第26話 深夜の訪れ、薄明の別れ。
冬の夜更け。
私はどうにも退屈を持て余し、書斎で本を読み耽っていた。
ふと手にしたそれに没頭していると、ついつい続きをと止められなくなって、あろうことか深夜二時まで文面に齧り付いてしまっていた。
こんな時間まで起きていたら、明日に差し支える――時折り時計を眺めながらそう思おうと、視線と指先はやはり、紙と文字の世界へとのめり込む。
大分前に買った小説だ、剣殺陣がメインの冒険活劇――人とも戦えば化け物とも戦う、今の世にいうライトノベルと言う奴だろう。それも硬派な剣戟活劇。意思を持つ妖刀が相棒で、それらを喰らいかねない凄まじい個性と力を持つ敵役ばかりの中、主人公が血煙と殺戮の嵐でを切り飛ばしていく上、女性なんて色気と可愛げより凄みが際立つ女傑か蛮族しかいない。主人公も強いがそれに比肩して敵も強く、常に苦戦と苦境と死闘の連続なのだが、それを不快に思わせない主人公の豪胆な行動が面白さに拍車を掛ける。
だが、打ち切りの未完である。売れなかったのではなく作者が書けなくなったらしい。その作者に何があったのかは分らない。だが面白いからずっと手元に置いている。
もう飽きる位何度も読んだが未だに捨てられない。いつか続きをと思うのだが、それは叶わないことも納得していた。……チリンリンリン……。
その物語も佳境に入り、かつての相棒と主人公が切り結んでいる。
結末は既に知っているが、それでも見入ってしまう。葛藤や苦悩を言葉で明言せず、剣戟で匂わせるように表現しているのが渋い――こう、解釈の余地と言うか、想像を掻き立てられるのである。
殺す相手の事を、……チリンリンリン……。憎んでいるのか、怒りを孕んでいるのか、人間とはかけ離れた獣の情動で、歯牙にも掛けず単なる障害物として切り捨てて行く。
その端々に滲ませる、想像に身を委ねる。
――チリンリンリン。
……鈴の音がした。
お嬢さんだろうか? 深夜二時、こんな夜更けに曲がりなりにも飼い猫が?
以前も夜に訪れたことはあったが、それはまだ寝静まるどころか夜が一番賑やかで灯りも華やかな時間帯だった。
深夜徘徊なんて少し疑問に思う。今は飼い主さんももう寝ているだろうが、まあ家に帰る途中であったのだろう。
そこを引き留めるのも何だと思い、私は宵闇を映し出す窓から手元の小説に視線を戻した。
……今、主人公が能面のような表情のまま、かつての相棒の胴へと袈裟に刃を滑らせ撫で切りにし、次いで顔面へと激情のまま刀を滑らせ真一文字に断ち割った。何も言わなくなったそれをしばらくみつめて、無表情にその場を去るのだが、そこで相棒の妖刀が――
――チリンリンリンリン。
彼女がいそいそと歩いている様子を伝えて来る。
先程は右から左に抜けて行ったその音が、今度は左から右に……。
こんな夜更けに、また一体どこへ向かっているのか。人目を忍んで恋人にでも会いに行っているのか? あんな澄ましたお嬢さんなのに中々の素行不良である。
きっといい男でも居るのだろう……いったいどんな雄猫なのか。
さて続きを――
チリンリンリン……チリンリンリン。
うん。
――チリンリンリン……チリンリンリン。
右から左に、左から右に。ううーん……行ったり来たり……。
どうしたのかな? 何かを探しているのか道に迷った? そんなわけないか。
それにしても妙に行ったり来たり――
……チリンリンリン、チリンリンリン、チリンリンリン!
……うん、流石に気になる。
私は本を机に置き、そこの窓を開けた。ガララララと四角い窓がサッシを転がり、灯りにぽっかり夜の穴が開く。そこから顔を出して下を覗き込んだ。
四角い窓から漏れる部屋の明かりが、スポットライトのように夜の住宅地をわずかばかり照らしていた。
その中心で、ポツンと立ち止まり、見上げていた。
「――ニャーッ!?」
――信じていたわよ!? と言っていそうなキラキラとした視線。
その嬉し気な笑顔はお嬢さんの希望を物語っていた。そしてサッサと我が家の敷地へ向かい道路を横断してくる――
私を呼んでいたのだ。おそらく、私が鈴の音を頼りにお嬢さんを見つけていると知っているから。特に二階にいるときは尚更――いや、深夜二時だぞ?
明かりが点いている――そこに居ると分ったのか?
いやそういう問題ではなく、
「……おい――おいおいおい……」
まさかこんな夜更けに家に上がり込む気かと思おうが あの期待の表情――
間違いない。私は急ぎ一階まで駆け下りると玄関へ行けば擦りガラス越しに既に猫型のシルエットを見せているお嬢さんに、やはりか――と半ば呆れる。
今か今かとお嬢さんは玄関戸とサッシの合わせ目を前屈みに見つめている。
はあ、と溜息を吐き私は、鍵を開け観念してそこを開ける。
途端、いそいそと飛び込み、
「――ニャー!」
「……おおーい」
挨拶もそぞろに私の脇下をスルリと潜り、スイスイと廊下を突き進み階段前――廊下の中央にて腰を下ろし、私を見つめて来る。
そこは、いつも私がお嬢さんの耳裏を掻き、二人で談話に耽る場所だ。
なるほど。――とりあえずお話しましょう? と。
明らかにしばらく居座るつもりである、罠だ。こんところで知恵が回る。
私は若干の達観に目を細めるが、しかし不機嫌そうな顔と溜息一つ――その誘いに乗り、階段に腰掛け何食わぬ顔をして――お嬢さんの弁明を聞こうと思う。
「――さて、どんな御用ですか? ……こんな夜更けに」
「――ニャー」
お嬢さんは詳しく事情は語らず、ほんのり小首を傾げてニッコリ、可愛さで乗り切ろうとする。
その電波を――私は受信した。
「……泊めて欲しいんですか?」
「ニャァー!」
私の翻訳機能は正常なようだ。
そうか、やはりそうか。
だが私は息を押し殺し、やや前屈みになりお嬢さんに顔を突き合わせ、
「――お家は開けて貰えなかったんですか?」
「……ニャア……」
そうなの……。
と、若干頭の位置を下げ、申し訳なさげなような鳴き声を聞かせて来る。
……いや、きっと、いつも通り耳裏や後頭部を私に掻いて欲しいのだ、そうに違いない。
まだ落ちるわけにはいかない――私はその一念で指を差し出すと、そのまま頭を上げず指の調子に合わせてそれを揺らしていく。
「……この季節……外は寒かったんですね?」
「……ミャア~……」
芸が細かい、ここぞとばかりに赤ちゃん猫の声を出して――
――おそらく本当にその通りなのだろう。
厳冬、凍える様な冷気、猫とはいえ、夜風と露を凌げる場所がなければ、凍死してしまう。
夜遊びの結果、飼い主さんが寝てしまって家に入りそびれたのだ。
それは自業自得じゃあありませんか? と思う物の。
お嬢さんは一晩の温もりを求めて――親しい男の家に泊まりに来たそれを想うと、中々理性がぐらつく。
騙されない――そう心に誓う反面、私の良心はもうこれ以上になく擽られる。この寒空の下、私を頼って来た小さな獣の女性を、放っておけるのか――いや、それも当然だろう、私はお嬢さんにとって特別な男でおそらくもっとも親しい友人なのだから――
……深夜ってどうにも思考がおかしくなるものだ。おかしくなっているなんて気付けないほどにおかしくなるものだ。ふぅ、いくら親しくしている猫が一晩の寝床に困っているからといって他人様の猫を許可なく預かっていいのだろうか?
私は、厳格な判断を下そうとする。
ほんの少し、罪悪感はあるけれど、
「……お嬢さん……あのね?」
改まって話をしようとすると、お嬢さんは弱った微笑の苦笑で、私のことをどこか遠慮がちに見上げてくる。
――ダメ?
ただそれだけでは無いような、孤独の
「……ニャア?」
「……仕方ありませんね」
これは緊急避難だ、一つの尊い命を救う為なのである……。
こんな綺麗なお嬢さんを夜中に締め出す飼い主さんが悪い。だから仕方なかろう、私が他人様の猫を泊めてしまっても許されるはず――
……今、完全に声より先に心が聞こえた気がするが気の所為だ。
そう思い、了承、と伝える為にその背中を大きく撫でる。と、ひんやり――手の平全体を、毛並みに染みついた冷気が伝わる。先ほど、指先だけではいまいち気付かなかったが、
「……大分冷えていますね」
はあぁ~、と自らの手に息を吐き付けた後擦り合わせて暖め、お嬢さんの背中をホットサンドする。
「温かい?」
「……」
是非も無し、と。じっと目を閉じ、じっと炬燵で温まるときの顔を猫がし始める。
やはり季節は冬――それも真冬。空気は冷たく切り裂かんとするほど澄んだ凍える夜空――その下にずっと居たのだ。
それもウロウロ、ウロウロと、私が気付いて開けてくれるのをずっと待って――
私は軽く吐息する。
「……よし……」
私は立ち上がる。
お風呂に入れてやろう。
今日は記念すべきお嬢さんの初のお泊りだ。
是非とも綺麗な体で初めての夜を過ごして貰うその為、そこで羽織っていた半纏を脱ぎお嬢さんを包んで抱き上げ洗面所へと行く。と、その床に包んだ彼女を置き、浴室へ入り給湯器の電源を入れた。
ほどなくして、余熱完了の報せが入り排水口に向かいシャワーを流す。ややあって湯が出始め、シャワーノズルから濛々と湯気が立つとそれを洗面器に差し込む。流石に、人の湯舟で水泳して貰うわけにはいかない。そもそももう火を落して大分立つのでそれを沸かし直すのでは時間が掛り過ぎる。
洗面器の中、ジャ~、と痺れるような熱を孕んだ水流が渦を巻き、しぶきを上げ泡を立てながら水面を上げて行く。これがお嬢さんの湯舟になるのだ。
そしてそこに張られた小さな湯の水面に、私は手を入れた。人間には程好い熱さ――しかし猫には危ないかもしれないと、シャワーの下にあるもう一つの蛇口、つまみを下に、洗面器をそこに、水を出し、ちょうど良かろうぬるま湯にまで温度を下げた。
浴室に、そのころには徐々に湯気が溜まり、なんとも言えないぬるさが流れ始めていた。
これで良かろうと脱衣所へ戻ると、そこでは座ったお嬢さんが半纏に包まれほっこり目を閉じウトウトしていた。
……いや、正直、このまま寝かせて上げてもいいんじゃないかなと思うが、何分、外歩きをする猫である。足裏の汚れは酷いし、例え冬でもその身にどれだけ虫が付いているのか分らないのだ。
そんな衛生事情もあって。気持ち良さげなところを悪いのだが、
「――さあ、お嬢さん? 温かいお風呂がお待ちですよ?」
「……」
このまま寝かせろ、と言わんばかりの瞼の重さだが、ちゃんと前置きしたので、半纏ミノムシ状態のそれを中から両手でクレーンゲームし脱皮させる。
「……ンナァ~ォ……」
「やっぱり起きていたんですね?」
後足がぶらーんと伸びるお嬢さんを、湯気が溢れる浴室へと連れて行く。なんとも悩ましげな声であるが、すぐに降ろすので我慢して欲しい。
熱気が逃げないよう換気扇は回していない、湿気と水気も溜まっているがその分だけ洗面所よりやはり空気も暖かかった。
その中心にある洗面器の真上に到着する。
そこから一応、お嬢さんをゆっくり湯に向かって降ろしていく。
とりあえず、お風呂が嫌いな猫が居ることは知っている。
なので慎重に、桶に向けゆっくり降下させていく。分っているのかいないのか、お嬢さんは眠たげな瞼をして従順にぶら下がってダラーンとしていた。
あと少しでお湯に浸かる――しかし尻尾は水面、スレスレでピンと上を向いた。
敏感に温度と湿気の変化を察したようだ、お湯が嫌なのかもしれない。しかし――ここまできたら引くわけにはいかない。
お嬢さんの獣染みた悲鳴が響くことを覚悟して、いざ、初めての
チャプ――
「……」
「……」
念の為、そこで一時停止、肉球も露わな後足が入浴を果たした。
しかし……、反応は無声映画だ。心と体の停止ボタンが押されたのではないらしく、硬直しているようでじっくり目蓋が動いているのを浴室に掛けられた鏡越しに確認する。
――その瞼は、閉じられたままかつてないほど大きくたわみ、そして大きく弧を描いていく……。
「……平気そうですか?」
「…………ナァ」
徐々に眉間が開き、そして目尻がゆっくりと下げられていく。
そこで人力クレーンを更に降下させる、と、むっちりとした太腿までがちゃぷと水面に吸い込まれ、そして腰上までしなりと湯の中に横たわり、しびびびび、と毛並みと肌に熱とお湯が吸い込まれる音がした。そのままゆっくりゆっくり洗面器の湯舟にお嬢さんの体を浸けていく。
ざばー、と、お湯が洗い場に小さな氾濫を起こした。
入浴の醍醐味と共に湯気が増し、お嬢さんの顔に熱気が水滴を滴らせる。肩まで浸かるとはいかないが、胸の半分までは湯に浸かった。
お嬢さんは最初肩を窄ませ、次に広げ、そして大きく息をすぅーと息を吸い……そしてじっくり吐き出した。
「……気に入りましたか?」
「……」
「……よく体を温めてくださいね?」
「……」
聞こえているのかいないのか、コクリこくりと舟を漕ぎながら、じわりと弛んだ顔を水面に揺らしていた。
それから茹で溢すよう何度か手桶で湯を継ぎ足しながらに捨て、汚れらしい汚れと浮いてきた小さなゴミを流しながら体を温めて貰った。
深夜の我が家の廊下を、トコトコと静かに湯上りの猫が歩く。
あれからお嬢さんを床に敷いたバスタオルに降ろして包み込み、軽くポンポン、クッ、クッ、と女性の髪が痛まないようマッサージのような手つきでタオルに水を含ませ拭いた。
あらかた水気が抜けたらドライヤーを最弱の出力と風力で、毛が灼けないよう遠巻きに当て、じっくりふわふわの毛並みに生まれ変わらせた。時折り、そのご機嫌を後ろから顔を覗き込み確認すると、そこにはまたニンマリ猫の幸せ顔をしているお嬢さんが居た。
その湯上り姿――多分、これまで見てきたお嬢さんの中で一番の輝きを放っている。
やはり外歩きで何気に汚れていたのだろう、磨き立ての女性の肌のよう、艶々な毛並みが夜の電灯に照らされモフモフと波打っている。
至れり尽くせりで、どことなくご機嫌な様子のお嬢さんは、またスイスイと廊下を進み階段を上がる。
そして――ドアの開いていた私の寝室にぬるりと入り込んだ。
私もその後へ続く。
すると、既に私のベッドにトンと飛び乗り、私を待ち受けるお嬢さんを見た。
ベッドの枕、その少し手前で、しどけなく足を投げ出し、腹を見せながら上半身だけ起こしている。
――寝るんでしょう?
何ですかその態度――とりあえずベットの隅に腰掛けますが、
「……一緒に寝るということでいいんですか?」
「……」
――ええ。ほら、早く。と。妙に自信ありげな顔で尻尾で叩いて。
誘っていないんでしょう? 分っていますよ。 そこで手を出したら文字通り手痛い目に合うんですよね? 私はベッドの縁で膝に肘を重ねた前屈みで肩から上でお嬢さんをじっとみつめる。
あえて何もせず、しばらくそのままじ~っと見つめていると、お嬢さんは何故か動揺したように体を起こし私の隣まで歩いてきた。
そして、
「……ニャー」
一緒に寝ないの? と。
「……女性が慎みを忘れてはいけませんね?」
「……ニャァ?」
「いや、一緒に寝るのが嫌なんじゃありませんよ? ただ、うちにはお嬢さんがお泊りするときの用意がありませんからね……」
「……」
いや、お嬢さんは若干冷めた視線で私の事を見て来るのだが、私が何を言っているのか分るのか?
お嬢さんはいったい私に何を求めているのだろうか? それは多分十中八九――暖房器具『人間湯たんぽ』であろうが。
目下の課題はトイレ問題である。
お嬢さんがこの密室で寝て生理現象を催したときどこでトイレをするのか――当然そんな場所はここには無い。コップも受け皿も何もないのにジュースと
バイオハザードである。
だが仕方ない、我が家に猫用トイレは存在していない。しいて言うなら庭が天然のそれだがじゃあそこで寝かすのか? ――今からテントを設営するつもりはない。
そこで私は安心させる様にお嬢さんを一撫でし、再度彼女をこの胸に抱き上げる。
寝るにしてもお嬢さんが自由に外に出られる一階に――寝具がある客間へ行こうと思った。
暖房全開で、そこで窓を少しだけ開け寝ようと思っていた。するとき外に出て行かず、横着に室内でしたらそれはそれで諦めようと思う。
深夜、静まり返った廊下を歩く、客間の戸を開け中に入り灯りを付けると暖房のスイッチを入れ、隅に積んだ座布団から一枚敷き、お嬢さんをその上に座らせる。
座布団それ自体が冷えているから、新たに羽織った半纏をお尻に敷くことも忘れない。
それから私は部屋の中央に押し入れを開いて敷布団を広げる。
お嬢さんはいやに行儀よく、妙に嬉し気な顔で私の行動を眺めていた。
お嬢さんは座布団でもいいかもしれないが、私はそうはいかないのだ。冬用のもこもこ敷布を重ね、厳重な寒さ対策に更に押し入れから、羽毛布団、その上に毛布、更に敷布団との間にタオルケットも仕込んだ。
そこまでしてようやく、暖房も効き就寝の準備を終え、あとは縁側に続く障子戸――その先、縁側から縁台のある庭への履き出し窓を、猫一匹分ずつ少しだけ開け――
戻る。これで大丈夫だろう、既に隙間風が吹き込んでいるが風の無い日で助かった。
「――さてと、」
お嬢さんの前に正座で屈み、
「……トイレはあっち――外でしてくださいね?」
「ニャア――」
にっこり――本当に分かってるのかな?
まあ……布団の中でされたら流石に怒ろう。
そう覚悟し、私は正座を崩し、明かりのリモコンを枕元に置き、重ねに重ねた寝具を捲り、その中へ――
そして上半身だけ体を起こして、半ば横たわる。
横肘を突いて、掛け布団の数々と、敷布の間を開けて、、
「――おいで?」
ちょいちょいと、手招きをし言う。
先程のお嬢さんへの意趣返しではないが、お嬢さんは私の隣――ちょうど脇下辺りにやって来てまたちょこんと腰を下ろした。
そして私を見上げながら、どうするの? と小首を傾げてくる。
そこで私は、
「……どうぞ? 今夜は寒いですからね? 特別ですよ?」
「……ニャァン……」
掛け布団と敷布の間――ぽっかり空いた穴の中で、手の平を仰向けに扇いで誘う。
すると、どことなく緊張しているような、遠慮しているよう恭しげな足取りで、その空間へと入り込んだ。
そして、後はよく分かったもので背中を丸め、私の横で腰を落ち着けた。
そこに掛け布団をそっとかぶせ、猫用空気穴を開けて、リモコンで電気を消し、私も改めて布団の中に潜り込む。
額に冷たい風を感じ、外の音が、やや鮮明に聞こえた。
「じゃあ、おやすみね……」
「……」
既に寝ているのか、返事はない。ただの縫いぐるみのようだ。
私は闇の中、そっと目を閉じる。
布団の中に、自分以外の熱を感じる。
丸い輪郭、どことなく上下する鼓動――ほっとする。
誰かが傍に居るって、猫でも人でも体以上に心が温まるものだ。
私はずいぶん久方ぶりに……自分以外の誰かと、一緒に寝た。
そしてその朝――
枕元、私の顔の横に、何かがすっと腰を下ろす気配がした。
私の事をじっと見ている……一体、なんなのだろうか?
何かな? と思い、私は目を閉じたまま鼻先でその気配を探った。
寝返りを打った後、枕の形、敷布の肌触りと温もりを確かめるように。
そして、チョン、と私の鼻先に、小さな湿っているそれが触れた。それは何も言わす、ややあってヒタヒタと音を立て遠ざかって行った。
その一瞬前、温かいやけにフワリとした何かが、私の顔を撫でていた。
私は心の中で、その挨拶にいつもどおり返事をする。
ああ、いってらっしゃい? また遊びにおいで……?
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