揺れる電車

黒メガネ

僕とお姉さん

 改札を通り、僕はホームへと出る。もうすぐやってくる電車に乗り遅れると、次乗れるまで一時間も暇な時間を過ごすことになる。これぞ、田舎の不利益ってやつだ。

 到着した電車に乗り込む。始発駅なので、どこでも自由に座ることができる。これが朝の通勤・通学ラッシュなら大変なことなんだけどね。すし詰め状態になるから本当に困る。

 窓際の席を選んで座る。今日の大学の授業は午前中だけで、しかも簡単な教科だったからノートパソコンみたいな重たいものは持ってきていない。おかげで楽に移動ができる。

 さて、発車までおよそ十五分ってところか。この時間も地味に暇なんだよね。でも、早く乗らないと始発駅でも座れないという事態が発生するから避けなければ。

 とりあえず、スマホから今日の課題を終わらせようと画面を開く。大学のサイトにアクセスし、そこから課題が表示される画面に移動すると、不意に声が掛けられた。


「ここ、空いてますか?」


 声のしたほうを見ると、お姉さんが少し首を傾げているのが見えた。そして、お姉さんと僕の間には僕が荷物を置いて占領している席が一つある。すぐにお姉さんが言いたいことを理解して荷物を自分で持つ。


「ごめんなさい。空けました」

「こちらこそ、催促してしまったみたいでごめんなさい」

「いえ。荷物で一席占領なんて非常識もいいところですし」


 不思議だ。初対面のお姉さんだというのに、会話が続く。普通、こういうときは「すいません」の一言で終わるというのに。

 隣にお姉さんが座る。ふわりと優しい花の香りが漂い、どうしてもお姉さんを意識してしまった。画面に集中している体を装いつつ、横目でお姉さんをチラチラと見る。

 綺麗だな、というのが素直な感想だ。明るい茶髪のロングヘアは艶やかで、長いまつげが美しい。残念ながらマスクで顔の下半分は見えないが、それでも充分美人の部類に入るだろうと思う。

 ……っと、いつまでも見ていては失礼だ。いい加減、自分の課題を終わらせなくては。

 なになに? この時代における冠位制度のあり方を授業内容を踏まえて百文字以上で説明せよ……めんどくさい!!


「――基礎日本史の授業だ。懐かしい」


 ふと、隣からそう聞こえたので思わず顔を向ける。お姉さんは僕のスマホ画面を覗いていた。僕の視線に気がついたのか、お姉さんは慌てて顔を離すと前を向く。


「ごめんなさい。ちょっと気になって」

「別にいいですよ。懐かしいってことは……」

「うん。多分、君と同じ大学だね。私、三年生」

「そうなんですか。僕は一年です」

「やっぱりね。それ、佐藤先生でしょ。同じ課題を私も解いた」


 ふふっと笑ったお姉さんがどういうことを聞かれているのか教えてくれる。聞いた内容を基自分で文章を組み上げると、意外とすぐに終わった。

 お姉さんが笑う。人差し指を口に添えて、小さく「内緒だよ」と呟いて自分のスマホを開いていた。僕も小さく会釈し、サイトを閉じてソシャゲを起動する。

 それで終わった。電車は発車し、僕もお姉さんもそれ以上話すことなく電車に揺られる。楽しい一時ではあったけど、これが普通。あくまで、お姉さんとはたまたま席が隣になっただけの間柄なのだから。


◆◆◆◆◆


 そう、思っていた。

 翌日、少し長めの授業を終えてスクールバスで駅まで帰り、また電車に乗って家まで帰る。今日は電車を待つのではなく、電車に待ってもらっている感じだ。もう既に電車は待機している。発車まではまだ余裕があるけど。

 乗車し、さっと中を見渡す。横に長い座席がある車両を期待したけど、残念ながらこの車両は普通の椅子ばかり。空いている席は見た感じないね。何席かは空いてるけど、昨日のお姉さんみたいに知らない人の隣に失礼しまーすと座るほど強くない。コミュ障にそれはキツすぎるハードルだ。

 仕方なく立つことにする。でも、そうはならなかった。服の袖をくいくいと引っ張られる。


「やっほ。また会ったね」

「あ、先輩こんにちは。今日も会いましたね」

「運命かな。なんちゃって」


 悪戯っぽく笑うお姉さん。これは間違いなく世の男子が心臓を撃ち抜かれるね。

 と、お姉さんは自分の隣を手で叩いている。


「まだ空いてるよ。座らないの?」

「え。……じゃあ、失礼します」


 そう言ってお姉さんの隣に座らせてもらう。他愛もない会話を交わし、また、楽しい時間を過ごす。今回はお姉さんのことも少し教えてくれた。僕とは一駅違いで乗り降りし、時間的に朝の電車は同じものらしいから朝も会えるかもねと冗談交じりで話す。

 電車が発車する。僕もお姉さんも、いつも会話はここまでだ。でも、短くても言葉を交わすことができる時間というものは楽しい。

 お姉さんの優しい香りに幸福感を感じながら、今日もまた電車に揺られて家に帰る。


◆◆◆◆◆


 ……疲れたぁ。今日は朝から結構ハードなスケジュール……。

 一時限目から文章入力とビジネス文書作成のテスト、二時限目に顔真卿の作品の臨書、三時限目に学生発表をして四時限目はひたすら近代文学の歴史を学ぶ。忙しさを

濃縮したようなスケジュールでかなり疲れたよ。これ、電車の揺れで寝てしまうかも。

 幸い、今日の車両は横長の座席がある車両だったから、そこに座ることにする。これなら眠ってしまうことはないだろう。

 重たいノートパソコンと書道道具を網棚の上に置く。ずっとこれらを持ち歩いたから肩がすごく痛い。

 ……ただ、僕は座ったことで致命的なミスに気がつく。


「あ、やばい。足元に温風と背中に柔らかいシートが……」


 眠らないための最適解は立っていること。でも、座ってしまった僕に眠気は容赦なく襲ってくる。


「あー、まずい……視界が暗くなって……」


 自分でも今眠ったと理解した。違和感を感じることもなく花畑で寝転んでいるんだもの。僕は寝る前の記憶をある程度覚えているから、電車から花畑に移動した時点で夢だと理解できる。

 ただ、夢だと分かっても起きれるかは別だ。心地良い微睡みに身を任せて……。


「――きて。起きて。次、降りる駅だよ」


 想像よりも格段に早い覚醒。ゆっくりと目が開く。

 起きてまず感じたのは、ここ最近嗅ぎ慣れた優しい花の香りだ。それと、身にしみる心地よい揺れ。


「起きた? もうすぐ一駅前に到着するよ」


 耳のすぐ近くでお姉さんの声。顔を向けると、お姉さんの顔が見える。そして、僕はお姉さんの肩にもたれかかっていて……、


「うわっ! ご、ごめんなさい!」

「ううん、いいよ。君の寝顔、可愛かったな」


 本気なのか冗談なのか分からないことを言ってくる。

 それにしても、寝てしまうとは。お姉さんに起こしてもらわなければ間違いなく乗り過ごしだ。

 降りる駅は次の次。網棚から荷物を降ろしておこうと立ち上がって荷物を取ると、車内アナウンスが流れる。


『この列車は、次の駅で特急列車の追い抜き待ちのために五分ほど停車いたします』


 まさかの時間ができた。自分の荷物を持って席に座っているが、ふと気になったことがある。

 どうしてお姉さんは、僕にここまで優しくしてくれるのだろうか?


「あの、すいません」

「ん? どうしたの?」

「どうして……お姉さんは僕にここまで?」


 すると、お姉さんは顎に手を添えて悩む素振りを見せると、小さく笑った。


「一目惚れ、かな?」

「へ?」

「気持ち悪いこと言ってごめんね。一昨日、初めて君を見たときに格好いいなって思って。それで、少し話せたら嬉しいと思ったの」

「え、じゃあ帰りの電車が同じなのも……」

「……ごめんね。昨日は一年生の時間割を聞いて、君がどの授業を取っているか予想して合わせたの。もっとお話ししたくて。上手く当たったけど……気持ち悪いよね、私。ごめん、もう君には関わらないようにするよ」


 お姉さんの悲しげな表情を見ると、なぜだろう。僕も悲しくなる。もしかすると、もう、僕はお姉さんのこと……。


「全然気持ち悪くないです。嬉しいですよ」

「え?」

「今までそんなこと言われたことなくて。だから、よければこれからも帰りにいっぱい話してくれませんか?」

「うん……うん! もちろん。私、君と話して気づいたんだ。私、君のことがす――」


 特急列車が通過する。大きな音がお姉さんの声をかき消した。何を言おうとしたのか、よく聞き取れない。


「ごめんなさい。今、なんて?」

「……内緒」

「え?」

「内緒! 恥ずかしい! ……でも」


 お姉さんがスマホの画面を差し出してくる。そこには、無料通信アプリの友だち追加のQRコードが映し出されていた。


「よければ、ここから始めてくれないかな? 今の続きを言えるようになるまで」

「分かりました。絶対、聞かせてもらいますからね」


 友だち追加したタイミングで、電車は発車する。次は僕の降りる駅だから、今日はここまでだ。

 でも、この日々は毎日続く。今日までの三日間は偶然の電車だったけど、明日からは必然の日常になるだろう。

 「かな」と書かれたプロフィールを開き、スタンプを一つ送る。そして、楽しくなるであろう明日からの時間に思いを馳せる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

揺れる電車 黒メガネ @mk1016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ