第七話 入学式までの日々
帰宅すると音羽さん夫妻が待っていた。
「制服は無事買って来れたね?それじゃあ着替えて僕らに見せてよ!」
開口一番の親バカ発言。大会社の長なのに帰宅早いなとか悠長に思っていた僕はあっという間に捕まった。
・・・ちなみに僕を見捨てて早々に部屋に戻ろうとした我がお嬢様は静香さんにいつの間にか腕を掴まれていた。抵抗するも最後には根負けした花音さんに僕は
(旅は道連れ。自分だけ逃げるのは許さない。)
と執事の身でありながら不敬な、それこそ相手が戦前の旧皇族、侯爵という立場のままなら打首にされそうなことを考えていた。だって最初に逃げたのは花音さんだしいいよね?
その後入学式には行けないからと多種多様なポーズをとらされ顔を赤らめて夜、仲良く枕に突っ伏していた主従がいたとかなんとか。
後日。
僕は音羽社長にあることを問いただしていた。それはもちろん——
「・・・何故養子になっているのでしょうか?」
そう。これだ。
買い物に行った時に知ったのだがどうやら僕はいつの間にか音羽家の養子になっていたらしい。
何も言われなかったことに声を荒げたい気持ちを抑えつつ、努めて冷静に僕は言った。
「いやなに。これは君が当家で執事をするために必要なことなんだよ。」
「必要なこと・・・ですか?」
「うむ。」
何やら意味深なことを言う宗一さん。どういうことだ?
「咲斗君はどうやって我が家で働くつもりだったんだい?」
「それはもちろん学校に通いつつ花音さんの執事として———」「久遠高校はバイト禁止だが?」
「・・・えっ?」
養父が入学書類を出してくる。それには確かに『バイト禁止』の項目があった。
それを呆然と見つつなるほどと納得していたのだが——
(分かっててやったなこの人・・・!)
チラッと見ると悪戯っ子のような笑みを讃えているどこぞの大企業の社長の顔が目に入り、スッと書類を出してきたことからもこの件を予想していたことが窺える。
「まぁそういうわけで本当の家族になったわけだが・・・。感想は?」
ニコニコと子憎たらしい、清々しい開き直ったような笑顔を覗かせてくる性悪養父。
そんな彼に僕は
「・・・いや〜、お嬢様は真っ直ぐで人の良い性格をしていますし優しいし・・・。端的に言えば嬉しいです。」
と「真っ直ぐで」を強調させながら本心を混ぜて言う。
これには少し驚いたような、痛いところを突かれたような顔をすると、養父は黙りこくってテーブル上のコーヒーに手を伸ばす。
先程淹れたばかりのそれを飲み、「・・・熱い。」と渋面を作りながらぽつりとこぼし
「程々に頑張りたまえ。」
そう今更大物ぶったような激励を残し部屋に戻る。
僕は着せ替え人形ならぬポーズ変え人形の復讐が出来たと言わんばかりの結果に満足しつつ、ミルクココアを淹れ、飲み下すのだった。
またまた後日。
僕らは二階でゲームをしていた。今やっているのは人気の音ゲー、太鼓の達人だ。
「あああぁぁぁぁ!?速い速い速い速い速い!!?」
奇声をあげる我がお嬢。これには少し前の出来事が関係している。
始まる前。
「やっぱりさぁ。優しいとか普通とか難しいとかはヌルゲーだと思うんだよね。」
ドヤ顔でそんなことを宣う義姉。どんどん口調軽くなっていってるような気がするんだけどどうだろう?
「お、おお・・・。」
最近はこの口調にも慣れてきたなぁ。
そんなことを思いながら訳知り顔の花音さんに相槌を打つ。
するとさらに勢い付き
「うんうん。咲君(さっくん)もそう思うよね。」
「うん?なんか今新しい単語聞こえたような気がするんだけど——」
「——ってことで全部鬼でやろう!負けた方は『一回なんでも言うことを聞く』で!」
「???」
今あの人なんて言った?ていうかこの状況なんか既視感あるんだけど。いやそれ以前に僕の質問遮った挙句無視かよ!?
(とっ、取り敢えず説得しよう!取り下げてくれるように——)
「あっ。罰ゲームに関しては決定事項ね。」
(ぬおおおおおぉぉぉ!!!??)
純粋無垢な笑みで何言ってんだこの人!?
えっ、何?この人罰ゲームってもの知らないの!?しかもあの内容履行されたらどちらか片方破滅しかなくない!?
「ふふ。どういう内容にしようかな〜♪」
(やっ、やばい!何としても負けられない!じゃないと——)
僕の脳裏に買い物に行った夜の出来事が流星のようによぎっていく。
(あの二人の子供だぞ!?あの二時間にも及ぶ苦行をもたらした音羽夫妻の娘だぞ!?負けたら——)
どんなことが待っているのだろう。考えるだけで恐ろしい。
(先ずは先手を取り主導権を奪い取る!気勢を挫き動揺を誘い空回りさせ——本気で叩きのめす!)
我が尊厳、魂の崩壊この一戦にあり!我一層奮励努力せり!
この戦。勝つためならばどんな搦手でも使おう。なに、あの実父(ろくでなし)を無理矢理動かすために数々の謀略を使った。その僕ならば出来るはずだ!
そう決意を固める。
ちなみに実父は夢見がちではあるもののそれを実現する能力はある。しかし足元を掬われがちで——例えば根回しが終わっていないのに決行したり、旅の準備が完璧じゃないのに始めようとしたり——そうこうしているうちに借金まみれになって逃走した優秀ではあるがろくでなしで残念な人物である。なおマイブームは古代遺跡巡り。目指せ一攫千金!らしい。僕は協力者に成果全部横取りされるに一票入れている。
僕は作戦内容を脳内で復唱すると目をカッと見開いた。
そして今に至る。
「ぎゃあああぁぁぁ!?十コンボで途切れたあああぁぁぁ。」
わずか十コンボで途切れたことに泣き叫ぶ我がお嬢。その後も十秒ほどゼロコンボの時間が続いた。
それを僕は「すごく速いなぁ」とか思いながら眺める。じゃんけんに負けてよかった。そうじゃなかったら太鼓の達人生まれて初めての僕が初見でアレとぶつかるところだった。っていうかコレ金色までいかないんじゃね?なんかドンちゃん黒い煙みたいなの吐いてるし。
花音さんがグダついている間にみるみると赤ゲージが減っていく。
最終的にゲージは一ミリたりとも残っていなかった。
項垂れながらコントローラを渡してくる義姉。
僕はそんな強者然としていた威厳が木っ端微塵となった義姉に同情しつつ、ほくそ笑んだ。
(ふっふっふっ。悪いけどこの勝負——勝たせてもらう!)
しかしあの速さなら僕も同じ結果になる可能性が高い。とても高い。というわけで・・・。
僕は花音さんがいまだに項垂れているのを確認すると設定画面に移りオートを選択!すぐさま画面を戻し何事もなかったかのようにコントローラを構える。さっきまでの間に調べておいたのだ。
(ちと良心が痛むがこれも勝つため。許せ!)
そうして僕は適当にボタンを連打し順調に花音さんを騙していく。最後には花音さんと真逆の結果が画面に映った。
僕が花音さんの方に振り向くと
キィ。
——タイミングを見計らったように扉が開いた。
「ふっ。花音よ。何か私に言うことがあるんじゃないかな?」
眼鏡をクイっと上げつつ得意げに言う宗一さん。どうしているんですか!?
その言葉に花音さんはハッと顔を上げ
「私に何か命令して!」
「コーヒーを頼むよ。」
駆け足で台所へと向かう言い出しっぺ。
——え?
呆気に取られているうちに物事が進んでいく。そんな中宗一さんが僕を見て爆笑しながら説明した。
曰く宗一さんの会社では昼休憩を多めに取っていること。
曰く花音さんは「誰が」とは言っていないこと。
「ふぁぁぁぁーーー!?」
気がついたら叫んでいた。
待て待て待て!んな屁理屈を。いやそれ以前にいくら近いとはいえ社長が昼休憩中に帰宅すなや!っていうか昼休憩多いの社員のためじゃなくて絶対これ目的だろ!?
そんなことを心中喚いていると宗一さんがすこぶるいい笑顔を浮かべながら
「おや。それはオート機能じゃないか。」
「いや。そのぉ。」
「記録に残らない代わりに自動で打ってくれる、いやはや私もよく使ったよ。」
冷や汗を浮かべつつ社長の思い出語りに焦ってる僕。しかし後ろめたいところのある僕は焦りも相まって止めることができず・・・、そしてコーヒーを淹れるには一、二分あれば十分なもので
・・・いつの間にか上機嫌に語る社長の背中には、お盆にコーヒーカップを乗せた花音さんがいた。
「ひい!?」
笑顔で近づいてくる花音さん。その様子をしてやったりとニヤニヤ笑う養父。畜生こいつやられたことは百倍にして返してくる人間だ!
「いやあの。お嬢様?その笑顔は少し怖いかなって・・・思うんですけど。」
「・・・。」
「いやちょっと、待っ——」
その日、怒りで顔を赤くし枕を抱きしめる主と、恐怖に打ち震えながら枕を抱きしめる従者がいたそうな。
今日も今日とて音羽家は平和である。
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あとがき
初めましての方は初めまして。そうじゃない方はお久しぶりです琴葉刹那です。
今回は入学前の音羽家を書いてみました。今回の教訓は普段優しい人は怒ると怖いということと性悪には気をつけようですね。今回のお話は作者的にはプロローグとか並みに文章たくさん書けて満足です。差が激しすぎるのどうにかできないかなぁ。引きこもりだからこういうことしかネタがない。買い物とかもう本屋くらいしか行きませんもん。
近況はあれです。今週体育祭あります。予行練習今日やったじゃん!もうあれが本番で良くないか?
次回は入学式です。今回くらい身のあるものにするよう頑張ります。それではまた次回。ばいばーい。
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