第5話 2日目 火曜日
結局昨日は半日をテントの中で寝て過ごしてしまった。
「夜は寒くなるからこれ!1人用のテントあげる。」
「私エマっていうの!よろしくね!明日はメインステージの辺りにいるから」
エマからもらったテントは快適で、ゆっくりとできた。しかし、夜になってもそこらじゅうから楽器や歌声が聞こえてきて野外フェスのようだった。自分はどこでも寝れる体質な上、歩き疲れていたので横になったら泥のように眠れて良かった。不幸中の幸いというべきか。
そして、翌朝火曜日。1日目はほとんどこの場所について知れなかったので、情報収集に出掛けよう。せっかくの音楽祭なので、もっと楽しみたい気持ちもあったが、他に重要な目的がある。音楽祭の招待状をもらった時から予感がした。この場所にいる。きっとここに。
だから、別人だと分かったときは正直、がっかりした。その気持ちがもしかしたら顔に出てしまったかもしれない。思い返せば、介抱してもらったお礼も、まだちゃんと言っていなかった。まずはエマと合流しょう。
外を歩くと昨日無かった出店や、オブジェ、現代アートが、至るところに建っている。ゴジラやキングコングをモチーフにしたもの、日本のねぶた祭りで出てくる伝統工芸品のようなものまで建てられている。砂漠が続き、景色まで変わっていくとなると、目的地に着くことが大変そうだ。案内板を見て急いでエマを探そう。
エマが言っていたメインステージに着いた。道中、食べ物をくれたり、セッションしょうという人に捕まり大分予定より遅れてしまった。メインステージというだけあって、人が大勢集まり規模も大きい。この中から人を見つけるのは一苦労だ。
客席から歓声が上がる。ステージ中央にはピアノが置かれている。その周りを半円で囲むようにしてギターリストとバイオリニストが位置に着く。そして最後にピアニストがステージに上がった。それはエマだった。一際大きい歓声の後に演奏を始める。ピアノを弾いている時のエマの表情は生き生きしていて、この場所に自分という存在を刻み込んでいるようだった。とてもパワフルな演奏で、髪を振り乱し、叫んでいる。それに合わせるかのように観客のボルテージも上がっていく。分かっていてもどうしても重ねてしまう。エマのようにパワフルな印象ではないが、性別は関係無く人を惹き付ける力があった。何をしていても絵になるような、今にも消えてしまいそうな儚さも携えていた。そして本当に消えてしまった。
演奏が終わった後はエマと合流して他のステージを見て回った。それとなく手がかりを探し回ったが、特に目ぼしいものは何も無かった。そろそろ空も暗くなり肌寒くなってきたころ、エマが聞いてきた。
「ねぇ、楽器はどうしたの?あなたも招待状をもらって来たんでしょ?それとも誰かの付き添い?」
「いや、招待状をもらったよ。だけど迷って結局持ってこなかった‥.。エマもピアノを弾くんだね。驚いたよ。」
「エマも?」
「あぁ、ごめん。何でも無い。」
エマとそっくりな幼なじみがいて、エマと同じくらいピアノが弾けて、突然消えてしまったなんて切り出せず何となく謝ってしまった。とりあえず謝るという日本の悪い文化を発揮して、申し訳なくなった。
「ふ~ん?何か訳ありかぁ...。」
「.....。」
「ねぇ、あなたはピアノ弾けるの?」
「うん。弾けるよ。」
「じゃあ、ちょっと付いてきて!」
エマは僕の手を引っ張り15分ほど歩いた。そこにはかまくらのような造りの建築物がいくつも並んでいる。
「ここは?」
「この中にそれぞれ楽器が置いてあるの。来て!」
そのままエマに引っ張られ、建物に入る。中はけっこう暖かくて、防音設備もある。そして真ん中にはピアノが置かれていた。
「ここ良いでしょ!昨日見つけたんだ。誰かに聴いてもらうのもいいけど1人で弾くのも悪くないでしょ?」
ゆっくりと席に着き手を鍵盤に乗せる。
「だけど!今日は私もいるんだから一緒に弾こうよ」
と強引に席を詰めてきた。少しエマに振り回され気味なところもあるけど、エマがいることで元気を分けてもらっている。
「エマ、ありがとう」
照れ臭くて目を見て言えなかった。もしかしたらピアノの音で聞こえてなかったかもしれない。けれども演奏が終わったあとで
「私からもありがとう!」
という返事をもらった。とても楽しくて、この時間がいつまでも続けばいいのにと思った。
だけど翌日、エマは消えてしまった。突然に。
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