第14話 セイブTHEクイーン。

 ある日、お嬢さんは女王様になった。


 猫の集会その頂上に君臨していたとか、下僕が出来たとかそういうことではない。

 白くて立派な襟巻トカゲ――犬猫が手術後に首に巻き付けるそれを、その雉柄ボディでおしゃれしていた。

 通称エリザベスカラー。動物病院で手術を経験した多くの人がご存知、メガホンから顔を出した猫、という見た目の、傍目なんともマヌケな絵面である。

 が――その用途は割と深刻で、縫い合わせた場所を雑菌だらけの口で舐めたり噛んだり、果てはその爪で引っ掻いたりさせない為の品である。

 感染症を起こさせない為だ。

 そんな病理用品を身に着けてしまって――


 ――一体何があったのか?

 事故、もしくは病気、それですでに手術済み――

 そういえば、最近来ないな? とは思っていたが、なるほど、入院していたのか。

 なっとく納得――ではなくて、

「いや、お嬢さん……あなた出歩いていいんですか?」

 そんなもの着けてバイ菌が付かないようにしているのに。

 外を出歩いていいの? いや、出歩かせていいの? だが見ての通り我が家の庭に来てしまっているのだが……、

「……ナァ~」

 なんとも憂鬱気な。

 しかし堂々と、なんとも気だるげにいつもの縁台に寝転がっている。

 これ、いいのか? いやダメだろう。だがここに居る。

 ……いったいどうしたものか?

 動物病院に連れて行ってあげるべきか、そこから脱走したわけではあるまいし。しかし、お嬢さんかかりつけの医者なんてわかるわけもない、しらみつぶしにするべきか?

 私はその前にしゃがみ込み、じっ、と病人ファッションをした猫を見つめる。

(……いや、前から思ってたけど、あんまりよくない飼い主なのかな?)

 女王様の御用達、歴史的装飾品――この襟巻が外されていないということは、手術後まだ間もない筈だ。それなのに外出させているなんて、飼い主さんとしてちょっとあるまじき行いではなかろうか?

 よく見れば、首の付け根、巻かれた包帯と保護ネットもずれているし、既に汚れている。

 これでまともな飼い主と呼べるのだろうか……。

 しかし、

「……医者から許可を貰っていると思いたいですが……」

 もしかして、この状態でも外に出していいのか? その辺りの事情を私は詳しく知らない。動物の世話なんてしたことないし、細心の病院事情なんて完全に門外漢だ。

 色々と判断に困る。飼い主さんを出し抜きここに来てしまっている可能性だってある。

 何にせよ、私はここでお嬢さんを動物病院に連れて行くことはできないだろう。そんなことしても『あなたは何様のどちら様ですか?』とあらぬ質疑を受けること請け合いではなかろうか? これから私が病院に連れ回しなんぞすれば飼い主さんのところへ帰れるそれが不可能ともなるかもしれない。

 下手をすれば、飼い主と獣医その両方からやっかまれるのではなかろうか? 

 目に見えて分かる動物虐待という確証が無い以上、現時点ではおそらく過干渉となるだろう。

 ――私には、何も出来ない。

 散々鑑みた末出た結論はそれだった。

哀しいことに、私は飼い主でない――それに尽きる。

 私は、どんなに親しくても、ただ、通り掛かった猫を構っているだけの人でしかない。

 お嬢さんにとっての、本当の良い人にはなりえないのだ。

 だがせめてと、私はお嬢さんへ問い掛ける。

「……何かできることはありますか?」

 嬢さんは、いつもの様に私の膝元に鼻先を寄せてくる。

 私はそれに合わせて、いつもどおり指を差し出した。

「……ナァ~」

 耳裏を爪先でくしけずる。とりあえずそこに毛を刈られた後が無いことを確認して、本当にそこだけを掻いてやる。

 けれど、私のしていることも結局ろくでもないことなのだろう。

 そう分っていても、そうせざるを得なかった。

「……早く良くなるといいですね?」

「ナァ~……」

女王様は、酷く憂鬱気に首を垂れる。

 ねえ、お嬢さん? これが取れるまでお家の外に出ることを我慢してみませんか? 少なくとも私は、もうお嬢さんに会えなくなったらとても寂しいですよ?

 と心に浮かんでくる言葉を呑み込んで。

 そんな思いを伝える事も出来ず――

 私はただ、この女王様の望むがままに、手の届かないそこを撫で続けるのだった。

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