第42話 アスラン血風9 アスラン公死す
「王女、後ろに乗ってください。本物のアスラン公を救出しますよ」
アレクセイ・スミナロフは、赤いシュライダー(※)をエリザベス王女の前に急停車させると、後ろに乗るよう促した。
「は、はい」
エリザベス王女が頷き、アレクセイの後ろに跨る。ドレスのスカートを短く切ってしまったので、見えてしまわないかと気になったが、今はそんな時ではない。
※シュライダーは、剣聖が駆る流線形の乗り物で、宙を浮いて走るバイクのような乗り物です。
「ヨウは、ザイドリッツ卿と公都から急いで脱出してくれ。後で郊外で合流しよう」
「はい、さあ、ザイドリッツ様、行きましょう」
ヨウは、頷くと、ザイドリッツ右大臣と次元馬車のある方に向かって走った。
「動きますよ!しっかり掴まってください」
「はい」
アレクセイは、シュライダーを周囲の兵士等を散らすようにドリフトさせ発進させた。
(伯父様、どうか無事でいて・・・)
アレクセイの背中にしっかりと掴まり、エリザベス王女は心の中でそう祈った。
アレクセイは、アスラン公の居場所を探り当てていた。そこは、旧市街にあるアマルフィ王家の古城だった。広い敷地内にシュライダーで大きな門を飛び越え入ると、
クケーッ、クケーッ、クケケーッ!
「ワイバーンだと。何でこんな街中に!エリザベス、しっかり掴まってください。突破しますよ」
「はい」
アレクセイは、剣聖のロングコートの下から白い銃のような物を取り出した。
これは、
パン、パン、パン、パパパーン
ウギャッ、ギャッ・・・・・・
アレクセイは、襲いかかってくるワイバーンを、シュライダーのスピードを落とすことなく次々とリュウガンで撃ち落として行く。そして、城に入る門に到達すると、シュライダーを裏手に走らせた。アレクセイとエリザベス王女は、そこでシュライダーを降りた。
古城には、衛兵などは、いないようだ。代わりに先ほどのワイバーンのような魔獣を放ち、人を近づけさせないようにしているのだろう。
すっかり日が落ちて辺りは暗くなっていた。
「さあ、城に入ります。行きますよ」
「はい」
エリザベス王女が頷く。
「失礼します」
アレクセイは、エリザベス王女をお姫様抱っこする。二人の顔が近く見つめる形となった。
「あ・・・」
エリザベス王女の顔が赤らみ、吐息が漏れる。
アレクセイは、優しく微笑み返した。
二人の時間が流れるのかと思えたが・・・。
エリザベス王女を抱えたアレクセイは、城壁の上まで一気にジャンプした。
しかし、その城壁の上にも魔獣がいた。
グルルルル・・・
今度は、一匹の大きな黒い狼のような獣がこちらを睨んでいる。これは、
キャイインッ!
アレクセイは、襲いかかって来た
城壁の上から中庭を見ると、
「王家の城が魔物たちに支配されているなんて・・・」
エリザベス王女の肩がわなわなと震える。
「エリザベス、落胆はわかりますが、今はアスラン公の御身です。急ぎますよ」
「そうですね」
アレクセイは、城の南側の塔を見上げた。
一際高い塔が城の
この城は、西と東の城壁上から天守閣に入れるようになっている。
「あの塔に、アスラン公はいるはずです。私の後に続いてください」
「わかりました」
二人は、城壁の上を走り、西側に回って、城壁から城に入る扉を開け、中に入った。
城の中は、採光もされておらず、暗い。灯は、所々に篝火があり、その灯だけだ。
入ると、舞踏会に使われる大部屋の二階の両端に欄干のある通路に出た。中央奥に階段の踊り場がある。中は、シーンと静まり返り、人のいる気配などはない。
しかし、アレクセイ等が城に入ったのが、スイッチとなったのだろう。
突然、1階の中央あたりの床が黒くなると、そこから大鎌を持った黒衣を纏った大きな
「ウーヒャッヒャッヒャッヒューッ」
レイスの不気味な声が広いダンス会場に響く。
「チっ!暗黒魔導教団の仕業か・・」
「暗黒魔導教団?」
「黒のドラゴンを信仰する集団です。ドラゴンによる世界の破壊を経て世界を浄化し再興するという馬鹿げた妄想に取り付かれた連中ですよ。何かと、
「そんな集団があるなんて・・。知りませんでした」
「陰で動く連中ですので。あまり表にでてきませんね。まあ、
そう言っている間に、レイスが襲いかかって来て、持っている大鎌を振り下ろす。
アレクセイが、それを特大の剣聖剣
「ヒャアーッ!」
悲鳴のような声とともにレイスの姿が消えた。
しかし、今度は、背後の床が黒くなるとそこからレイスが現れ、エリザベス王女を狙った。アレクセイは、これも剣聖剣で受け流し剣を振るった。レイスは、また悲鳴のような声とともに消えるが、離れた反対側の通路の壁から現れた。
「きりがないですね。元を絶ちますよ。どこかにこいつを作りだした魔方陣があるかと」
アレクセイが、エリザベス王女の手を取り、走り、1階を目指す。その間も執拗に、レイスが襲いかかって来る。アレクセイは、かわしたり、大剣で受けたりして大鎌の攻撃を受け流す。
「うーん、魔方陣らしきものがないな。あれ、どこだ?」
アレクセイは、1階の広い床を探すが見当たらない。
その間も、レイスは、アレクセイとエリザベス王女を狙うが、アレクセイが攻撃を上手くかわした。
「あのう、もしかして、これでしょうか?」
エリザベス王女が足元の近くを指さす。
「こいつか。見つけずら!よくこんな小さな魔方陣を描けたものだ」
それは、直径1cm位の〇だ。
複雑な魔方陣をこれだけ小さく描くなど暗黒魔導士の中には悪趣味な狂人がいるようだ。
アレクセイが、レッド・パージを突き刺しその円陣を壊した。すると、レイスは消えた。
「ふう。さあ、アスラン公はこの上にいます。もう少しです。急ぎましょう」
「はい」
二人は、舞踏の間の後方にある塔の上に出るための細い螺旋階段を上って行った。
そして、頂上の突き当りの部屋の前にたどり着いた。
「ふう、着きました。ここです」
「ハア、ハア・・」
階段を駆け上がり、エリザベス王女の息が上がる。
アレクセイは、鉄の扉の鍵を壊し、扉を開いた。
そこは、牢屋のように狭く灯もなく真っ暗だ。アレクセイは、近くにあったランタンに灯をともした。
部屋の奥を照らすと、上半身裸の長髪で髭の長い大柄の男が鎖で壁に繋がれていた。身体のあちこちが傷だらけで、衣服もボロボロだ。
「伯父様!」
エリザベス王女が壁に繋がれた男に駆け寄り腰の辺りに抱きついた。すると、動かなかった男が微かに動いた。
「おお、その声は、エリザベスか・・。何で、お前がこんなところに。ああ、何という無茶をする。相変わらずお転婆が過ぎないようだ。アハハ・・」
間違いなくこの男こそは真のアスラン公だ。
「今お助けします」
アレクセイが、剣聖剣で四肢に繋がれた鎖を絶ち、アスラン公を静かに床に降ろした。
「ハハハ、これは夢のようだ。まさか最後にエリザベス、お前の顔が見られるなんて。いや、よく見えないぞ・・」
アスラン公の声は、か細かった。その青い眼に光は届いていない。
アスラン公は、震えながら右手を動かし、確認するようにエリザベスの顔を撫でる。
「そんなことをおっしゃらないでください。大丈夫ですから・・」
エリザベスの眼から涙が溢れ出て来る。
「いや、儂はもうダメだ。最後にお前に会えたのは良かった。エリザベスよ、お前は急いで
「伯父様、もう喋らないで」
苦しそうなアスラン公を前に、エリザベスの涙は止まらない。
ここで、アスラン公は、アレクセイに視線を向けた。
「お主は、騎士かの?」
「はい、エリザベス王女を守る騎士でアレクセイと申します」
アレクセイは、アスラン公の前に跪き、答えた
アレクセイは、自分が剣聖であるとは答えなかった。アスラン公の眼は見えていないため、服装で剣聖であると気付かれることもない。
「そうか、フフ・・。アレクセイ、お主は、かなりの力を持っているようだな」
しかし、アスラン公は見抜いているのだろう。
「悪いが、そこら辺に短刀が落ちていると思う。ふう、はあ・・。拾って・・くれまいか?」
アレクセイは、それを拾い、アスラン公に手渡した。
すると、アスラン公は、その短刀で右わき腹を浅く斬りつけた。
「ウグッ!」
「伯父様、何を!」
エリザベスは、慌ててその短刀を取り上げた。
アスラン公は、その傷口に指を入れると、何かを取り出した。
それは、血に染まってはいるが、金色に輝く指輪だった。
「『王家の指輪』の一つだ。もう一つは王が持っていよう。これを王に、
そう言って、エリザベスに指輪を握らせた。
「これで・・・、もう・・・思い残すことはない」
アスラン公は、ゆっくりと目を閉じた。
「そんなことをおっしゃらないでください!」
エリザベス王女の涙は溢れて止まらない。
「エリザベス、お前は、早く・・・公都を脱出・・・するんだ。アスランを・・・、アマルフィを・・・頼む。お前は・・・、アマルフィの・・・
そう言い残すと、エリザベス王女の掌からアスラン公の手が滑り落ちた。
「伯父様・・?伯父様ッ!いやーッ!目を開けてください。伯父様、伯父様ーーーーッ!」
周辺国までその武勇を轟かせたアスラン公ウイリアム・アスラン・アマルフィはここに逝去した。享年52歳だった。
エリザベス王女は、冷たくなっていく伯父の胸に縋り、いつまでも泣いていた。
アレクセイは、その後ろ姿を静かに見守っていたが、暫くして優しく声をかけた。
「エリザベス、お哀しみはわかりますが、アスラン公の想いを無にしてはなりません。ここから早く脱出しましょう」
「・・・。はい、わ、わかりました」
エリザベス王女は、伯父をそっと寝かせ、その額にやさしくお別れの接吻をした。
そして、涙を拭い立ち上がった。
今は哀しみ抑え、伯父のアスラン公の意志を継ぎ、アスランを救い、アマルフィを守ることを考えなければならない。
エリザベス王女は、伯父から受け取った『王家の指輪』をその指にはめ、そう誓った。
(つづく)
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