第19話 ただいま工事中。

 ――ドドドドドッ!

 ――ゴゴゴゴゴッ!

 ――ガガガガガッ!


 ある日、工事が始まった。

 建機と工機、多種多様な原動機と駆動音――それらが地面を練り歩き、叩き、掘削し、耕し、均して、そして積み上げる。

 なんとも壮大で無遠慮なオーケストラだ。耳どころか頭蓋骨まで殴られるようである。

 演奏場は交差点を近くの挟んだはすの土地だ。以前そこはちいさな畑であり、少ないながらも野菜を育てる農家がいたが、後継者が無く、高齢でもう管理も儘ならない為か草が伸び放題で人の背丈にまで生い茂るようになっていたそこを埋め立て――

 改めて、空き地として売りに出していた、それにようやく買い手がついたのだ。ついこの間まで青竹を立て四隅をしめ縄で囲い地鎮祭をしていたのだが、とうとう本格的工事に入ったのである。

 そのほんの少し前に、これからご迷惑をお掛けします、と誠実に挨拶に来られた。

 近隣の家々全てにそうしているのだろう、仕事とはいえなんとも繊細な根回しだが。

 この音を聞いていると、それも分かる――本来これに目くじらを立てる謂れも無いのだが、


 ――ズドドドドドッ!

 ――ゴガガガガガッ!

 ――バガガガガガッ!

 

 それでも五月蠅い。

 原動機が内部で爆発し、持ち手ハンドルとそれから直接生えた案山子の一本足と、短く分厚い金属スキー板が地面を荒々しく叩いている。

 激しい動きに反し、それが通った地面は均一な平面になっていく。

 これから家を建てる為の基礎の基礎を固めているのだ。それが終わればその上に鉄筋を張り巡らせコンクリートを流し込むのだろう。

 それにしても酷い音だ。私の頭蓋骨どころかこの地域一帯の地面と空気を残さず揺らし、これでもかとド派手に絶えず音を撒き散らしている。

 これが終わればトンカントンカン金槌の音に切り替わるのだろう。金属や建材を削るグラインダーや電動ノコギリ、空気圧のプシュ、プシュ! という楽器に――それまでおおよそ二週間とは聞いている。

 しかし「――ャー……、ャー……」ここにくるのはどんな家族であろうか?

 仲睦まじい夫婦か、新婚の家庭か、ローンの積み立てに目途が着いたそこそこいい歳の家族か、はたまた偏屈な独り身か。

 車、バイク、ガレージはどうなるのか。庭が作れるほどの広さはないが、駐車場は一、二台分がギリギリだろう。

 どれくらいの家が建つのか。

 犬は飼うのかな? この辺りは多い、山が近いから獣避けに飼う人間が多かった、その名残なのだ「――二ャ~……、――二ャ~……!」お嬢さんには迷惑なことかも知れないが――

 うん?

 ……――にゃ~……。

 うん……気の所為かな……。

 今、微かにお嬢さんの声が、聞こえたよう気がしたのだが。

 二階、書斎の窓を開けず路上を探してみるが、見えない――

 お嬢さんは賢いから、私が書斎に居る時間、いつも私に声を掛けるときは、必ずこの窓から見える範囲にちょこんと座っているのだが、いない――

 やはり気の所為か。そう思ったのも束の間、


 ――ニャー……、ニャー……ッ!


 ……やはり、どこかに居る?

 どこで鳴いているのか、でもその姿は見えない。

 いや、やはり気の所為なのか、

 ――ニャー……ッ!

 いや居る、間違いなくお嬢さんは居る。

 その声は確かにしている……きっとこの二階の書斎窓から見えない場所に居るのだろう。それにしても、一体どこに居るのか。

 近くに居る筈だが騒音の所為でひどく遠く感じた。二階の窓から見えないのならと、私は書斎を発ち、一階、玄関でサンダルを履き外に出ようとする。

 そして戸口を開けた瞬間、

 

 ――ズドドドドドゴガガゴドガガガガガッ!


 一瞬、脳が仰け反り、突風に煽られたよう一歩踏鞴たたらを踏んだ。

 殴り倒される様な気がした、閉じた窓ガラス越しで不快感を覚えるほど耳に響いていたのだから、それも当然か……それくらい大きな音だった。

 眉間に皺を寄せつつ気を取り直し、私は、鳴き声の方へと足を向ける。

 書斎で聞こえたということは、少なくともそれに面した北側のどこか――

 二階の窓から見えなかったのだから、その死角――直下、差し掛け屋根、軒下の内側、もしくは敷地を囲う塀の真下辺りにいるのかもしれない。

 まずは窓の真下、軒下を見たが居ない。

 ニャーニャー声がする。遮るものがない外に出たというのに、その位置がいまいちハッキリしない。曖昧で、騒音でぼやけて霞んで消えてしまいそうだ。

 あきらめずに、今度は敷地の外、扉の無い門の向こう側へ。

 塀の外側、左右に見まわしてみる。

 

「――ニャーッ! ……ニャーッ!?」

 居た。

 その横顔――体の側面を真っ直ぐ横から見た姿が、前足を揃えて綺麗にお座りしている。

 それは塀の直下、側溝の蓋の上だった。

 そんなところで何をしているのか――それは、私が居るであろう書斎に向け視線を飛ばしていた。

 もちろんイヤに必死な鳴き声もだが、そこでいくら目を向けても、その角度では書斎の窓は覗けないだろう。いくら見上げても塀しか見えない筈だ。

 それでも構わないと言うように、声を張り上げ、見えない窓に向かって、今もまだ声を上げている。

「――ニャーッ! ――ニャーッ!!」

 そんな必死に。一体、何を訴えているのか……。


 ――ドドドドドッ!

 ――ゴゴゴゴゴッ!

 ――ガガガガガッ!


 ……。

 ……そこで、私は気付いた。

 普段なら決してしない音――地固めをしている建機の、凄まじい騒音に。

 異常、昨日まではしていなかった。あまりにも膨大な異音――

 私達の・・・生活の中であり得ないほどの音、それは生物でもなく自然でもあり得ない極めて異常事態――

 その元を見れば、異様な体躯――見るからにカクカクした、車とも獣ともつかない異様と異形――

 爆発的足音。見たことも無い、生き物とは全く別の形と、目的を持った何か――

 ……危険。

 そのメッセージを発していたのだろう。

 私は、お嬢さんと、その先にある建機――そして私を一直線に結び付ける。

 これを伝えようとしていたのか。余りにもすさまじい音の中、それでも聞こえるよう出来るだけ我が家に近づいて。今現在、私が居るであろう書斎に向かって。

 

 私は、お嬢さんを呼ぶ。

 口笛を吹く、と、すぐそれを理解しバッと私に振り向いた。

 目が合った。そしてお嬢さんは私を見つけ、

「――ニャーッ!?」

 遅い! ようやく来たか! と言わんばかりに一睨み。

 するとお嬢さんはすぐに、近くの電柱の影へと走った。

 おや? 私に用があったんじゃないのかな? しかしそれから、サササ、サササと、やけに姿勢を低くして道を横断し、小刻みに位置を変えながら私の所へやって来る。

 隠密作戦かな? それで姿形、気配を建機から隠しているつもりなのかな?

 ほんのり漂う緊張感におマヌケ感が拭い去れない。

 そして足元まで来ると、お嬢さんはこれ以上ないほど目を丸くし興奮しながら、

「――ニャーッ!?」

 必死に、必死に、眼力で私にその心情を伝えようとして来る。

「……アレを、教えに来てくれたんですか?」

「――ニャー!? ……ニャー!?」

 ――そうよ!? なんかおかしいのがいるの! 気を付けて!?

 と。一気に捲し立てると剣呑に毛を逆立て建機をちらりと睨みつける。

 地均しの建機にショベルカー、土砂を積載したトラック。やはりお嬢さんは、それらを知らせに来てくれたのだ。

 それも、おそらく、飼い主さんより先に。

 あんなに必死に。まず私に――

 じんわり、胸が熱くなる。

「……ありがとうな?」

 どうやら私は、お嬢さんにとって、ちょっと特別な人間なのかもしれない。

 それも、あんな大きな――お嬢さんからしてみれば、化け物にしか見えないであろう凄まじい力を持つ何かに見つかる危険を冒してまで。

 その大きな勇気に、感涙してしまいそうである。

「……大丈夫ですよ? あれは近寄らなければ危なくありませんからね?」

 私はしゃがみ込み、つい相好を崩しながら、お嬢さんの小さな頭を優しく撫でた。

 いつのまにそんなに大きくなっちゃったんでしょうね?


 どうやらお嬢さんは、私が思っているよりも立派な大人に成長していた様子だ。

 だが、当の彼女の方は、

「――フニャー!?」

 そんな自覚も無い様子で、そんなことしている場合じゃないでしょう!? と、お叱りを受けてしまったのだが。

 まさか照れ隠しではないだろう、それはさておき。

 勇敢なるお嬢さんに敬意を表して、その背中に続き、

「――で、これからどうしますか?」

 私が訊く、とお嬢さんは、

「ニャー!? ニャー?!」

 と鳴き、そして一人血気盛んに、我が家の敷地、塀の陰を建築業者へと向かって行く。

 隠れて西の裏口へ――彼らに気付かれずその門から顔を出し、そこで、まだ騒音を立て続ける建機たちに睨みを利かせる。

 うん、敵の情報収集と監視かな? だが別に彼らは敵ではない、それどころか君が出て行きいちゃもん付ければそれはそれは君のことを可愛がってくれるだろう。

 ――危なくないよ、怖くないからね? と、使い古されたセリフを言いその毛並みを蹂躙して来るのだ。もちろんそんなこと、させるつもりはないので、私が背中についているのだが。

 その毛皮を眺め、背中の中に指を一本入れる。

 そして一撫でする。すると、

「ニャー!? ニャー!」

「……お嬢さんは優しいですね?」

なにしてんの!? ああもう私がしっかりしないと――

 そんな台詞が聞こえてくるような顔をしている。その責任感ある背中――私はその小さな勇気を、しばらく見守っていた。

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