024「荷物の中身」
「……」
「……」
応接室は、奇妙な緊張感で張り詰めていた。
室内には僕と
姿勢良く座っている
おかしいな。依頼を受けた昨日の時点で大分打ち解けられたように感じたんだけど……。
「
「へ、あ、わ、私ですか?」
「いや、あなたしかいないですけど……」
僕が話しかけると、ビクっと怯えるような反応を見せた。明らかに様子がおかしい。挙動不審だし、僕と目を合わせようともしない。初対面の時よりも心を閉ざされてしまっているようだ。
まいったな。依頼の完遂のためには、彼女と腹を割って話す必要があるのに……。
「
「……分かってます。一応、覚悟はしてきました」
重々しい口調で下を向く
「そうですか、では早速依頼の……」
僕がそこまで口に出した途端、
「お気持ちは嬉しいですが、お断りさせていただきます!」
そして、強い意志を感じさせる声で、彼女はそう言った。そんなに大きな声、この子出せたんだ、と意外に感じるほど、はっきりとした言葉だった。
「何の話ですか?!」
しかし、僕には全く身に覚えが無い。
「え、え、あれ? 今日、私に告白するために呼び出したんじゃないんですか?」
頭をあげ、
「そんなわけないでしょう……普通に依頼のことですよ」
「ああ、そうだったんですか……よかった……」
心底安心したような表情になり、崩れるように椅子に座った。そのあまりの安堵っぷりに、無意味に傷つく。全然、
しかし、
「おい、
「え、あたしっすか?! あたし、何にもしてないっす!」
「お前以外ありえねえんだよ!」
白々しく無罪を主張する
ていうか、消去法なんか使わなくてもコイツしかいない。
「そりゃひどいっす! 偏見っす! 冤罪っす! 認知バイアスっす! どこにあたしがやったって証拠があるっすか!」
「え、
「やっぱりお前じゃねえか! すぐバレる嘘つくんじゃねえ!」
携帯の画面を見せながら
ていうか、ホントにしたんだ。ライン交換。
「あ、これ嘘だったんですね……」
「はい。安心してください。僕の『身長の壁』はそんなに低く無いです」
「身長は低いっすけどね」
「ぶっつぶすぞお前」
「お、つぶしてあたしのことも小さくするつもりっすか?」
「違うわ!」
ほんとに、コイツ、どうしてくれようか……。
僕らのやり取りを見ながら、
「なんだか、ひどい勘違いだったみたいですね……ごめんなさい。先ほどの発言、撤回させてください」
「そんな、僕は別に気にしてませんから……」
「正直、お気持ちも嬉しくないです」
「……とどめ刺しに来ないで下さい」
今更だけど、この子も結構良い性格してるな……。
閑話休題。
「本日お呼び立てした理由は他でもありません。依頼の件です」
僕の言葉に、
「僕たちは、昨日、【黄昏】に入り、大貫彩乃さんに接触することができました。【黄昏】に迷い込んでから日が浅かった彼女は、まだ自分の未練に気づいていないらしく、ほとんど生前の姿のままでした。」
「本当ですか!」
「ええ。ただ、すでに色々なことを忘れ始めていました。自分の名前さえ曖昧な状態……残念ながら
「そう……なんですね」
「しかし、記憶がはっきりしていないだけで、話し方や醸し出す優しい雰囲気、人間性の素晴らしさは伺っていた通りでした。僕らのこともすんなり受け入れていただけて、依頼は滞りなく進み、『依頼書』に受領印をもらって終了、となる予定だったのですが……」
じっと
「あなたの荷物の中身を見た途端、突然様子がおかしくなりました。話す言葉も態度も豹変し、身体が異常に変化していきました。恐らく、自分の未練に気がついてしまったのでしょう」
「……!」
「どう、変化したんですか?」
その問いかけは、どこか自分の予想を確かめるような、悪い予感が外れてくれることを祈るような響きがあった。
「髪が、異常に伸びました。公園の敷地いっぱいに広がるほどに、です」
そして、多分、僕の推測も正しかったみたいだ。
「……大貫さんは完全なる【黄昏】の住人になってしまい、僕らの声は届かなくなってしまいました。結局、荷物を受け取ってもらう事はできず、こうして戻ってきていると言うのが現状です」
「……そう、ですか」
遠い目をしながら
「本当に……【黄昏】なんてあったんですね」
「疑われていましたか?」
「はい。少し。さすがにちょっと胡散臭いかなって思ってましたけど、作り話にしてはできすぎています。信じるしかないでしょう」
……さて、ここまでは下準備だ。単に【黄昏】の中で起きた事実を伝えただけだ。ここから先は、交渉になる。
「……
「え……」
「不慮の事故ではありましたが、これはお客様との約束を破った事になります。本当に申し訳ありません」
僕は立ち上がり、深々と頭を下げた。どんな理由であろうとも、僕らがやったことは契約違反だ。頭を下げるくらいで済むこととは思っていないが、せめてもの誠意だ。
「……そうですか、見てしまったんですね」
深いため息。全てを諦めたような、身体中の空気が全部抜けてしまうようなため息だった。
「ええ。この荷物の中身が、大貫さんの未練と強い関係があることも、彼女の反応から間違いない。そして、そんなものをあなたが偶然送ったとは思えない……。
「……」
「……
僕がそう言い切ると、応接室の中は静まりかえった。
痛いほどの静寂の後、ぽそりと、聞き逃してしまうほどの小さな声で彼女は言った。
「……中身、見たんですよね。じゃあもう分かってるんじゃ無いですか?」
「……あくまで推測ですが、何となく察しはついています」
「なら、聞かせてもらえますか? あなたの推測」
隣で息を潜めていた
「せんぱいせんぱい。あたし、荷物の中身しらないっす。何が入ってたっすか?」
「ああ……。それはな」
ちらっと
僕は風呂敷包みの結び目をほどき、中身を取り出した。
「髪の毛だ。
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