第2話 0.5日目 月曜日
1ヶ月後。
「Where are you from?」
隣の席のきれいなブロンドヘアに笑顔が印象的な60代くらいのマダムにそう聞かれ、「日本から来ました。」と答えた。
あの日、黒い便箋を受け取ってから今日という日が来るまでどんなに待ち望んだことか。便箋の内容によると、音楽業界の関係者や各著名人を招いて7日間の音楽祭を開催するという。場所はアメリカネバダ州。日にちは書いてあったが、時間の指定はなかった。便箋が届いた人の紹介ならば、何人でも招いて良いとのことも書かれていた。仰々しい見た目の割には、書かれている内容はシンプルでアバウトだ。差出人も書かれていなかったが、文章の最後には【楽器をお持ち下さい】とあった。
「面白そうじゃん。行ってみれば?」
「本気?差出人も書かれてなくてちょっと怪しくない?」
便箋が届いた日の翌日、バンドメンバーのタクミとショウタに相談した。
「世界中の音楽業界関係者が来るなら名前を売るチャンスでしょ!まだまだ俺ら若手なんだからこのチャンスを逃したら勿体ないって!」
「タクミはそう言うけどさぁ、来月には対バンライブが控えてるし、新曲まだ出来てないじゃん。俺ら2人じゃ書けないし。」
喫茶店の隅の席を陣取り、各々の意見を交わす。
この喫茶店はメンバーのお気に入りで、いつもこの席を案内してもらう。この席だと周りの人の話し声も気にならないし、自分たちの会話も聞かれない。
頬杖をついて苺のショートケーキを口に含み、満面の笑みで話すタクミと、コーヒーをゆっくりとすすり、貧乏ゆすりをして心配そうにこちらを見て話すショウタは対照的だ。見た目も対照的で、タクミは髪を茶髪に染めてこの暑い時期なのに民族衣装のようなモコモコした素材の服を着ている。「ファッションは我慢だからね~」ということをよく言っている。ショウタは黒ぶちメガネの短髪でさっぱりとした印象を持つが、バンドの話題に熱が入ると眠っていた本能を呼び起こすかのように周りを大声で怒鳴り出す。さすがに喫茶店の中では騒ぎ出さないだろうが、大丈夫だろうか。
「いい気分転換にもなるんじゃない?最近疲れてたみたいだし。」
「何もこんな忙しい時期に送ってこなくてもなぁ」
3人の視線が机の上に置かれた黒い便箋で重なる。タクミとショウタは再び視線を外し、ショートケーキをひと口、コーヒーをひと口すする。一息ついてタクミが話し出した。
「行きたいんでしょ?行ってこいって!その音楽祭の日まではあと1ヶ月もあるんだし。それまでには仕事の方も色々と進められるでしょ。来月の音楽番組では俺がバッチリとショウタのフォローしとくから!心配すんな!」
「何で俺がタクミにフォローされるんだよ!いつもカンペ読み間違えるのタクミだろ!」
そうだっけ?と、とぼけるタクミと怒鳴るショウタ。
「だってもうマネージャーにも了解もらってるみたいだし、相談しに来てる時点で決まってるじゃん」
「まぁー1週間程度ならなんとかなるか。そのかわり俺らのバンドの名前を広めてきてくれよ」
そうして2人の了解を得て1ヶ月後、アメリカに来た。
横の席のマダムとはそれから30分ほど談笑した後、ようやく音楽祭の会場に着きバスを降りた。中学生の頃に習っていた英会話がまさかこんな形で役立つとは思わなかった。高校入学を機に辞めてしまった英会話に後悔を持ちながら、まだまだ英語を駆使していくであろう人の渦の中に不安を抱きながら歩きだした。
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