第1話 音楽祭

 目を覚ました。部屋の電気は付けっぱなしで、床に作詞のメモや書類などが散らばっていた。どうやら仕事の途中で眠ってしまったらしい。体を起こし、頬に残る絨毯の跡とよだれを拭い、外から聞こえる車のクラクションの音で徐々に眠気を覚ます。覚悟を決め、やっとのことで立ち上がり部屋の電気を消してから洗面所に向かう。


 「またやっちゃったな」と一言呟き、昨日の自分に反省しながら顔を洗い歯を磨きリセットする。カーテンを開けて、太陽の光を全身で浴びると、向かいのビルの屋上で会社員の人がタバコを吸っているのが見えた。休憩時間だろうか。午前中から働いている人は一区切りの時間帯。少しの罪悪感と優越感。ふと、夢で見た内容を思い出した。塔の上で立っていた人物。あの人は誰だろう。何をしているのだろう。ぐるぐる頭の中を廻る。けれど、すでに自分の中で答えは出ていた。

 「私ピアニストになる。しばらく会えなくなるけどまたね」


そう言って突然居なくなってしまった幼なじみ。


ピアニストを目指していた彼女は大学に通うため地元を離れた。適当に実家から近い大学に行き、適当に友達とバカ騒ぎして貴重な時間を無駄にしていた自分とは違い、彼女は夢のために時間を使い、着々とピアニストとしての腕を磨いているようだった。在学中からCDデビューをして、家族や親戚の間でもよく話題に挙がっていた。順風満帆に日々を過ごし、大学の卒業を控え、これから本格的にピアニストとして活動していこうとしていた矢先。突然彼女は消えた。

 当時、バイト終わりの自分の携帯には何10件と親から来た着信履歴が残っていた。留守電を聞いた後は、小説を読み聞かせられているかのような、現実の出来事だとはすぐに理解できなかった。

 その日から4年が経過した。あれから自分なりに手がかりを探したり、自分のことを言うとバンドマンとして活動し、メジャーデビューも果たした。自分が有名になれば向こうから連絡して来るかもしれない、という淡い期待を持っていた。それ以上に幼なじみに対する憧れ。少しでも近づきたかったのかもしれない。


 「どこ行ったんだよ‥。」


視線をビルの屋上に戻すとすでにタバコを吸っていた会社員は居なかった。近くのコンビニに朝ごはんを買いに行くため財布と携帯だけ持って玄関を出た。マンションの廊下ですれ違う住人に軽く挨拶をしながらエレベーターを乗り、1階にある郵便受けの中を漁る。スーパーのチラシや美容院のクーポン券に混じって、見慣れない黒い便箋が入っていた。表紙の下の方には、多分、ブレーメンの音楽隊だと思われる動物達のイラストが彫られている。そして、真ん中には金色の文字で


       《音楽祭への招待状》


と書かれていた。






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