第27話 サスールの剣聖(後編)

 (第24話からの続きです) 


 一体の大きなクリムゾン・ドラゴンが、サスールの領都アクイラ近く上空に突然出現した。


『見つけたぞ。我が同胞どうほうの仇よ!』


 飛翔するクリムゾン・ドラゴンの眼下には、青白いドラゴンの死体と2人の剣聖の姿があった。そして、高度を一気に下げ、剣聖等を襲撃する。


 剣聖スフィーティア・エリス・クライは、上空から接近してくる赤いドラゴン見つめていた。

「システィーナ、君は下がっていろ。あれが、狙っているのは恐らく私だ」

「いえ、私だって、まだやれます」

 そう言うと、システィーナ・ゴールドは腰のレイピア抜き、スフィーティアに並ぶ。


 ズドドドドーーーーーン!


 そして、クリムゾン・ドラゴンが、二人の目の前に降り立った。


「うそ、なんて大きさなの・・」


 システィーナは、目の前に現れたドラゴンの巨大さに唖然としていた。それは、体長30mは、あろうかと言う大きさだ。ドラゴンの体長は立った時の頭の天辺から地面までの長さを指す。よって、尻尾の長さは含まれない、尻尾まで含めればこのドラゴンは、50mはあるかもしれない。今までのクリムゾン・ドラゴンよりも体色が濃く、赤黒い。ドラゴンは格付ランクが上がるほど、色が濃くなる。勿論、格付ランクは強さも表している。このドラゴンの格付ランクは、5段階あるうちの上から2番目のFGとなろう。非常に厄介な相手が現れたということだ。


「グゴ、グゴゴ、グルルルル・・・・・・・・」

 

 クリムゾン・ドラゴンの直接心に届くような呻き声が、脳内で反響し、威圧してくる。

「何てあつなの!さっきのサファイア・ドラゴンの比じゃない。こんな奴がいるなんて・・」

 システィーナは、クリムゾン・ドラゴンに気圧されていた。膝がガクガクと震え、動けない。すると、バシッと背中を後ろから叩かれた。

「システィーナ、気を強くて持て!されてどうする」

 スフィーティアに気合いを入れられて、システィーナは正気を取り戻した。

「すいません!」

 

『貴様だな。同胞どうほうのは?』

 クリムゾン・ドラゴンが、スフィーティアに赤い大きな鋭い眼光を向ける。

「貴様らの竜石いしを砕いたことか?私の大切な人を殺めたからだ。私にも許せないという感情はあるのでな」

人間ひと如きが、上位種である我らを消滅させるなど許されざる所業。死をもって償え!』

「マスター・スフィーティアが、竜石を砕いたって?えーーーーーーーーーーー!」

 シリアスな展開であったが、目が点になった後、システィーナが驚きの叫び声をあげる。

「マスター・スフィーティア、それって、の筈ではないですか?」

「ああ、軍師にこってり絞られたよ。報酬も取り上げられたな。君は止めた方がいいぞ」

「できないですよ!あんな固いもの砕けませんって」

「まあ、欠片のうちなら、そうでもないぞ」

「え?そうなんですか?」

「ああ、心臓の欠片の位置に剣をぶつけ、心臓ごと四散させるイメージだな」

「なるほど・・。って、それって物凄く難しいですよ。無理!無理!」

「まあ、修行次第だろう」

 クリムゾン・ドラゴンを無視して話し込む二人。

 

「グルルルル・・」

『貴様ら!我を無視するとは、ふざけているのか!』


 クリムゾン・ドラゴンは、いつ止むとも知れない二人の会話に業を煮やしたようだ。

「ああ、そうだった。お前の相手をしなくてはいけなかったな。さて、始めようか」

 そう言うと、スフィーティアは、腰の剣聖剣カーリオンを抜く。カーリオンは青白い色の剣身とつばが比較的幅広い片手剣だ。つばから握りにかけて祈りの女神があしらってあるとても美しい剣聖剣である。美の剣聖と言われるスフィーティアにふさわしい剣だ。

人間ひと如きが、我をおちょくるとは許せぬ!』

 クリムゾン・ドラゴンの身体が小刻みに揺れ始め、身体中から熱気が溢れだした。


「離れるぞ。システィーナ」

「はい」

 二人は、後方に大きくジャンプして、クリムゾン・ドラゴンから距離を取ろうとした。


「グワワワウォーーーーーーーン!」

『死ね!』


 突然クリムゾン・ドラゴンの身体中が焔に包まれ咆哮すると、その焔がクリムゾン・ドラゴンの放つ衝撃波と共に2人に襲いかかって来た。スフィーティアは、左腕のブレスレットから透明な冷属性の盾を展開して焔を中和し、衝撃波を吸収し着地した。システィーナも、盾でガードしようとしたが、衝撃波が届くと身体が固まり、焔に包まれた。


「キャーッ!」


 ドラゴンの咆哮による衝撃波は、飛ばされるだけでなく、人間を恐怖で動けなくする効果がある。ドラゴンとの戦いを経験していくうちにこの恐怖に対する耐性を剣聖は身に付けて行くが、格付ランクが高いドラゴンの咆哮は、並みの剣聖では防げないのだ。



「システィーナ!」

「し、換装シノーイ・・」 

 システィーナは、鎧形態アーマーに換装を選択した。

 白い光に包まれ、焔を打ち消すと黒い鎧に換装され、地面に辛うじて膝から着地した。

「はあ、はあ、はあ。危なかった」

 システィーナは、機転を効かせ、炎に焼かれるのを防いだのだ。


 一方のスフィーティアは、このクラスのドラゴンとの対戦も経験しているだけに対処は容易であった。システィーナの無事を確認すると、素早く行動に移る。背中の青白いフレームのアーバレスト(ボウガン)を左手に装備すると、矢弾クォレルをクリムゾン・ドラゴンの頭上目がけて連射した。


 ドッドッドッドッ・・・


 すると、ドラゴンの頭上で、矢弾クォレルが次々と弾け、凍気のベールが降りてくる。最初のうちは、クリムゾン・ドラゴンの焔の熱気ですぐに消えてい行くが、次々と放たれるうちに、ベールが厚くなっていき、クリムゾン・ドラゴンの身体を覆っていた炎の勢いは弱くなり、身体の炎は消されて行った。スフィーティアは、これを狙っていた。今度は、クリムゾン・ドラゴンに接近し、アーバレストの矢弾クォレルを直接ドラゴンに打ち込む。


 ドッドッドッドッ・・・


 頭、胴、手、脚、尾と打ち込んでいくと打ち込まれた部位が次々と凍結していく。全身が凍結したとろこで、アーバレストをたたみ背中に戻すと、腰を落とし低い姿勢で剣の柄をクリムゾン・ドラゴンの方に向けて左横に剣聖剣カーリオンを構えた。


蛇噛斬シュネール・バイト!」


 剣聖剣カーリオンが光を放つと、光りが大蛇の形となり一瞬で間合いを詰め、光りの大蛇が、巨大なドラゴンの首に食らい付いた。


 ガキッ、キッ、キッ、キッ!


 一瞬時が止まったかのようにドラゴンと接触した後、スフィーティアは、クリムゾン・ドラゴンの後方に移動していた。しかし、表面の硬い皮を軽く抉ったもののクリムゾン・ドラゴンの首は付いたままだ。

「チッ、やはり固すぎるか・・」


 ピキ、ピキピキピキッ・・。


 全身の凍結状態も解けてしまい、傷口もみるみる埋まっていく。

『グルルルル・・・。虫けらが!我にこのような攻撃効かぬわ!』

 威圧するようにクリムゾン・ドラゴンが再び呻き、再び炎を身体に帯びてきた。


 しかし、システィーナは別の思いを持ち、震えていた。

「凄い・・。基本技の蛇噛斬シュネール・バイトをここまで凄い技に引き上げるなんて!しかもマスター・スフィーティアは鎧形態アーマーにもなっていない・・」


「さーて、それはどうかな」

 スフィーティアが皮肉な笑みを浮かべる。

『貴様は殺す。殺してあのお方に・・』

「ははは、お前にできればな」

 スフィーティアは、尚も余裕だ。


「グワワワウォーッ!」

『どこまでも、我を小馬鹿にするか!』


 クリムゾン・ドラゴンは、咆哮すると、今度は炎ブレスを地上に吐き出し、ブレスが地上を焼いていく。顔を上げてスフィーティアの方に大きな口を向けると、ブレスは、驚異的な速さでスフィーティアに襲いかかった。

「なっ!」

 避けられず、炎ブレスは、スフィーティアを直撃した。

「マスター・スフィーティア!」

『跡形もなく消えてしまえ!』

 徐々にクリムゾン・ドラゴンのブレスが収まるが、スフィーティアの姿はそこには無い。

 本当に跡形もなく消えたのか?

 クリムゾン・ドラゴンの身体の炎も収まっていく。


蛇噛斬シュネール・バイト!」

 スフィーティアは、クリムゾン・ドラゴンの左側面から技を発動すると、ドラゴンの両手を光の大蛇が噛みちぎっていた。スフィーティアが、ドラゴンの右側面に移動すると、ドラゴンの両手は地上に落ちた。


 ドーーンッ!

「グガガガウォーーーンッ!」

『き、貴様。まさか!転移したのか?』

「ご名答。転移がお前らだけのものと思ったか?」

 

※ここまで説明して来なかったが、ドラゴンは突然出現する。それは、転移してくるからだ。彼らはアーシアの空を自在に転移で移動できるのだ。ちなみに、剣聖が使用するシュライダーも転移機能を有するが、これはドラゴンの能力を機能化したものだ。


『ウ、ウハ、ウハハハ・・。面白いぞ、貴様。だが!』

 そう言うと、クリムゾン・ドラゴンの眼が赤く光る。

『ふぬっ!』

 ドラゴンの両手が復活し、腕の機能を確認するように振るう。このドラゴンは再生能力が異常に高いようだ

「うそ!」

 システィーナが驚きの声をあげ、冷や汗が流れる。そして、不安そうにスフィーティアに視線を向ける。

(この再生力。こんなドラゴンがいるなんて・・。マスター・スフィーティアはこれをどう相手にするつもりなの?)


「ほう。大した再生能力だ」

 スフィーティアは感心した素振りを見せたが、寸分も動揺はない。

「フーっ」

 一呼吸した後、剣聖剣カーリオンを眼前に水平に構える。スフィーティアの胸の輝石が青い輝きを放つと、左手を剣身に這わせていく。すると、カーリオンが冷気を帯びだした。その冷気は冷却度を増し、凍気となる。


 シュシュー、シュシュシュー・・・・


 スフィーティアが、剣先を地面に軽くつくと周辺の地面が忽ち凍りつく。

「本気で行かせた貰うぞ」

 スフィーティアの青碧眼が、クワッっと見開かれると、キラリと光った。


蛇噛斬3回転シュネール・バイト・ドレイ!」

 今度は、青白い光の大蛇が凍気を纏い、クリムゾン・ドラゴンのやはり復活した両手を嚙みちぎった。しかし、今度はドラゴンの傷口の腕は凍り付いてしまう。

『ふぬっ!』

 クリムゾン・ドラゴンは、腕を再生しようとするが、凍り付いてしまっているためできないようだ。

 クリムゾン・ドラゴンの右後方に一瞬で移動していたスフィーティアは、間髪入れず、次の攻撃に移る。


2発目ツバイ!」

 蛇噛斬シュネール・バイトの2発目が、今度は、クリムゾン・ドラゴンの右足を噛みちぎった。


 ドドドッーーーーーン!


 バランスを崩し、倒れこむクリムゾン・ドラゴン。やはり、凍り付き、すぐに再生はできない。クリムゾン・ドラゴンは、態勢を立て直そうと、大きな翼を広げ飛ぼうとした。


「止めだ!3発目ドレイ


 クリムゾン・ドラゴンの左前方に移動していたスフィーティアが、3発目の蛇噛斬シュネール・バイトを発動した。今までで一番大きな光の大蛇が、クリムゾン・ドラゴンの左胸に喰らい付いた。


 グワーッブリッ!


 クリムゾン・ドラゴンの胸の皮と肉が削ぎ落され、心臓が露わになり、たちまち凍り付く。大蛇が消えると、スフィーティアが剣聖剣カーリオンを心臓の奥深くを突き刺していた。


『グワッ・・、ブフォフォッ。お、己・・・。許さんぞ、あのお方が、き、き・・』

 血反吐を吐くクリムゾン・ドラゴンの赤い鋭い眼が、スフィーティアを睨んでいた。

「死の間際に、お前の主に伝えるがいい。スフィーティア・エリス・クライは逃げも隠れもしない、とな」

 スフィーティアが、カーリオンで心臓を抉ると、ドラゴンの眼から光が消えると、ドラゴンは落下した。


 ズドドドドドーーーーーン


 スフィーティアが、潰されないようにドラゴンから飛びのいた。そして、死体となったクリムゾン・ドラゴン見上げていた。


「終わった・・」

 システィーナが、脱力しへたり込むと、鎧形態アーマーが解除される。

「大丈夫か?」

 スフィーティアが、クリムゾン・ドラゴンから心臓の欠片を取り出すと、近寄りシスティーナに声をかけた。

「はい。大丈夫です」

 システィーナは立ち上がり、スフィーティアの方を向く。

「マスター・スフィーティア、その竜石・・」

 スフィーティアの手の中で拳大位の真っ赤に輝く竜石を見て、システィーナは絶句した。血のように真っ赤でまだ生々しく、まるで動き出しそうな代物だった。

「ああ、これか。あの位のドラゴンのものになると、竜石も輝きが違うな。私もこれほどの物はあまり見たことがないな」

 そう言って、システィーナの目の前に差し出した。

「す、すごいです」

 システィーナは少し触ってみると、暖かかく、熱を発しているようだ。

「私もいつかこの位のドラゴンを倒したい」

「そう思うことは大切だ。だが、無理はしないことだ」

 そう言って、スフィーティアは赤い竜石を腰の鞄にしまう。そして、鋭い視線をシスティーナに向けた。


「厳しいことを言うようだが、君の戦い方は全くなっちゃいない」

「え?」

に頼り過ぎだ。それで力を使い過ぎたら、次の危険に対処できなくなる。目の前の敵だけ何とかすれば良いという考えはすぐに捨てろ。でないと、死ぬぞ」

「・・・」

 システィーナは、キッと唇を噛む。

「まずは、竜力の消費の少ない細かい技を磨け。それが、戦いに余裕を産む。それと、鎧形態アーマーに頼るな。最初のうちは、そうなりがちだが、己の力をより高みに引き上げるには、それでは、ダメだ。できる限り正装形態フォーマルのままドラゴンと戦って自分を鍛え上げることだ」

「は、はい。ご助言感謝します」


 悔しかったが、スフィーティアの言う通りだ。

 スフィーティアが来なければ、自分は死んでいた。システィーナは自分の未熟さを思い知らされた。俯き唇を噛み、肩を震わす。しばらく、そうしていると左肩に力強い手の感触がした。

「システィーナ、その悔しさを忘れるな。そうすれば、君はまだまだ強くなる」

 顔を上げると、スフィーティアの青碧眼の優しい眼差しに触れた。自然とシスティーナのオレンジ色の瞳から涙が溢れてきた。

「は、はい。ありがとうございます」


「一つだけ聞いてもいいですか?」

 涙が乾いた後、システィーナは気になったことを切り出した。

「ああ」

「あの転移ですけど、あれって、マスター・スフィーティアの固有技ユニーク・スキルですか?」

「ああ、あれか・・」

 スフィーティアがニンマリする。

「これだよ」

 そう言うと、左手の甲を向け、中指を指さした。中指には、何もない。

「やっぱり・・」

「砕けてしまったが、『転移の指輪』だよ」

「転移の指輪をあんな使い方するなんて思いませんでした。緊急避難用だと思っていたので」

「そうだな。あのドラゴンが、私が何度でも転移できると思ってくれたからよかった。ドラゴンにも発足はったりも効くものだな」

「もう、参りました」

「しかし、あれは1回で砕けてしまったな。2、3回は使えるって言われていたのにな。高いんだぞ。もう、これは軍師レオナルドに文句言うしかないな」

「そうですね。ぷっ」

「ははは・・」

 二人は、笑った。


「では、私はこれで失礼するよ。アレクセイには君から報告しておいてくれ」

 スフィーティアは、パールホワイトのシュライダーに跨り、言う。

「はい」

「あ、それと。アレクセイには、私への連絡は不要だとも伝えてくれ。礼の連絡などいらんとな」

「は、はい。フフフフ」

「何を笑う?」

「いえ、マスター・スフィーティアとマスター・アレクセイの関係が目に浮かぶようで」

「あいつは、干渉し過ぎるんだよ。余計な事に気を使い過ぎだ」

「そうですね。それが、マスター・アレクセイのいい所でもありますが」

「私はご免だよ」 

 スフィーティアは、両掌を上に向け、お手上げの恰好をする。


 システィーナは、スフィーティアに手を振って見送った。スフィーティアのシュライダーが小さくなっていき、見えなくなるまで。振り向くとかなり遠くに、アクイラにある教会の高い尖塔が夕日の照り返しで輝いているのが見えた。それは、剣聖の眼だから見える距離と言っても良い位遠くにだ。そして、日暮れを知らせる鐘の音が聞こえてくる気がした。

 システィーナは、ふと何故か嬉しくなり、ドラゴンとの戦いで蓄積した疲労が消えていき、ふつふつとファイトが湧いて来るのを感じた


「よーし、私もやってやるわ!」


 システィーナは、領都アクイラに向けて走り出し、大きくジャンプすると、彼女の大きな胸が弾んだ。そして、システィーナ・ゴールドの心も大きく弾むのだった。



(システィーナ)「ちょっと、エロい表現やめてよ!この馬鹿作者!」


                                  おわり

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