第8話 ・・ありがとう

 スフィーティア・エリス・クライは、任務を完了した。


 前よりも大物のヘリオドール・ドラゴンだ。並みの剣聖なら命を懸けるほどの敵だったと言える。スフィーティアは、ヘリオドール・ドラゴンの胸に跨り、剣聖剣カーリオンを深く突き刺し、心臓を抉っている。心臓の中にある『竜の心臓の欠片』を取り出そうとしていた。心臓を切り開くと、当然血が飛び出てくるが、スフィーティアなれた作業だからか、血をあまり浴びることもない。剣先に手ごたえを感じると、それを抉り取り出した。黄色い拳位の物体が取り出された。


「よっしゃー!」


 他人のいないところでは、品のない声を上げる美人剣聖様だ。

 それはさておき、取り出した物体は空気に触れると、鮮やかに光り輝く結晶体に変化した。これが、『竜の心臓の欠片』だ。この欠片は、竜によって色が異なる。ヘリオドール・ドラゴンは、黄色。エメラルド・ドラゴンは緑色などだ。ドラゴンの身体の色によるのだ。前のエメラルド・ドラゴンの物よりも大きく色は違うとは言え、輝きも数段増している。


「あ!」

 ヘリオドール・ドラゴンから降りると、スフィーティアは肝心なことに気づいた。

「どうやって、報告するの~~~~~~~っ!」

 シュライダーは、ドラゴンに潰された。これでは、報告のため、欠片を転送することができない。ドラゴンに潰されてペシャンコになったシュライダーに目を向ける。

 残骸が、そこらに散らばっていた。

「う~ん」

 せっかく、大きな欠片が手に入ったのに、と欠片を右手で上に投げては、キャッチしている。

「仕方ない。じいに連絡して一旦戻るか」

 スフィーティアは天を仰ぐ。


 そんな時だ。後ろから、柔和な男の声がした。

「お困りですか?美しい方」

「困ってなどいない!」

 キッパリとスフィーティアが冷たくあしらう。彼女には、誰かわかっているようだ。

「ええ・・・、相変わらずつれないな。戦地から駆け付けたのに」


 赤毛で長髪の背の高い男が現れた。スフィーティアも背が高いが、この男は2メートルは超えているだろう。一般的に剣聖は、普通の人間よりも背が高くなる。1割増し位と考えて欲しい。人間で170cmであれば、剣聖だと187cm位になる。スフィーティアは182cmだ。やはり、スフィーティアと同じ剣聖の正装である白地のロングコートに身を包んでいる。違うのは、コートの襟、袖と端の紋様とその色に赤と金色を使用していることだ。コートの色は、それぞれ剣聖の家紋の色を反映している。スフィーティアのクライ家は青、この男の家紋は赤ということだ。容姿はと言えば、切れ長の目に朱色の瞳、整った柔和な顔立ち。かなりの男前で、女性からモテそうなのだが、スフィーティアには全く通じないようだ。

 スフィーティアの冷たい言葉に、あまり動じていない様子のこの男は、アレクセイ・スミナロフ。アマルフィ王国の地においてドラゴン討伐を指揮監督する剣聖だ。背中に大きな剣を背負っているところを見ると大剣使いのようだ。


「そうか、ならばすぐに戻ったほうがいいのではないか?」

「そうするよ。用を済ませたらね。ヘリオドール・ドラゴンこいつ。よくもあんな闘いで倒せたものだ」

 スフィーティアの後ろのヘリオドール・ドラゴンの亡骸を見てアレクセイが言う。

「お、お前見ていたのか?」

「シュライダーからね。わざと雷に打たれたりしてよく平気なものだ。マネはできないな」

「その後もか?」

 スフィーティアが俯いて小声で尋ねる。

「ああ、凄く嬉しそうだったね。『よっ』」

 全てを言わせず、突然スフィーティアが、剣を抜きアレクセイに切りかかった。

「うわぁっ!」

 慌てて、後ろに飛びのきアレクセイは回避した。

「フフフフ、貴様は見てはいけないものを見たようだ」

 スフィーティアの眼が座っている。

「ここで死んでもらおう」

「ええ、ちょっと。冗談だよね!」

「問答無用!」


 スフィーティアが剣を振るい、アレクセイがそれをかわす。スフィーティアが本気なのかどうかはわからないが、その鋭い剣捌きをアレクセイも上手く回避している。

「ちょっと・・、あ、そうだ!何も見ていない気がしてきたよ」

 スフィーティアの鋭い突きに、アレクセイが躓いて後ろに倒れ尻もちをついた。スフィーティアの剣先がアレクセイの顎先に突きつけられる。

「うえっ!」

「何か言い残すことはあるか?」

「だから、待ってって!僕は何も・・」

 アレクセイが、スフィーティアを制止しようと右手を前に出す。

「そうか、ではこれで終わりだ」

 スフィーティアが、両手で剣を振り下した時だ。アレクセイの右掌が、スフィーティアの豊かな胸に触った。スフィーティアの剣を振るう手が止まる。


 モミモミ・・


 アレクセイが無意識なのかわざとなのか、指を動かしてしまった。アレクセイの顔面が蒼白になる。

「あ、これは、その、事故だから・・」

 スフィーティアが、アレクセイの顔面に剣を突き刺そうとしたが、アレクセイは回避し、剣が地面に突き刺さる。スフィーティアは剣を離すと、アレクセイの顔面や胴体を蹴り始めた。

「忘れろ!忘れろ!」

「忘れます!忘れます!あ、『よっしゃー』と言うのも豊かな胸の感触も忘れてきた気がするなあ。ハハハハ・・」

 スフィーティアの蹴りがさらに激しくなった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」


 アレクセイがズタボロになり、ピクピクっと痙攣したころで、スフィーティアの攻撃は止まった。

「口外したら、殺すからな」

「わ、わかりました」

 どうやら、スフィーティアの怒りは収まったようだ。


「で、何しに来たんだ?」

「スフィーティア、君のシュライダーの反応が消えたから、困っているだろうと思ってね。駆けつけたのさ」

 2人は、アレクセイのシュライダーに向かって歩いている。

「相変わらず、恩着せがましいな。他は大丈夫なのか?」

「まあ、君ほどの剣聖はいないけど、何とかなっているよ。先ほどもサスールに出現したエメラルド・ドラゴンを討伐したところさ」

「お前が、行く必要がある相手とも思えないが」

 スフィーティアは、ヘリオドール・ドラゴンの欠片を投げてはキャッチしている。

「サスールの子は、まだ着任したばかりで慣れないからね」

「中央も酷いものだ。新人をお前に押し付けるとはな」

「剣聖が不足しているのさ。仕方ないよ」


 2人は、シュライダーまで来た。『シュライダー』は、剣聖が使用するバイクのような乗り物だが、タイヤはなく宙に浮いて走る。流線型のスタイリッシュな形をしており、カラーリングは剣聖により異なる。アレクセイのシュライダーは赤色だ。アレクセイが、エアパネルを立ち上げる。

「どうぞ」

「ああ」

 スフィーティアは、パネルに手を触れ、スフィーティアであることを認識させる。報告用の画面を立ち上げ、ヘリオドール・ドラゴンの欠片をパネルに近づけ、手を離す。

「うわ、凄いな。久し振りにそれほど大きな欠片を見たよ」

 エアパネル上で欠片は回転し始め、回転が増すとともに次第に消えていった。


『任務完了、ご苦労』の文字が浮かび上がる。

 今回は前のように、向こう側への報告はないようだ。

 しかし、大きな『ハート』マークが浮かび挙がってきた・・。


 ガンガンガン!

 スフィーティアが、シュライダーを殴りつけ始めた。


「うわー、壊さないでくれ!」

 アレクセイが制止する。大きな『ハート』マークが消えると、報酬金額が浮かび上がった。

『報酬50,000リベリ-シュライダー代40,000リベリ 残額10,000リベリ』

「へえ、シュライダーってこんな高いんだな」

「残額10,000リベリ・・・」


 ガンガンガン!

 スフィーティアは、それを見てまた、シュライダーを殴り出した。

「うわー、本当に壊れちゃうよ~~~~~~~!」

 アレクセイは、再びスフィーティアを止めるのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 もう夜も明け、朝日が気持ち良い朝を迎えていた。アレクセイが、シュライダーを走らせ、その後部座席にスフィーティアが乗っていた。緑豊かな丘陵地帯だ。前方に、カラミーアの領都カラムンドが見えた。


「見えたよ」

「ここで降ろしてくれ」

「まだ少しあるけど、いいのかい?」

「ああ」

 アレクセイがシュライダーを止める。

 スフィーティアが、シュライダーを降りて何も言わずに、カラムンドに向けて歩き始める。アレクセイがスフィーティアをジッと見送っていた。


 暫く離れたところで、スフィーティアが振り向く。

「さっさと帰れ!暇ではないのだろう」

 スフィーティアが気になりだし、大きな声で言う。

「うん」

「アレクセイ、お前・・」

「え?」

 スフィーティアは言おうと思った言葉を飲み込んで・・、思いもよらない言葉が出てきた。

「あ、いや・・。

「え?」

 アレクセイの眼は点になる。

「ん?、なんだその顔は?」

「あ、いや、君にお礼を言われるとは思わなかったから・・」

 アレクセイが、照れくさそうに頭を掻く。

「また、殴られたいのか?」

 スフィーティアが指を鳴らす。

「ハハハ、勘弁してよ。それじゃ」

 そう言うと、アレクセイは手を振った。赤い流線型のシュライダーを回転させると、カラムンドとは逆方向に向かった。アレクセイのシュライダーは、凄い勢いで小さくなっていった。

 

 スフィーティアは朝日に照らされた美しい城塞都市カラムンドに向かって歩みを進めた。

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