。
そこに、剣聖システィーナ・ゴールドが光沢のある黒色のシュライダーに乗り、亜麻色のツインテールの髪を
「もう、あんたいつまで
エドワードを睨むシスティーナの眼は吊り上がっている。
「やべえ、そろそろ時間切れみたいッス」
「あんた、本当にやれるんでしょうね?」
「ああ、大丈夫っす」
システィーナは、エドワードの揺るぎない決意の眼差しを確認すると、言った。
「いいわ。任せてあげる。でも、グイーン卿の騎士団もそこまで来ているの。
「わかったッス。ただ、少しだけ助力して欲しいッス。シュライダーに俺を乗せて、あいつを攪乱して欲しい」
「いいわね。見てるだけだと退屈だから、乗ったわ」
システィーナが、ニヤリと応じた。
「じゃあ、行くッス!」
エドワードが、シュライダーのシスティーナの後ろに跨る。
「行くわよ!」
シュライダーが急加速をして、エメラルド・ドラゴンに接近していく。エメラルド・ドラゴンもただ見ているだけではない。翼を軽く揺らすと、真空の刃がシュライダーを襲う。しかし、システィーナは、巧みなハンドルさばきでそれらをかわす。エドワードもバスタードソードを振るい、真空の刃の攻撃を弾いていく。
あっという間にドラゴンの真下まで接近すると、エドワードは、跳躍し、バスタードソードを振るい、その胸を狙った。しかし、これもドラゴンは、手でガードし、防がれた。股を潜って通過したシュライダーは、急反転して、戻ると、エドワードは、またシュライダーに降り立った。
シュライダーがドラゴンから距離を取ると、システィーナが言った。
「こいつ、意外とすばやいわね。いいわ。私が隙を作ってあげる。あんたのリュウガンを貸しなさい」
「わかったッス」
エドワードが、システィーナに白のリボルバー式リュウガンに
「もう竜弾はこれで終わりッス」
「わかったわ、次で決めるわよ。」
「ういッス」
エドワードは、微笑を浮かべた。
「行くわよ」
システィーナが急加速して、再度ドラゴン目掛けて突っ込む。さっきよりも格段にスピードが上がっている。変則的な斜め軌道で行く。ドラゴンの真空の刃の攻撃が襲ってくるが、エドワードが弾く。そして、近づくと、システィーナがリュウガンをドラゴンの心臓を狙って何発か撃つ。しかし、ドラゴンはこれを手を下げ、防いだ。しかし、システィーナのこれは、誘導だ。竜が腕を下げた瞬間、両目を狙い、見事2発とも目にめり込んだ。
グゥギャギャーッッ!
先ほどよりもドラゴンは、悶絶の絶叫を上げる。
「今よ!」
システィーナが合図する。
「
エドワードは
グギャッ!
『き、きさまー!』
エドワードが、バスタードソードを深く胸にめり込ませると、ドラゴンの巨体が崩れ落ちた。
「ふう」
エドワードが、地面に着地すると、メタリックブルーの
「ハア、ハア・・・。やったッス!」
と、エドワードが拳を握り肩を震わせ達成感に酔いしれていたのだが・・・。
「へー、これ結構大きいじゃない」
「え?」
いつの間にか、システィーナがシュライダーを倒れたエメラルド・ドラゴンの傍に乗りつけると、胸にレイピア突き刺し、心臓の一部である『竜の心臓の欠片』を取り出していた。
それは、すぐに結晶化し、エメラルド色に輝く美しい宝石へと変化した。
「まあ、いいじゃない!」
システィーナは、目を輝かせ、欠片を見ている。
「ああ!それは、俺のッスよ!返すッス」
エドワードが、慌てて抗議する。
「はあ?あんた、どれだけ私に迷惑かけたかわかって言ってんの?」
「え、ええーーッ?」
「それに、あんたがさっき私に言ったこと、忘れてないから」
デカパイ発言のことを言っているのだろう。
「あ、あれは・・・つい」
「それに、か弱い乙女の胸に二度も顔を・・・。ああ、今思い出してもとても傷ついてしまうわ」
「それは、不可抗力で・・・」
「ああ、この欠片があれば、私の心も少しは満たされるかもしれないのに。ううつ」
システィーナは、悲しげに顔を両手で覆う。
「う、うぐぐぐ・・・」
エドワードは唇を噛む。
そして観念したようだ。
「もう、わかったッス。それは、あげるっす」
「キャーっ!やったー、嬉しい!」
システィーナは、急に態度を変え、飛び跳ねて喜んだ。
「音が止んだな。どうやら、ドラゴン討伐は、成ったようだな」
アナスターシャ・グイーンが、朝焼けが照らすリーズ市近郊の戦場が静かになったのを確認して言った。
「そのようですね」
傍らの副官であるヘーゼル・ウィンウッドが応じる。
「道は開けた。エリザベス王女奪還のため、アスランへ進むぞ」
「命令では、リーズ市を越えたアスラン領境で待機とのことでしたが」
ヘーゼルが、細い眼を微かにピクつかせ目を伏せた。
「王女の危機だ。
アナスターシャの決意は揺るがない。
「わかりました。麾下100名のテンプル騎士お供いたします」
「進軍、進軍!」
合図の元に、アナスターシャ麾下100騎のテンプル騎士団は動き出した。
アナスターシャ・グイーンは、まだ若い剣聖二人の陽気なやり取りを横目に、アスランを目指して進んで行く。その見つめる視線の先には、エリザベス王女のいるアスラン公都アークロイヤルがあった。
(つづく)
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