004「依頼人・桂木芽衣子」

「あの……黄昏運送さんって、こちらであってますか?」


 入り口から聞こえた声に、僕と大曲おおまがりは振り向いた。


 そこには制服姿の小柄な女子高生が所在なさげに立っていた。短く切り揃えられた髪型に、地味な眼鏡。制服から察するにこの近くの女子校の生徒だ。手には、妙に古風な風呂敷包みを持っている。


「はい。黄昏運送はここですが……」


 僕がそう言うと、少女は少し安心したように息を吐いた。前髪が少しだけ揺れる。


「よかった……。あの、この広告を見て来たんですけど」


 少女はA4サイズのチラシを差し出した。チラシの上にはポップな字体で「黄昏運送」の文字が書かれている。どうやら、お客様らしい。


「あ! それ、せんぱいが作った激ダサチラシっすよね! それ見て来る人、ホントにいたっすか!」


 大曲おおまがりが驚愕の表情を浮かべながら言った。お客様に対してあまりに失礼な反応である。だが、それ以上に看過出来ない台詞があった。


「激ダサ?! さすがにそれは言い過ぎだろ!」

「いや、そんなことないっすよ! よく嬉々としてそんな生き恥ポストに入れられるなって感心してたっす!」

「生き恥って……何がそんなに悪いっていうんだよ」

「いやいや、もうなんていうか、配色も、フォントも何もかもっす! 挿絵に関しては『いらすとや』出禁になっても文句言えないレベルっすよ! 自治体主催の町内盆踊り大会のチラシの方がまだマシっす!」


 大曲おおまがりはかつて無いほど真剣な表情でまくし立てる。コイツのこんなに真面目な顔、見たこと無いかも知れない。

 

「キャッチフレーズもきついっす!『想い、届けます。あの世まで』……って、ちょっと語順かっこ付けてるのがマジでサムいっす!」

「何を!? 倒置法を駆使したハイセンスフレーズだろうが!」

「トーチホウ? せんぱいごときが何を統治するっすか! 国王気取りっすか! 思い上がりも甚だしいっす!」

「その統治じゃない! ボケなのかアホなのか分からん事をいうな!」


 だめだ。ラチがあかない。そもそも大曲おおまがりの言葉は信用できない。いつもノリとテンションだけで会話しているやつの評価などあてにする方がまちがっているのだ。


「あの、お嬢さん。急で申し訳ないんですけど」

「え、あ、はい」


 僕と大曲おおまがりのやり取りを呆然と見つめていた少女は、我に返ったように返事をした。


「そのチラシ、そこまで悪くないですよね? センス良いとは言わないけど、それなりですよね?」

「え、あ、うーん……」


 突然の質問に、少女は困ったように眉根を寄せた。


「お嬢ちゃん! 正直にこたえるっす! このチラシ作ったのが自分のカレシだったら、どう思うっすか?!」


 大曲おおまがりがそう言うと、少女は改めて僕のチラシをじーっと見つめた。

 そして、小首をかしげながら言った。


「……不愉快?」


 ……きっつ。


「ほら、これが民意っすよ! とっととトーチをやめて、退位するっす!」


 得意げにハナをならす大曲おおまがり。まだ誤解は解けていないらしい。

 チクショウ。なんで誰もチラシの投函止めてくれなかったんだ……!



 閑話休題。


 

「……桂木かつらぎ芽衣子めいこと言います。桜丘学院女子の2年です」


 応接室の大きめのイスに姿勢良く座り、少女は小さな声でそう名乗った。


 桜丘学院女子と言えば、地元では有名なお嬢様校だったはずだ。座り方一つとっても品のある子だと思わせる育ちの良さがうかがえる。


 ベリーショートというのだろうか、かなり短く切りそろえられた髪型をしており、活発な印象がある。しかし、かけている眼鏡は地味で、その下の顔も、整ってはいるものの、どこか自信なさげだった。


 目線がきょろきょろとせわしなく動いており、落ち着きがない。もちろん、こんなこの世の終わりみたいな怪しげな建物にひとりで踏み込んできているのだから、緊張感があるのは当然だろう。


 しかし、それを差し引いてもどこか過剰なまでに周囲を警戒しているように見える。まるで、自分の視界に慣れていないような……。


千曲川ちくまがわあきおと申します。黄昏運送の現場責任者をやらせて頂いております。そしてこちらが部下の大曲おおまがりななみです」

「あ、はい。どうも……」


 桂木かつらぎさんは緊張した面持ちでぎこちなく頭を下げた。無理も無い。彼女の目の前にいるのは、世にも奇妙な会社に所属する眼帯男と大女だ。簡単に警戒がとけるはずも無い。


「誰が大女っすか! せんぱい、失礼っすよ!」


 大曲おおまがりが僕の思考に割って入る。

 やめろ。人の心を読むんじゃない。


「てか、あたし170cmちょっとだから、普通にちょっと高身長なだけっすよ。あたしが大きく見えるのはせんぱいがチb」

「殴るぞ」

「……つつましやかなだけっす! 人のせいにしないで欲しいっす!」


 僕の本気が伝わったのか、大曲おおまがりは直接的な表現を避けた。

 世の中には本当の事でも、言っていいことと悪いことがある。


「……」


 桂木かつらぎさんがじっと僕らの方を眺めている。


 まずい。僕らのやり取りを見てさらに警戒レベルが上がってしまったのかもしれない。何はともあれ、彼女の警戒を解かなければ。


「……大曲おおまがり

「なんっすか?」

「先輩命令だ。何とか空気を和ませてくれ」

「せんぱい命令なら仕方ないっすね。かしこまりっす!」


 ヒドイ無茶ブリだったが、大曲おおまがりはびしっと敬礼を返した。先輩の無茶な命令にホイホイ乗っかるあたり、案外体育会系気質というのは本当なのかもしれない。


 大曲おおまがりは柔和で人懐っこい笑顔を女子高生に向けた。自分と歳が近く、同性であるコイツのほうが警戒は薄まるだろう。


 それに、大曲おおまがりは破天荒ではあるが、初対面の相手とも臆面なくコミュニケーションをとれるヤツだ。僕が話すよりスムーズに違いない。


 大曲おおまがりはにっこり笑ったまま言った。


「お嬢さん、かわいいね! どこ住み? 彼氏いるの? ライン教えて?」

「……(絶句)」


 コイツに一ミリでも期待した僕がバカだった……!


 よりにもよって若い女子がこの世で一番警戒すべき生物、霊長類サル科ヤリ目ヒトデナシに扮するという超シュールギャグ。空気が和むはずがない。僕からお願いしておいてなんだが、考えうる限り最悪の回答だった。


「えーダメっすか? ネットだとこうやって空気和ませようとしてくる人いっぱいいるじゃないっすか」

「いるかもしれないけど、あれは空気和ませてるわけじゃねえんだよ! 欲望に忠実なだけだ!」

「お、なんか詳しそう。せんぱい経験者っすか?」

「そんなわけねえだろ! 僕ならもっとちゃんと段階を踏む!!」

「いや~。それはそれで気持ち悪いっすよ~」


 大曲おおまがりがケタケタと笑う。とても癇に障る笑い声だ。こいつの煽りスキルは天性のものと言っていい。


「……ふふっ」


 その時、力の抜けるような笑い声が聞こえた。笑い声の主は、桂木かつらぎさんだった。


「……申し訳ありません、お見苦しいところを……」

「え、いや、ご、ごめんなさい。私こそ、入ってくるなり黙ってしまって……ちょっと緊張してました」


 桂木かつらぎさんはそう言うと申し訳なさそうに笑った。笑うととても可愛らしい子だった。

 方法はどうあれ、大曲おおまがりのおかげで何とか空気は和らいだようだ。


「……それでは、桂木かつらぎさん。早速ですが本日のご用件は?」

「あ、はい。そうでした……ええっと……その……」


 桂木かつらぎさんは眉間に皺を寄せながら、言葉を選んでいる。


 何を言っていいか分からない、と言うよりか、自分が今から言おうとしていることがあまりに突飛なので、本当に口にしていいものかどうか迷っているように見える。


 そして長めの沈黙の後、桂木かつらぎさんは半信半疑のまま、おずおずと言った。


「あの……。ここなら『死者に荷物を届けられる』っていうのは、本当なんでしょうか?」

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