第9話 領都カラムンド
カラミーア伯爵領の領都カラムンド。カラミーアの中心からやや南西に位置し、非常に商業が盛んで活気のある城塞都市だ。カラミーアは、アマルフィ王国西端に位置することから、領都カラムンドは西方の異民族やさらにその西方にある人族国家との交易の中継点でもある。都市内には異民族や獣人族の居住区もあり、多民族都市と言える。異民族との紛争も起きる(現に現在ガラマーン族が侵攻してきている)が、それによって、領都内の異民族を締め付けるようなことはしない。それは、カラミーア伯爵の融和策による。市民も伯爵の政策を支持し、治安はとても良い。
スフィーティアは、カラムンドの南門に着いた。スフィーティアが到着したら、丁重に案内するよう命令されていたが、まさか、徒歩で来るとは思っていなかった外壁城門を守る衛兵は驚いた。すぐに、城に連絡が飛んだ。
「しばらく、お待ちください。お迎えが参りますので」
「ありがとう。でも、街を見たいから、歩かせてもらうよ」
そう言うと、スフィーティアは、城門をくぐり、石畳の道を中心に向けて歩いて行った。通りの両端には、統一されたオレンジ色の屋根の石造りの建物が立ち並ぶ。
「ええッ!」
門番の衛兵が混乱する。門を離れるわけにも行かず、再び伝令が城に走った。
まだ、朝早い時間だが街は人々の熱気がムンムン感じられる。スフィーティアの白いロングコートの煌びやかな出で立ちは、目立つらしく街の住民が皆、スフィーティアの方を見た。途中子供たちが大勢いるところでは、子供たちが群がってきて、周りを囲まれる。
「わー、なんだ?すげー!」
スフィーティアの腰に差した剣聖剣や、背中のボウガンに触ろうとする。
「わ、こらよせ、危ないぞ!」
「お姉ちゃん、カッコイイね、何処から来たの?」
「スゲーな!」
「こら、危ないから触るな!わ、どこを触っている!」
武器に触ろうとする手を払いのけていたが、スフィーティアはお尻や胸も触られ始めたようだ。スフィーティアは、困り果てた。
「コラー!ガキども!何をやっているか!」
衛兵が馬車でやってきた。
「やべー、ずらかれ!」
子供たちは散って行った。
「あのいたずら好きのガキどもめ。ほんとしょうがない奴らだ」
衛兵が馬車を降り、スフィーティアに敬礼をした。
「助かった。ありがとう」
「ハッ!剣聖殿ですね。お迎えにあがりました。カラミーアの危機を救って頂いた英雄にお会いできて光栄です」
「あ、いや・・・」
そんなふうに噂が広まっているとはスフィーティアは、思わなかったので戸惑う。扉を開けてくれた御者に礼を言い、馬車に乗り込んだ。
街を進んでいく間にも、『ドラゴン討伐の剣聖到着』の情報は街中に広まったようだ。進む路の脇には住民が、スフィーティアを一目見ようと集まってきていた。
「おい、あれに剣聖が乗ってるってよ。国境に現れ、部隊を壊滅させたドラゴンを簡単に退治したっていうじゃないか」
「本当かよ?剣聖ってのは本当に人間なのか?」
「それも、超絶美人っていう噂だ。顔を出してくれないかな。拝みたいものだ」
スフィーティアは、そういった噂に慣れているのか、窓から顔も出さず、眼を閉じて座っていた。やがて城との境の堀に架かった橋を渡り、内壁の城門で馬車が止まった。城門では城の高官が出迎えていた。
スフィーティアが馬車を降りると、堀の向こう側の群衆からどよめきの声が上がる。馬車を降りた時に透き通った長い金色の髪をかき分ける仕草に、心を奪われたようだ。スフィーティアは、微笑を浮かべ群衆に会釈をすると、その場は歓喜に沸いた。
スフィーティアは、出迎えた高官と握手を交わす。高官もその光景には、驚いてるようだ。
「お、お待ちしておりました。剣聖殿」
「スフィーティア・エリス・クライです。出迎え痛み入る」
「失礼しました、スフィーティア殿。乗り物で来るだろうとお聞きしていましたので、出迎えもせず失礼しました。乗り物はどうされたのでしょうか?」
「ああ、途中トラブルにあって・・」
「トラブルですか?」
「ドラゴンと遭遇したので倒した時に・・・」
「何と、またドラゴンを倒したですと!これは、すぐに報告しないといかん!ささ、わが主君がお待ちです」
スフィーティアは内門を潜ると、立派な庭園が広がっていた。正面にある古い城を見上げる。石造りの頑丈そうな歴史を感じさせる城だ。
「さあ、こちらにどうぞ」
高官が声をかけると、大きな城に入る扉がキシキシと音を立て開いた。
スフィーティアは、高官に付いて城の大きな扉を潜っていく。中が外よりも暗いため、一瞬目が眩むが、広間の先に、文官武官が両端に整列し、そして正面の玉座に座るカラミーア伯が見えた。戦場での鎧武者の姿とは違い、執務用の赤い正装の姿であった。スフィーティアを見止めるやカラミーア伯爵は玉座を立ち上がると、言った。
「カラミーアを救った英雄の登場だ!」
「おおー!」
城中がどよめいた。スフィーティアは、文官武官が居並ぶ中を先ほどの高官に続いて進んだ。高官がカラミーア伯に近づき、何事かを告げると、カラミーア伯は眉を動かした。高官が脇に退く。スフィーティアは、カラミーア伯の前で膝を付きかけたとき、壇上を降りたカラミーア伯がスフィーティアの手を取り、立ち上がらせて、口を開いた。
「スフィーティア殿、よくぞ参ってくれた」
そして居並ぶ文官武官の方を見下ろし告げる。
「皆の者よ、聞くのだ。このスフィーティア殿が、また領内のドラゴンを倒したとのことだぞ!」
「おお!」
城内がどよめく。どよめきが収まるのを待って、スフィーティアが口を開いた。
「伯爵、盛大な歓迎を頂き痛み入ります」
カラミーア伯は、とても嬉しそうであった。それが、ドラゴンの脅威が減ったからなのか、スフィーティアと再び会えたからなのかハッキリしなかったが、興奮し、顔がにやけているところからすると後者なのかもしれない。彼女を上から下までじっと見ていた。
その熱い視線は無視して、スフィーティアが言う。
「領内を見てまいった途中幸い、ドラゴンと遭遇し、これを撃退しましたが、領内のドラゴンの脅威は止んでおりません。ドラゴンの情報提供に引き続き協力をお願いします」
「勿論だとも。我らはあなたへの協力を惜しむつもりはない。是非その手で領内のドラゴンを打ち滅ぼしてもらいたい」
その顔は尚も、赤くにやけていた。
「それでは、スフィーティア殿。奥で話そうではないか!ささ!」
カラミーア伯は上気ながら、スフィーティアの腰に手をかけようとする。
「カポーテ様、お待ちを!」
横に侍して先ほどからイライラしながら見ていた女魔導士がついに口を挟んだ。サンタモニカ・クローゼだ。カラミーア伯の軍師でもある。
「な、何かな?モニカよ」
カラミーア伯は、ギクっとして、横の魔道士の方を振り向いた。
「伯爵自ら説明するには及びません。軍師である私の方からスフィーティア殿には説明いたしましょう」
「そ、そうか。軍師であるそなたから説明するのなら問題なかろう。だが、私からも伝えておいた方がいいことがあるのだが・・」
「どのようなことでしょうか。皆がいる前でお伝えされたら、いかがでしょうか?」
モニカの容赦のない言葉に、カラミーア伯の額から冷や汗が流れた。
「ワッハッハッハ!そう、いじめるでない。モニカ。仮にもお前の主ではないか」
アマルフィ王国が誇るテンプル騎士団の
「剣聖殿。先の戦いでは助けて頂いた。このブライトン、命を救われた。礼を言おう」
ブライトン卿がスフィーティアに頭を下げた。
「ブライトン卿、回復したご様子で何よりです」
「モニカ、話し合いには、私も同席させてもらおう」
「どうぞ。では別室に参りましょう。カポーテ様、では、我々は打ち合わせをしますので、失礼いたします」
「うむ、よろしく頼む。スフィーティア殿、歓迎の宴がある。また後ほどな」
カラミーア伯は天井を仰ぎ、ため息を付きながら玉座に腰を降ろした。
スフィーティアは、渋面のカラミーア伯に会釈をすると、女魔道士について謁見の広間を後にした。
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