第6話 灰色の眼の少女

 数日が経過した。ここリザブ村はカラミーア領の南西に位置する小さな村だ。時刻は昼時、天気は少し雲が出ているが晴れている。村の中央の広場付近にある役場に告知の立札が立っていた。村人等が群がってその告知を見ていた。

 告知は告げていた。


『志願兵募集

 カラミーア領西方国境の町ボンがドラゴンの襲撃を受け、壊滅した。辺境の蛮族ガラマーン族がこれに合わせ、領内に侵攻。領主カラミーア伯爵は、これに対処すべく兵を動員している。雄志ある者よ。国の困難な時。立て!』


 役場の周りはざわついていた。

「カラミーアが、ドラゴンに狙われているのかよ」

「国境の町は、壊滅して、辺境の蛮族に奪われたって話だ」

「ここは、国境からは遠いが大丈夫と言えるのか?」

「志願兵って、ドラゴンと戦うんじゃないだろうな。敵いっこないぞ。命をどぶに捨てるようなものだ」

「何を言ってる。国の危機に立たなくてどうするよ。俺は志願して一旗揚げるぜ」


 役場から村長が出てきた。黒髪に白髪交じりの短髪でやはり白いものが混じった髭顔のたくましい男で名をアーノルド・ビルという。腰には長剣を帯びていた。昔は兵士として腕を慣らしていたようだ。ビル村長が口を開いた。

「みんな聞いてくれ。告知にある通り、カラミーア領内にドラゴンが現れたようだ。すでに国境の町は襲撃を受け、壊滅。辺境の蛮族に奪われた。これは、カラミーアの危機だ。よって、領主カラミーア伯爵様は、各地に兵の動員を指示された。ここリザブ村にも動員指示が来ている。是非雄志ある者は、志願して、カラミーアのこの危機に立ち上がってもらいたい。また、みんなも心配だろうが、ここリザブ村は安心だ。ここは、ドラゴンが現れた国境付近からも離れている。みんなは普段通り仕事に精を出して欲しい」

「村長がそう言うなら、大丈夫か」

 立札の周辺でガヤガヤしていた村人たちは、ぼちぼちと仕事へと戻って行った。ビル村長は村人から信頼されているようだ。だが、1人だけ尚も、深刻そうな面もちで立札を見ている者があった。

「エゴン、どうした?志願してくれるのかな?」

 ビル村長が、男に声をかけた。

「あ、いや。なんでもないです」

 男は焦ったように、足早に去って行った。

「おい、エゴン!」

 村長は後ろから呼んだが、男は聞こえないのか、行ってしまった。

「変なやつだな」


 エゴンは、自宅に急いだ。顔色が良くなかった。家のドアを勢いよく開け、バタンと乱暴に閉じると、妻を呼んだ。

「エレノア、いるか?」

「どうかしましたか?あなた」

 妻のエレノアが奥から出てきた。

「急いでくれ!村から出るぞ。エリはどうした?」

「あなた、急にどうしたんですか?村を出るって・・」

 妻はビックリして尋ねる。

「ドラゴンがこの村にやって来るかもしれん。エリの身を隠さなくてはならない」

「な、なんですって!どこからそんな情報を・・」

「役場の前に立札が出ていた。カラミーアの国境付近の町がドラゴンの襲撃に会い、壊滅したようだ。ここからは、まだ遠いが、ドラゴンがカラミーアに現れた以上ここから離れた方がいい。いつエリの所在を嗅ぎ付けるかわからない」

「ああ、こんな時が本当に来るなんて・・」

 エレノアはエゴンの胸に寄りかかりすすり泣いた。

「落ち着くんだ、エレノア。お前が慌ててどうする。エリはどうした?」

 エレノアの肩を掴み、エゴンは真顔で訊いた。

「学校です」

「そうか。今のうちに荷造りをしよう。数日の内に出立する」

「何もそんなに急がなくても。」

「嫌、ドラゴンの能力を侮ってはいけない。奴らがエリを狙っている以上ここは危ない。世話になったビル村長やこの村の人たちに迷惑はかけられない。我々がいなくなれば、村は襲われないかもしれない。急いで荷物をまとめよう」


「サム、いじめは、ダメよ!」

 同じ頃、ここはリザブ村にある小さな学校の庭だ。長い銀髪の少女が、自分よりも身体の大きな男子と対峙していた。サムと呼ばれた男の子の後ろには、さらに2人の男の子が笑いながら控えていた。少女の傍らでは男の子が泣いていた。顔にあざがある。どうやら、サムに殴られたようだ。

「な、なんだよ。またお前かよ。エリーシア、女だからって、殴らないと思ったら間違いだぞ」

 そう言って、サムは拳をあげる。その額には汗が薄っすら出ている。

「殴れるものなら、殴ってみなさい!」

 エリーシアと呼ばれた少女は、あくまで強気だ。彼女の灰色の眼は、ピクリともしない。

「こ、このを!」

 サムは、本当にエリーシアに手をあげようとした。しかし、その手は、エリーシアの顔に触れる直前で止まる。彼女は、寸分も動くことはなかった。

「ちっ!女なんか殴れるかよ。父ちゃんに俺が殴られちまう。お前ら行くぞ」

 そう言って、サム率いるガキ大将グループは、その場を離れた。

「ウッ、ウッ・・」

「ジョミー、あんたも男の子なんだから、しっかりしなさいよ」

 そう言って、エリーシアは、まだ地べたにへたり込んでいる男の子に手を差し出す。ジョミーと呼ばれた少年は、エリーシアの手を取って立ち上がった。

「そんなこと言ったって、サムは身体も大きいし、敵うわけないもん。なんで、エリーは、そんな風にできるのさ?怖くないの?」

「気持ちの問題よ。お父さんから弱い人を守れる強い人間になりなさいって、教えられてるもの」

「でも、エリーはさっきサムが本当に殴ってきたらどうしたの?」

「決まってるじゃない。ボコボコにしてやるわ」

 少女は、灰色の眼を見開きそう言うのだった。ジョミーは、エリーシアの方がサムよりも怖いと感じ、背筋に悪寒を感じた。

 

 スフィーティア・エリス・クライは、ドラゴンの痕跡を求めて、シュライダーを駆りカラミーア領内を移動していたが、特にドラゴンの情報は得られていなかった。

「う~ん、なんかやばい気がしてきたんだけど・・」

 先ほどから、シュライダーの調子がおかしいのだ。そんな時にリザブ村付近を通過しようとしていた。時刻は夕刻。村の近くで1人の銀髪の少女とすれ違った。

「うん、あれは!」

 スフィーティアは、慌ててシュライダーを停めた。

「そこの娘」

 後ろを振り返り、声をかける。

「え?」

 少女が振り向いた。銀髪の長い髪で灰色の質素な服着た痩せた少女だ。しかし、どこか気品を漂わせ、澄んだ灰色の眼は、何でも吸収したいという意欲を感じさせ、見る者を魅了するかのようだ。間違いなく美少女である。そう、エリーシアだ。

「お姉さん、何か用?」

「いや、済まない。声をかけて」

 スフィーティアはシュライダーを降りて、エリーシアに近づいた。腰を落とし、彼女に顔を近づけて言った。

「私がわかるか?」

「え?どなたですか?」

 エリーシアはキョトンとしていた。スフィーティアは、夢に出てくる少女かと思ったのだが、気のせいだったようだ。

「いや、いいんだ。呼び止めて済まなかったな」

 スフィーティアは、微笑した。

「お姉さん、すごく綺麗だね。騎士様なの?」

 スフィーティアの腰の剣を見て、目を輝かせて言った。

「え?まあ、そんなところだ」

 スフィーティアは、腰を上げて、エリーシアの頭を優しく撫でた。

「ではな。呼び止めてすまなかった。気を付けて帰りなさい」

 スフィーティアは、シュライダーに跨るとその場を後にした。エリーシアは、スフィーティアが見えなくなるまで、ずっと見ていた。


「エリ!こんなところにいたのか」

「お父さん」

「また村の外で、1人で遊んでいたのかい?」

「今ね、長い金色の髪のすごく綺麗な女の騎士様とお話していたのよ。その方は、とっても綺麗でまるで教会にある絵の中の天使様みたいだったの」

「え?また、空想かい?」

 エゴンは、エリーシアの手を取った。

「違うわ。本当にいたのよ。宙に浮く乗り物に乗って行っちゃったわ」

 エリーシアは話したくてしょうがないようだ。

「宙に浮く乗り物に乗ったすごく綺麗な女騎士だって!」

 エゴンは驚いた。

「どうしたの?お父さん」

 少女は父を見上げる。

「いや、何でもない。さあ、家に帰ろう」

 エゴンは、エリーシアの手をギュッと握った。

「うん」

 

 少女は微笑むと、二人は家路についた。この少女エリーシア・アシュレイこそ、後にスフィーティアの運命を大きく変えていくこととなるが、これが二人の初めての出会いであった。

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