第7話 雷竜
シュライダーの調子がおかしい。急に速度が落ちてきた。リザブ村を出た後、日も落ちすっかり暗くなった時刻、荒野を移動していた時だ。曇天の空からは今にも雨が落ちてきそうだ。
「ちょっと、保ってくれないかな。そうしないと、また報酬が減っちゃうよ」
スフィーティアの嘆き声だ。
「うん。あれは」
スフィーティアは西の方の空を見つめた。何か大きな影が東に向かって移動しているのが見えた。距離はそれほど遠くではない。スフィーティアの方に近づいてきて、前を横切るように移動して行った。
「ヘリオドール・ドラゴン!ビンゴだ」
スフィーティアは、急いでシュライダーをドラゴンと並走するように方向転換しアクセルを全開にした。しかしシュライダーの調子が悪いせいか距離が離れていく。
「え、うそ!これじゃ追いつけない」
スフィーティアは、急いでシュライダーのサイドボックスを開け、小さく折りたたまれたボウガンのようなものを取り出した。その持ち手の部分をギュッと握ると、展開され、光輝く大弓へと変化した。
「
呪念とともに、弦を引き絞り、飛んでいくドラゴンへと狙いを定める。すると、
「落ちろ!」
放たれた
「少しは、時間稼ぎができたろう」
ドラゴンは、この程度の攻撃では死なない。相手は、ヘリオドール・ドラゴン。雷の属性を持つ、上位3種のドラゴンの一つだ。上位3種とは、炎、冷、雷属性を指す。よって、ヘリオドール・ドラゴンは、前のエメラルド・ドラゴンよりかなり格上である。ヘリオドール・ドラゴンは、雷気を纏い、雷雲を呼び寄せ、自在に雷を落とす厄介なドラゴンである。頭の長い一本角と黄色い体色が特徴のドラゴンだ。
スフィーティアは、弓を背中に背負い、シュライダーを飛ばしてドラゴン落下地点に向かう。
「もう少しだ。頑張ってくれよ」
スフィーティアは、愛車に語り掛ける。それに応えるかのように、シュライダーは加速した。
「捉えた!」
ドラゴンに近づくと、既に、凍結は解除され、飛び立とうとしていた。
「逃がすか!」
スフィーティアは、シュライダーから飛び立つと、背中の大弓を取った。
「
再び、呪念を込めると、ボウガン形態に変化した。この武器は、念じることで、変化を起こすようだ。左手に装着すると、氷の小さな矢を今度は、連射させた。
「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!」
飛び立っていたヘリオドール・ドラゴンに全弾命中。再び凍結し、落下していく。
「あ!」
その瞬間、スフィーティアの時間は、かなりスローに流れた。
グシャッ!
ヘリオドール・ドラゴンが・・・、シュライダーの上に落下した。
「キャーっ!」
スフィーティアは、地上に降り立つと、膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな。私の報酬が・・・、消えていく~~~~~~~~~ッ!」
スフィーティアは、地面に両手をついて絶望している。
その間に、ヘリオドール・ドラゴンの凍結が解け、黄色い巨体が立ち上がった。目の前のスフィーティアを睨んでいる。スフィーティアの視線が、潰れて残骸となったシュライダーに注がれる。
「お前、なんて事をしてくれたんだ!」
スフィーティアは、立ち上がり、ヘリオドール・ドラゴンに近づいて行く。本当にこいつは剣聖かと思うくらい冷静さはない。ドラゴンを落とした
「ふう、もういいさ。済んだことだ」
スフィーティアは、目の前のヘリオドール・ドラゴンの顔を見上げた。口角が少し上がっている。
恐らくこいつを倒せば、前以上の報酬が得られると計算したようだ。立ち直りの早いヤツだ。
『ちょっと、書いてるヤツ!余計なこと書かないでよ!』
「スフィーティア・エリス・クライ、これより任務を開始する」
スフィーティアは、腰の剣聖剣カーリオンを抜く。
曇天の空からは小粒の雨が降り始め、天気が荒れて来そうな気配だ。ヘリオドール・ドラゴンの頭の長い一本角が明るくなり、体に雷気を帯び始めた。雲間が光ったと思うと、雷がスフィーティア目掛けて落下した。雷は、スフィーティアを直撃したようだ。普通なら丸焦げになるところだ。しかし、スフィーティアは、剣を掲げ、その場に立っていた。剣聖剣が避雷針の役割を果たしたようだ。それでも身体にそれなりの電流は流れたはずだ。
「うー、ピリピリしたー!」
スフィーティアは、身体を震わす。
「今度は、こっちから行くぞ」
そう言うと、スフィーティアは、飛び上がり、ドラゴンの顔を目掛けて蹴りを入れた。黄色い巨体のドラゴンがよろめいた。
「やはり、お前は強いな」
降り立つと、スフィーティアは不敵に言う。その表情は少し嬉しそうだ。
その間にもドラゴンは、飛び立ち、また一本角が輝き体に黄色い雷気を帯び始めた。周囲に光が弾けている。
『グ、ググ、グゴ、グゴゴ、グゴロ・・』
ドラゴンの鳴き声。しかし、それは音声となって発しているのではない、対象物の脳裏に響く音。その威嚇の声に人間であれば、それだけで恐怖で委縮し、動けなくなってしまう。
「何だ。怒ったのか」
しかし。剣聖には聴きなれた音でしかない。ヘリオドール・ドラゴンが、翼を大きく広げ一本角を前に押し出すと、角が閃光を放ち、今度は幾つもの雷が次々とスフィーティアの周囲に落下していく。短い時間であったはずだが、いつまでも続くように思われた。そして雷の落下が止む。雷が落ちた周囲にモクモクと煙が立ち込めて全く見えなくなる。きな臭いにおいが辺りを覆っている。そこには、スフィーティアがいたはずだ。回避する時間はなかった。煙が次第に晴れてきた時だ。煙から一閃の光芒が煙を切り裂き、ヘリオドール・ドラゴン目掛けて放たれる。
ドラゴンが気づき、避けたがよけきれず、翼を貫通した。
『グゴウォォ・・』
ドラゴンがふらつき、高度が下がった。
「少し本気を出させてもろおう」
煙の中から、スフィーティアが現れ、ドラゴン目掛けて飛び上がる。右手の剣聖剣カーリオンの刃が青白く光を放っている。ヘリオドール・ドラゴンは先ほどの攻撃で、雷気を失っていた。スフィーティアはドラゴンに接近すると、胸のあたりを狙い斬りりつけた。ドラゴンの急所だ。しかし、ドラゴンがかわしたため、わずかに皮を削いだだけだった。
「ちっ!」
しかし、そこで終わらず、回転しながら左手でドラゴンの翼を掴み、ドラゴンの背上に飛び乗った。そして、カーリオンをドラゴンの背中に突き刺し、そのまま頭部の方に駆ける。
「ううぉー!」
ドラゴンの血しぶきが飛び散る。
『グガウォォォォ!』
ドラゴンは堪らず、吠える。しかし、この攻撃がドラゴンの怒りに火をつけたようだ。一本角が再び輝き、体に雷を帯び始めた。その刹那、上空の雲間から大きな雷がドラゴン目掛けて落ちてきた。
スフィーティアは、間一髪で、ドラゴンから飛び降り、避けることができた。小粒の雨は
地上に降り立ったスフィーティアは、ドラゴン見上げる。そこに雷が幾重に落ちてきた。スフィーティアは、それを素早くステップを踏みながら華麗にかわしていく。接近戦に持ち込みたいが、雷を帯びている間は、近づけない。走っている間もスフィーティアは、先ほどの『
(恐らく、チャンスは一度きりだ。それを逃せば長期戦になる。そうなればこちらが不利だ)
スフィーティアは雷撃の攻撃をかわしつつドラゴンに接近していた。先ほどのような虚を突くようなことはできない。
(ならば・・)
ここは、接近して
『よし、行ける!』
スフィーティアは、ジャンプして、ヘリオドール・ドラゴンの懐に飛び込み、カーリオンを胸に突きつけようとした時だ。上空から落ちてきた雷がスフィーティアを貫いた。
「グファッ!」
カーリオンを握る力が抜け剣を落とし、スフィーティア自身も地面に落下した。完全に感電したように、白目を向いてピクピクと痙攣していた。生きているのが不思議な位だ。そこにヘリオドール・ドラゴンも止めを刺そうと降りてきた。雷気は無くなっていた。先ほどの一撃で力は尽きたようだ。
『グゴゴゴウォ・・』
ヘリオドール・ドラゴンは、上体を逸らし、スフィーティアを嚙み殺そうと大きな口を上に上げた時だ。
カタ、カタカタカタ・・・。
スフィーティアのところから少し離れた位置に落ちていたカーリオンが動き始めた。すると剣先がヘリオドール・ドラゴンを捉えると光芒が放たれ、ヘリオドール・ドラゴンの胸を貫いた。
ドラゴンの口から大量の血が流れだす。ドラゴンは、何事が起ったのか理解できず、カーリオンに目を向けた。すると、スフィーティアは、何事もなかったかのようにムクリと起き上がり、ドラゴンを見上げた。
「残念だったな。後もう少しだったのに」
スフィーティアは、右手を、剣を振るうように前にやると、カーリオンが、勢いよく飛び、ドラゴンの胸に突き刺さった。
『グガガガウァ・・』
堪らず、ヘリオドール・ドラゴンの巨体が、スフィーティアの目の前に落下した。
ズドドーンッ!
ヘリオドール・ドラゴンの口からは、大量の血が、とめどなく溢れている。目も力なく、スフィーティアの方を見ていた。スフィーティアは、ヘリオドール・ドラゴンの上体を起そうと、蹴り上げた。ドラゴンが仰向けになると、スフィーティアはその胸に飛び乗った。突き刺さったカーリオンを両手で握る。
「終わりにしよう」
スフィーティアは、剣を、胸奥に抉りこむように突いた。ヘリオドール・ドラゴンの眼から生気が失せていく。スフィーティアは、ヘリオドール・ドラゴンの胸に腰を下ろし夜空を見上げた。ヘリオドール・ドラゴンの力が失われると、急に雨や止み、雲に覆われていた空から雲が消えていき、次第に星々の煌めきが戻って行った。
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