第6話 猫の成長。

 今日もまた、お嬢さんに遭遇した。

出会いからはや数ヶ月、既にお嬢さんは大人の容貌へのきざはしが見えつつあった。

猫の成長は早い――以前より体がしっかりし、そこ此処に肉付きの良い曲線が出来つつあり、顔だちも凛としほんのり大人の容貌をしてきている。

 それにまたちょっと美人さが増しただろうか? どことなく佇まいに色気付いてきた。

 そんなお嬢さんだが、いつの間にか堂々と、我が家の庭を闊歩するようになっていた。

 そうと気付くそれ以前は、お嬢さんは常に塀や庭木の影、母屋軒下などどこかしらからの物陰になる場所を歩いていたのだが、天敵に見つからないよう歩いていたのだろう。

 今はそれがもう悠々と、のんびりとしながら景色を愉しんでいる。

 林道を散策しているように、そこに生えた草木の香りを嗅ぎ、花弁の色形を確かめ、積もった落ち葉を踏み締め、木漏れ日の集う場所を探し、お気に入りの一つ一つ、四季の彩りを見つめながらに歩いているのだ。

 我が家は猫達にとって通り道――その縄張りの主である私と、懇意にしていると分ったのだろう、この敷地を歩いても怒られないし、それどころか一緒に遊んで毛繕いの真似事までしてくれる――

 もう既に、この庭はお嬢さんのものでもあると思っているのかもしれない。

 そうでなければ……単純に《いい場所》であろうか?


 ともかく。

 おかげで、これまでとは違う無邪気な姿が見られるようになった。

 陽射しのいい日に蝶と戯れ飛び跳ねて、顎の下を擦り付けるのにちょうどいい枝葉に幹を探し、ある時はトカゲを追い疾走し、ある時は木に留まった小鳥を眺めて木登りまでしている。今なんてその横に伸びた枝をどこまで行けるのかと興味津々と歩いているのだ。

 慎重に爪を立て、右下、左下、首を伸ばし視線を伸ばし、足元を確認しつつそろり、そろりそろりと、一歩一歩進んでいる。お嬢さんは、どこかの庭でもこんな風に木登りして遊んでいるのだろうか?

 ……そういえば、お嬢さんの家は一体どこにあるのだろうか? 多分この町内のどこか、こう頻繁に来るのなら遠くても隣の区画までだろうが。

 お嬢さんはお嬢さんの家で遊んでいないのだろうか? やけに物珍し気にあちこちを眺めているが庭の無い家なのだろうか? それならマンション住まいか。

 室内遊びに飽きて外に出ているのか、自分の庭に飽きたのか――

 家の中でカーテンによじ登り、箪笥やテーブルに飛び乗ってはあちらこちらを引っ掻いて、さぞ飼い主さんには迷惑を掛けていることだろう。 

 ……いや、お嬢さんの飼い主は、そういえば一体どういう人間なのか?

 こうして平然と猫を家の外に放している辺り、昔の飼い主さんだろうか? 

 ダニ、ノミの媒介する感染症、飼い猫を屋外へ出すことの危険性、U字構など不衛生な場所を練り歩く習性に、人とのトラブル――車の事故だって悪意ある人間だっている。そんな様々な危険が過去より遥かに衆知されている、今どきの飼い主さんなら猫がどう嫌がってもそれに厳戒を敷くものではなかろうか?

 男性なのか、女性なのか――

 子供なのか、大人なのか、はたまた老人なのか。

 善人か悪人か……それともただのズボラなのか。

 はたして一体どういう人なのだろうか? 単に猫想いということもあるだろう。たった一度でも外歩きを覚えてしまったが為、もう家の中だけでは囲ってないということもあるかもしれない。猫が気の病に懸かるなんてこともあるのだ。それでどうしても外に出すしかなかったのかもしれず――はたまた昼は家に誰もおらず、世話も相手もしてやれないからと外に出しているのかもしれない。

 となれば飼い主さんは共働きか、逆に常に窓を開け閉め出来る誰かが居るのか。

 年金暮らしの老人か?

 やはり、分からないことだらけである。

 だが――

「落ちないでくださいねー?」

「ニャー」

 こっちを見ずに一声、分ってるわよと木の枝の上を綱渡りしていく。

 見ているこっちがハラハラしてしまいそうだが、それでもふと笑ってしまうくらい本当に興味津々としている、楽しそうだ。 

 自由奔放に彼女は今猫の幸せを噛み締めているのだろう。

 今日のお嬢さんは、淑女を返上してお転婆娘だが、その目はすまし顔のそれより遥かに、太陽に負けないくらい爛々としワクワクしている。『本当の幸せ』なんて哲学的罠もあるが、とりあえず今ここにお嬢さんの幸せはあることは間違いないだろう。

 そしてとりあえず――

(……着物美人、妙齢の清楚系がいいな……)

 お嬢さんの首に下がる和柄の鈴を見るに、ここは和服の美女だろうと。

 

 まだ見ぬ飼い主さんに、私はそんな浪漫を抱くのであった。

 

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