第五話 ショッピング

「ふう。」


 重々しい荷物を部屋へと運ぶ。三階まで何度も往復をしたためもう僕の細腕細足はクタクタだ。

 ここから荷解きして配置していかないといけないって思うと・・・現実逃避してもいいですか?


「はいお水。」


「あっ、ありがとう。」


 差し出された水を勢いよく飲み下す。ぷはぁ。


「美味しい。」


「ふふっ。いい飲みっぷり。」


 ただの冷えた水ではあったものの今の僕にとっては砂漠に降った雨のようなもので思わず声が零れた。


「そういえばそろそろ制服買いに行かないと。来週には入学式だよ。」


「えっ?あっ。ほんとだ!」


 花音さんの言葉にハッとした僕はすぐにカレンダーを確認する。そして次の瞬間宿題一覧表も確認するが


「よかった。」


 全部終わらせていた。どうやらあの問題集だけだったようだ。


「ひと段落ついたみたいだし今日買いに行かない?息抜きも兼ねてさ。」


 そんな魅力的な提案が飛んでくる。それを僕は「いいね。」と即答するのだった。


 

 三十分後。

 僕たちは最寄りのデパートに来ていた。もちろん音羽家の運営するところだ。ここの九階にいくつかの高校の制服が売ってあるらしい。

 「対外的には執事として」と言われているが、今回は(今回もと言うべきかもしれない)「プライベートだから!」と言われている。抵抗するのは無駄だと僕も学んでいるので反論はせず小さく項垂れた。


 ちなみにお金は花音さんが「時間がある時に二人で買ってきて。」と預かっているらしい。・・・こうしてみると僕情けない。情けなくない?


「折角だからここでお昼食べていかない?ここのレストラン、美味しいんだよ?」


 そんな僕の心情は梅雨知らずといった様子の花音さん。はしゃいでいるようで可愛い。平日に来て正解だったね。今も少なくない人数が目線釘付けだし。これが魑魅魍魎跋扈する休日だったらと思うと・・・変な輩に絡まれてもおかしくない。


 促されるままに入っていく。洋風のお店で小さなシャンデリアがいくつも並んでおり雰囲気作りから努めているお洒落なところだ。


「二名様でしょうか?」


「はい。」


「それではお席にご案内いたしますね。」


 席につきメニューを開く。


(えっ!?こんなあるの!?すごっ!!)


 レストランなるものに修学旅行含め数回しか入ったことのない僕はあまりの品目の多さに頭がくらくらする。しかもその時は先生とかが「広島だからお好み焼き。」とか先に決めていたもんね。アレルギーも何もない僕にメニュー選択の余地はなかった。


「決まった?」


「!ええとクリームシチューで。」


「なら私はミートスパゲッティかな。」


 注文が終わり暇になった。どうしよう。本でも持ってくればよかったかな。

 待ち時間の潰し方が分からずオドオドしていると花音さんからお声がかかった。


「咲斗君のことだから真面目に『人のお金なのにいいのかな。』みたいに思ってるかもしれないけどさ。何度も言うように家族だからいいんだよ?」


 確かにそう思って罪悪感を覚える自分がいる。仕方がないと割り切る自分も。でも


「いやしかし。・・・戸籍上も血縁上も違いますし。」


「あれ?咲斗君養子になってるはずだけど。」


「えっ!?」


 首を傾げる花音さんに驚嘆の声をあげる僕。幸い店内には僕らだけで誰の邪魔にもならず僕は花音さんを問い詰める。


「それ、どういうことですか?」


「え?だから咲斗君は音羽家の養子になっているってことだけど。ああ、個人的にはいいけど正式には音羽咲斗って名乗ってね。」


「いやそういうことじゃなくて!なんで養子になっているんですか!」


「えっ?前お父さんと市役所行ったでしょ?その時に届出を出したからだけど。もしかして知らなかった?」


 衝撃の事実を告げられ硬直。そんな中タイミングよく「こちらクリームシチュー。こちらミートソーススパゲティです。」と料理が到着した。


「取り敢えず食べよ。」


「・・・はい。」


 問いただしたい気持ちを抑えて取り敢えず今は黙々とシチューを掬っては口に運ぶ。こういう時に無理矢理聞こうとしてもダメとこの一週間で学んだのだ。


「咲斗君ってさ。」


「はい。」


「クリームシチュー好きなの?」


「ええ。」


「・・・ふーん。」


 なんか意図がよく読めない話題を振られた。いや普通の会話はむしろこうか。


「美味しそうね、それ。」


「ええ。美味しいですよ。」


「半分食べたら交換しない?」


「???」


 理解不能理解不能。なんて言ったのこの人?え!?「交換しない?」えっ!?なんか爆弾落としてきたんだけどこの人!?何!?なんなのこの人!?


「冗談———」「これは宗一さんに連絡したほうがいいのでは!?いやその前に精神科!精神科に!」


 おかしそうに笑いながら何か言っていたがそんなことは知らず僕は慌てる。こんな経験ないからどうすればいいのかわからないのだ。


「ちょっ、ちょっと咲斗君。落ち着い———」「ああもうどうすればいいんだろこういう時!そうだ!Google先生!Google先生ーーー!!」


十分後。


 そこには店長さん仲介の元土下座している僕がいた。


「この度はお騒がせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。」


「落ち着いた?」


「はい。花音さんにもご迷惑おかけしてごめんなさい。」


「いいわ。私も悪いしね。」


「今回は若気の至りだということにしておきましょう。それでは。」


 僕を宥めた後花音さんの説明を終始笑いながら聞いていた店長さんは奥へと引っ込んでいった。平日だからかほかに客はいない。よかった。本当によかった。平日万歳。


「さっさと食べて制服見に行きましょうか。」


「・・・はい。」


 僕らは無言で食事を終わらせ、お会計を済ませるといそいそと出ていくのだった。


————————————————————

あとがき

はいまだペースは崩れません。琴葉刹那です。今回は少しはちゃめちゃにしてみました。私は書いていた時、気づいたのです。「はっ!このままではもしや普通の話にしかならないのでは!?」

普通だからいいんじゃないかと思う自分もいるわけですがうちの部の顧問に言われた言葉、忘れません。「普通すぎてつまらない。」もう言わせてなるものか。(詳しくはまったり演劇部体験記のあとがき参照)

そろそろおんなじこと言ってくる人いそうだなとか思いながら書いたわけであります。ちなみに花音の距離が近いのはよくある伏線です。たぶん。気が向いたら実は過去に〜とか書くでしょうきっと。

それではまた次回。ばいばーい。

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