Ⅲ
変な女に絡まれて以来、わたしの生活から平穏というものは無くなった。毎休み時間ごとに話しかけてくるし、ずっと付きまとってくる。関わらないでと言ったはずなのに。
何しろ周りの目が痛い。やっと誰にも興味を持たれない地位を確立できたのに、あれ以来外野がチラチラわたしのことを見てくるようになったのだ。見ているのはわたしではなく転校生のほうなのだろうが、それでも心地の良いものではない。ていうかわたしはあの女の名前すら知らない。誰だあの女? ずっと付きまとってくるなら自己紹介くらいしたらどうだ?
ある日の放課後、わたしは物陰に隠れていた女の前に立った。
「なんで付きまとうの? もしかしてストーカー?」
「お前の隣の席の人間」女は悪びれもせず、真顔で答えた。
「ていうか誰? 隣の席にいるのは知ってるけど」
「そういえば私が転校してきた日、お前はいなかったな」
女はそう言うとわたしに手を差し出した。
「綾原久世だ。よろしく」
笑顔でそう言われればまだ心証はよかったのろうが、仏頂面でそう言われたのだから心証がよくなるはずもない。
「わたしはよろしくしたくない。そもそも関わるなって言ったんだけど」
「言ったか?」
嘘だ。隣なんだから聞こえないはずがない。
「なんでこんなに付きまとってくるの?」
「前も言っただろう。お前に興味がある」
出来るだけ他人に興味を持たれないように行動していたはずなのに。そうしても興味も持たれるのだったらもうこの世に救いはないのかもしれない。
わたしは改めて綾原久世と名乗る少女の姿を見た。身体に合っていない服、二つに括った髪、幼なげな印象を残した顔、小柄な体格とまるで子供のようだ。もっとも、愛想というものが微塵も感じられないので子供と間違えられることはほとんどないだろうが。
……関わりたくはないし、関わってほしくないが、多分こいつは一生ついてくる。それこそ、地獄の果てまで。それならもういっそ受け入れてしまったほうが楽かもしれない。わたしは大きなため息をついた。もっと平和な、誰にも干渉されない生活を望んでいたのに。
「……『お前』って呼ぶのやめてくんない? わたしにも名前はあるんだけど」
「じゃあなんて呼べばいい?」
「好きに呼べばいいよ。葦川でも岸乃でも」
「じゃあ岸乃で」
久世は岸乃、岸乃、と小さな声で何度か私の名前を反芻していた。
「久世、しょうがないからわたしが折れてあげる。関わってあげる」
「やっとその気になったか」
久世は満足そうな顔をした。なんでこいつはいつも上から目線なんだ。
「そのかわりもう付き纏ったりするのはやめて。普通に話しかけて」
「分かった。じゃあ岸乃もちゃんと学校に来い」
「…………それは無理」
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